第五百五十二話 限定的な記憶喪失?フォローを踏みにじるな!?
「…は?」
空気が凍る。
そんな中、俺は湧き上がる後悔を必死に押さえつけてタカミの様子を観察し続けた。
例の彼女の情報通りならこれでタカミは精神操作から解放されるはずだ。頼む、解けてくれ…!
ガン!!
テーブルとその上に乗っていた料理や皿が揺れた。誰かがテーブルに頭を打ち付けたからだ。
そして、それは俺だ。
湧き上がる後悔を完全に抑えることは適わず、ついにテーブルに頭を打ち付けてそれをごまかそうとしたのだ。
「なんだい2人とも。同時に頭打って…」
もう一度打ちつけようと頭を上げかけた瞬間、母さんの声が聞こえた。
…ん?ちょっと待て。
今、2人同時って言ってたよな…ということはまさか。
希望が見えた気がして頭を上げる。
映っていたのは呆れ顔の母さんと顔を伏せたままのタカミだった。
「………」
頭を打ちつける前と同じで、無言だ。
長い髪から少しだけ見える耳は真っ赤に染まっているような、そんな気がした。
「……守。」
「どうした?」
「一昨日からの記憶、完全に抹消して…」
「え、いや、そんな限定的な記憶喪失を要求されても…」
ダン!
顔を上げぬままタカミが拳をテーブルに打ち付ける。
着拳地点にあった不幸な皿が粉々に割れる。幸い料理はタカミが胃袋に仕舞っていたが、そうでなければ料理も潰れていただろう。
「こんな風に物理的に消されたい?」
「わかった。少なくともお前に関することだけは無かった事にする。」
背に冷や汗が這うのを認識しながら返事する。
少し顔を上げたタカミの髪の奥からのぞく瞳が、とてつもなくおぞましい光を放っていた。
翌朝。
「おはよー!」
タカミは再度精神操作を受けていた。
面倒だという気持ちはあるが、同時に確かめられた事もある。
精神操作を解いた場合、また精神操作を掛けに来るということだ。例の彼女が話した作戦は有効、ということになる。
精神操作を解いてそのままだった場合、あのピエロは来なかったということになる。
それはそれでいいのだが、それではあのピエロを捕まえる機会を失ってしまう。
そして別の悪事に巻き込まれ、それを解決してまた別の…そんなループが繰り返されるだろう。
それでは俺たちの損失しかない。ピエロも捕まえられず、ただ迷惑を被るだけ。
ピエロが気付いているのかどうかは分からないが、俺たちにはチャンスがあるということだ。
信用しきれないが強力な助っ人も居る。気に食わないのは些細な事だとこの際割り切ってしまおう。
「おはよう。私のこと、ちょっとは信じてくれた?」
「ああ、鵜呑みにはできないけどな。」
「…突然のことに対して免疫が強すぎない?」
内心驚いてはいる。だがそれを口にも表にも出さない。
自然に後ろに立っていた例の彼女に対して自然な受け答えを行う。散々思考に乱入されたからだろう。
「ギーナ?」
タカミが彼女をギーナと勘違いするのは無理も無い。
彼女は髪の色や瞳の色、挙句体型から顔まで何から何まで似ているのだ。
最初に彼女を見たときはそれどころではなかったが、冷静になって見るとそっくりということに気付いた。ただしリセスのこともあって驚きもしなかったけどな。
もしかしてギーナが演技でもしているのかと疑ったくらいだ。
「いや、コイツは…」
彼女の正体を言いかけて、俺の思考が口に待ったを掛ける。
コイツが例の彼女、つまり元凶だとばらしてもいいのだろうか。
彼女は今のところ敵対心を抱いているわけではないが、余計なことをして協力を打ち切られたり悪事がエスカレートでもされたら困る。
ここはギーナだと言って、ごまかした方がリスクが少ない。
「ギーナだ。」
「やっぱりギーナじゃん。」
「初めまして。」
「初めまして?」
人のフォローを踏みにじるんじゃない。
「ああ、コイツもうボケたのか…
おばあちゃん、一昨日会ったでしょ。」
「誰がおばあちゃんよ!」
おばあちゃん呼ばわりは嫌らしい。当たり前だ。
「あ、もうこんな時間か。そろそろ学校に行かないとな。」
「あ!逃げる気!?」
「逃げる?
とんでもない、俺は健全な高校生として遅刻せずに登校しなければならないんだからな。」
「健全な高校生は魔法でズルして宿題を終わらせないんじゃない…!?」
げっ、なんでそんなこと知ってるんだ。
確かに俺は週末の宿題を金曜日の内に魔法を使って素早く終わらせている。
しかし、それは単にサボりたいからではない。土日に異世界に行くとまともに宿題をする時間が無くなるからだ。
答えを丸写ししたりしてこなかったりしているわけではないのでまだマシな方だと思っている。
「……じゃあな!」
と、長々と言い訳しても詭弁だと返されるだけなので素早く家を出て行く。
「本当に逃げるなー!」
に、逃げてないもーん。




