大武術会編01
モーレリアントの新年を彩る大武術会は、数百年の伝統を誇っている。
ヤクシ族の武道試合が原型とされ、各氏族から三名の代表を出して勝敗を決する。
過去には、ヤクシ族や周辺国の武人も参加していたが、現代ではコレセントとモーレリアのみが参加している。
その勝敗で、コレセントの自治、ひいてはモーレリアに大きな変化が起こるため両国ともかなり力を入れている。
意外と物知りなモンスから、以上のようなことを聞きながら俺たちは一路、モーレリアントへ向かっていた。
雪が降らないコレセントだが、一歩出ると雪景色になって戸惑う。
一年中、雪が降りやまないルイラムよりかはマシだとは思うが。
「アニキ、モーレリアントが見えてきましたぜ」
大河のほとりに築かれた快楽の都モーレリアント。
ありとあらゆる非道徳な快楽の業が、その都の中で蠢いていると言われる。
俺は、ある程度の覚悟をもってその都に向かっていたのだった。
カイン・カウンターフレイム、というのは俺の名だが本名ではない。
カイン・カドモンという立派な姓があるのだが、それは名乗っていない。
その姓が示す家族というものが、既に俺にはないからだ。
復讐は果たしたとはいえ、居なくなった人たちが帰って来るわけではない。
名乗っても、意味がない。
その点、カウンターフレイムというのは俺自身の目的、生き方というのを端的に表している。
気に入っている、と言い換えてもいい。
養父であるマーリンは、その姓であるディランを名乗ってもいいと言うが、数多い後継者候補たちの嫉妬の的になるのは勘弁してほしい、というような言葉で断った。
そんな俺に、また一つ名前が加わる。
闘士としての二つ名だ。
“大物食らい”という呼び名を卒業し、新たに上位闘士に相応しい名をつけるということで、大戦士直々の命名である“聖闘士”と付けられそうになったが、諸々の事情で却下した。
そこで、“王者”バランが名を継いでくれとか、“戦帝”を付ければとか、色々あったが、結局はいくつかの候補から俺の好きなものを選ぶことになった。
それが、新しい名“撃墜王”だ。
とても気恥ずかしい二つ名だが、提示されたなかではこれが一番マシだった。
“剣聖”だの、“闘皇”だのよりははるかに。
モンスもまた、“初心者潰し”を卒業した。
大武術会にでるほどの闘士がそれじゃいかんだろ、ということで“潰し屋”と名乗ることになったのだった。
名前談義はさておき、俺たちはモーレリアントに入った。
「アニキ、気を付けてくださいよ。ここは快楽の都、どんな誘惑があるかわかりませんよ」
気負うモンスだったが、いつまでたっても誘惑というか、客引きは来なかった。
代わりにやってきたのは揃いの外套を羽織った青年達で、カイン達を見ると会釈した。
ずいぶんと礼儀正しい。
「コレセントからの大武術会出場者の皆様でございますね。お待ちしておりました。よろしければ、宿舎にご案内いたしますが?」
「アニキ、怪しいですぜ。このモーレリアントでこんな爽やかな人間がいるはずない」
「お前のモーレリアント住民の見方がわかってきたよ。まあ、この人たちは大丈夫だろ。いざとなったら、俺達ならなんとかなる」
ゆらり、と発した闘気に青年達は思わず後退りする。
「わ、我々はモーレリアント商人ギルドの自治衛士です。大武術会の期間中、衛兵に代わり市内の治安維持を行っております」
「なんとなくわかってたよ。悪かったな、驚かせて」
自治衛士の案内で、宿舎についた俺達は先にモーレリアント入りしていたアレスの出迎えを受けた。
「遅かったな」
「一回、ルイラム山脈踏破コースを全員で回ってきたからな」
「それをふまえて、遅かったな」
「性格悪いな、ホント」
「まあ、旅装をといてくつろげ。暖かい飲み物を用意させよう」
各々、楽な服装になり宿舎の居間にあたる暖炉の部屋に集まった。
降り始めた雪が窓の外を白く染めるが、明々と燃える暖炉の火が寒さを感じさせなかった。
冬は日の入りが早くなるため、まだ夕方前だが暗くなり始めていた。
アレスの言った通り、そこには暖かい飲み物が用意されていた。
問題なのは、それが琥珀色のウースカイ酒のお湯割りというところだ。
「この酸っぱいリモネの果汁を入れるとなお旨い」
とか、アレスが言っているが、俺はウースカイ酒は氷だけの杯に注ぐ、オールドスタイルのほうが好みなのだ。
「あっしは、麦の蒸留酒のほうが好きですな」
「それがしは、清酒派でござる」
モンスとシュラの酒の好みを聞いたところで、俺はアレスに話を促した。
ウースカイ酒はありがたくいただく。
「わし、審査委員長になっちまった」
「そうか。それで」
「それでって、カインは冷たいのう」
「モーレリア側の出場者が決まったんですか?」
「鋭いのう。そう、その通りじゃ」
ウースカイ酒をすすっていたモンスと、外を見ていたシュラも注目する。
「で、誰が出る?」
と言っても、カインにはモーレリアの武人や戦士の情報の手持ちは無い。
それは、カインの情報収集能力の低さではなく、モーレリア側の問題だ。
モーレリアという国は、武力面をコレセントの闘士に頼っている。
国軍というものはあるが、賄賂と派閥争いで腐敗しきっているという。
裏社会には、とんでもない使い手がいるらしいが、表だって協力はしないだろう。
コレセントの実質的な独立は、モーレリアの武力が充実しなければありえない。
もしくは、コレセントに闘士全ての信頼を得るような指導者が現れるか。
その最大の候補になりえる“大戦士”は、ウースカイ酒を飲み、まったくその気がなさそうだった。
「先鋒に、サラマンド・ワイバーンという男だ。新設された商人ギルドの私兵団の団長に就任したらしい。情報は無いが、ワイバーンという姓から裏社会の三大組織の一つだったワイバーン連盟になんらかの関わりがあると見られる」
「そいつがあっしの相手ですね」
モンスが闘志に燃えている。
「中堅が、ギルノース・ブロス。モーレリア王国軍千人将で、おそらくモーレリア王国軍では最もマトモな人材だろう。得意な武器は槍、だそうだ」
シュラは無言で、外を見ている。
同じ武器を扱うといっても、興味がないのだろう。
アレスは気にせず続ける。
「最後の一人、ダノン伯爵であるベスパーラ・ランスロー。二つ名を“湖の騎士”」
「ランスロー?確か、グラールホールドの貴族じゃなかったか?」
「そうなんじゃが、あの一族はまだグラールホールドに留まっておるはず。たまたま同姓なだけか、あるいは有名ではない次男か庶子か」
「出身は、まあどうでもいいが大将に選ばれるくらいだ。よほど強いな」
「お前の相手じゃぞ?」
「だから、いいんじゃないか。あんたの修行がどこまでいけるか、まだ試してないからな」
コレセントの闘技場の闘士では、カインは本気を出せなくなっていた。
それほどまでに、実力が隔絶してしまっていた。
シュラが追いつくくらい、モンスがウォーミングアップ程度だ。
アレスはなんだかんだ言って相手をしてくれない。
客観的に見ると、今のカインの実力は無限魔力が使えていたころの魔法でブーストした状態に匹敵している。
大戦士アレスの面目躍如といったところである。




