快楽の都編16
「ベスパーラ・ランスロー。そなたをモーレリア商人ギルドのギルドマスターとして認定し、またダノン領と伯爵の爵位を与えるものとする」
レリア女王補佐に一礼し、ベスパーラは笑顔を見せた。
「謹んでお受けいたします。レリア様のため全身全霊を尽くす所存でございます」
数分間の授与式が終わり、ベスパーラは退室を許された。
レリア女王補佐の横にいたレルランは素知らぬ顔をしていたが、内心は笑っていることだろう。
あれはそういう奴だ。
マンティコア商会の会頭は、レルランに捕まり“処理”されたそうだ。
あの大立ち回りの最中によくやったものだ、と感心する。
それによって、モーレリアントの三大組織は全ての組織で代表者が亡くなるという、異常事態になった。
そこをどう手を回したものやら、ベスパーラが代表代行を勤める組織にマンティコア商会も加わり、三大組織が統一されるという、更なる異常事態に発展した。
ベスパーラは幹部たちの意見を汲み上げ、表にも干渉することを決定し、正式に商人ギルドとして新組織を発足させた。
モーレリアに流れてくる金は裏だろうが表だろうが、徹底的に利用してやろう、というのが組織の座右の銘である。
バックにレリア女王補佐がつき、商人ギルドもレリア女王補佐を支援する考えを示したことで代行であるベスパーラの爵位授与に繋がっていた。
「ついては、一つお願いがあるのですが」
帰り際のベスパーラを呼び止めたレルランは神妙な顔をしている。
「なんです?」
「あの抗争のちょっとまえに、僕とレリア女王補佐はコレセントへ行ってました」
闘技場へ、休暇を使っていったがすぐに戻ってきた、とか。
「それで?」
「あそこも、なかなか面白いことになっていまして。こう言ってはなんですが、この国は三分割されるのが好きでしてね」
レルランが言うには、権力者が三人いるせいでありとあらゆるものが三分割されるのだという。
裏社会が、この間まで三大組織とか言われていたのは記憶に新しい。
衛兵も三つの派閥が争っているだかで、ロデオは親リルレリア派だったという。
同じくリルレリア派だったマンティコア商会と協力関係にあったのも、そういう理由だったらしい。
同じように、コレセントの闘士達も三つの派閥に別れていた。
序列二位“王者”バランは、消極的なリルレリア派だった。
誰が支配者でもいいが、それに従う、という意味で消極的なのだそうだ。
序列三位“戦帝”ハドラーは、リリレア派だ。
こちらは積極的で、自分たちの序列をあげることでリリレアへの協力関係を密にしようという考えだったらしい。
三番目というか、その他というか、レリア派というのはとりあえずいなかった。
強いて言うなら、ジョーンという闘士がそれだったが、闘技場の影響力という点ではいてもいなくても同じようなものだった。
その状況が変わったのが、この間の試合だったのだという。
“戦帝”ハドラーが序列四位の“槍士”シュラに倒され、そのシュラもノーマークの新人に倒された。
“王者”バランも、“大戦士”アレスに挑み、再起不能となっていた。
ここにきて、新たな派閥アレス派というのが成立、凄腕の新人カインや、ハドラーを倒したシュラ、新人潰しとして知られるモンスなどが集まり、闘技場の最大派閥になっているのだ。
「彼らは政治的にはまったくの中立」
「それで?」
「来年すぐに、大武術会が開かれます。あなたはモーレリア代表として戦い、アレス派の闘士を倒してください」
「最大派閥に勝つことで、コレセントへの影響力を最大にしよう、と?」
「そう。コレセントの莫大な収益を、レリア派が動かせれば僕たちの勝利にまた一歩近付く」
「まあ、いいです。出場者の選考はこちらでやっても?」
「一名は僕らで指定させてもらいます。あとの二名は、貴方を含めて選んでおいてください」
レルランとの雑談を終え、商人ギルドに戻ると企画の提案書が山積みになっていた。
今回の抗争で大きな被害を受けたゲートタウン、パレスフロントの復興計画。
マンティコア商会本部の跡地に建設予定の、大武術会闘技場の設計と見積り。
新たに商人ギルドの本部として、お屋敷の跡地を利用する計画。
その他にも大小様々な計画が進められている。
「お?我らが伯爵様がお出でなすったぞ」
書類の山の中から手を振るのは、めでたく商人ギルド副マスター兼ギルド私兵団の団長に就任したサラマンドだ。
ワイバーン連盟時代から、事務仕事もこなしていたらしく意外な一面を見せていた。
「よしてください。爵位だって名目上に過ぎません」
「それでも伯爵は伯爵さ」
事務方をしているのは、サラマンドを含めて十人ほどだ。
高利貸し組合も、商人ギルドの下部組織となり、そこで勘定方をしていたフランシスという青年を筆頭に三人ほど人員を送り込んでいる。
マンティコア商会の事務方は、ブルネックの実験台にされ、命を落としたのが悔やまれるが、まずは充分な人員が揃ったといえる。
「ところで、サラマンド。ギルドマスターからのお願いがあるのですが」
「嫌な予感がするな」
ギルドマスターの部屋に、サラマンドを連れ込み話を始める。
「大武術会の件です」
「よし、俺が出よう」
「まだ、用件を話していませんよ?」
「違う話だったか?」
「いいえ」
「なら、問題なかろうさ。いやな、コレセントの状況も聞いてはいたんだ」
「なら問題ありませんね。私達が勝つことで、更に金が動く」
「だな」
「ところで、大武術会関係の企画は進んでますか?」
「もちろん。食事関係、宿泊関係、風俗、飲酒、臨時の衛兵についても手配は済んでいる」
「なら良かったです」
「始まったばかりだぜ?」
「サラマンド?」
「変なところで挫けんじゃねえぞ。お前の肩には、モーレリアント市民の生活がかかっていると思えよ」
「それは……重いですね」
「表も裏も、支配するとはそういうことだ」
サラマンドの激励が身にしみた。
私は強くなっただろうか?
ベスパーラは笑みを浮かべて、答えのでない問いを己自身に問い続ける。
商人ギルド魔法相談役に就任したドゥンは、古い友人の訪問を受けていた。
「ドゥン大兄、お変わりないようでなによりです」
「大兄はやめろよ。お前はずいぶん変わったな、ディラレフ」
青い鎧の戦士ディラレフは、以前より灰色がかってきた髪を弄りながら、そんなことはありませんよ、と言った。
「我らが師匠に弟子入りした順番を鑑みれば、ドゥン兄が大兄と呼ばれるべきです」
「お前がそうしたいなら、それでいいんだが。それより、何の用だ?お嬢の拠点はルイラムだろ」
「ルイラムの拠点は訳あって壊滅しました。今の拠点はグラールホールド跡地にあります」
「まぁた、変なところに」
「そして、師匠からの伝言です」
「あいよ。一体なんなんだか」
ディラレフの表情が変わった。
口角がやや上がり、薄い笑みの形を作る。
「久方ぶりですね、ドゥン。息災ですか?」
「破天荒な暮らしではありますが」
「そうですか。ところで、預けておいた宿題はどうなりましたか?」
「ジャンバラのエンチャントにおける複合属性精製時における解離現象の検証、ですね」
「そうです。成功しましたか?」
「それが事情があって、実験はできていないんです」
「それはいけませんね。学究の徒にはあるまじきことですよ」
「ただ、可能性の話ですが、解離現象そのものの説明になりそうなことを」
「解離現象そのものの説明?」
「エンチャントとは、魔力を付加するだけにあらず。その物体に魂を込めること。であるならば、一つの器に複数の魂が存在することはできない。それが、解離現象そのものの説明です」
「……その場合、解離現象を起こさないためにはどうすればいいのでしょうね」
「複数の魂、人格を込めるのではなく。一つの魂、人格に複数の働きをさせる、というのが俺の推論です。まだ、検証もなにもあったもんじゃないですが」
「素晴らしい。流石は一番弟子」
ディラレフ、いやその中から話しかけてくる彼らの師は笑みを深くした。
「師匠、大丈夫ですか?」
「そうですね。興奮、してるのでしょう。死んだ人間を再び、この世に呼び戻す目処がたったのですから」
ディラレフの顔を借りて、彼は笑い続けた。
いつまでも、笑い続けた。
ベスパーラ編とでも言うべき、快楽の都編でしたが、ようやく終わりました。
魔王のミニオンも、本格的に活動をはじめているようです。
もう一人、怪しい人物がいろいろやっているようで。
ウルファ大陸が、これから大変になっていく、らしいです。
次なる大武術会編では、主人公の出番が増えます。
何せ、快楽の都編では名前くらいしか出てませんし。
まだまだ長丁場ですが、お付き合いください。




