快楽の都編13
お屋敷は火に包まれていた。
中に居るのはたった二人。
首領とフェイオンだ。
共にもう長くはない。
「無茶苦茶やられました。弟子のくせに」
「馬鹿め、僕以外のために戦うからだ」
お屋敷の厳戒体制は、この火の出所を隠すためだ。
あらかじめ仕掛けられた発火装置は、襲撃者ごとお屋敷を燃やす。
新しい組織に僕はいないほうがいい、と首領は言った。
それがどういう意思から来るのかは、ベスパーラにはわからなかった。
ただ、フェイオンと再会し、最期を共に過ごすと聞いたときに、そういうものか、と思っただけだ。
お屋敷全体に火が回る頃には、ベスパーラとドゥン達はゲートタウンを出て、先に向かったサラマンド達との合流を目指していた。
お屋敷は、跡形もなく燃え尽きた。
一方、サラマンド一行も足止めをくっていた。
ミドルゾーンとパレスフロントとの境界線。
そこに仕立てのいい服を着て、ニヤリと笑う男がいたのだ。
強い殺気を放って、サラマンドたちの足を止めている。
構成員の中には怯んで動けなくなる者もいる。
そこで、サラマンドはベスパーラの言ったことを思い出していた。
「情報漏れの犯人は、ロデオ・ビスカイオです」
「はぁ!?」
ベスパーラ以外の、モーレリアント在住者が驚いていた。
彼らの認識では、ロデオはクズ男である。
あっちこっちをいったりきたり、衛兵の仕事はしてるんだか、サボってるんだか。
首領がイヌ呼ばわりしていたのをベスパーラは聞いた、と言っていた。
それがなぜ、マンティコア商会へ情報を流す?
その問いに、ベスパーラは知りません、と答えた。
確かに、どうでもいいことだ。
そのロデオが、サラマンド一行を待ち伏せていたのだ。
「マンティコア商会へ情報を売っていたらしいな」
「そうですよ。それがどうかしましたか?」
その態度で、もうロデオは敵だった。
サラマンドは拳を固めて突進する。
スルリ、という擬音がしそうな動きでロデオはかわす。
かわすと同時に斬撃。
サラマンドは肩口を斬られる。
「き、さま」
「危ないなあ、衛兵に殴りかかるなんて」
余裕の態度に、サラマンドはイライラしている。
そういえば、ベスパーラはこうも言っていた。
ロデオは虫です。
ただし、獅子を内側から食い荒らす虫です。
もし、出会ったら本気で戦った方がいいですよ。
「代表代行の言葉通りか。やっぱり侮れねえよなあ」
サラマンドはイラつきを無理矢理鎮め、闘気を解き放つ。
淀んだモーレリアントの空気を祓うかのような、闘気が辺りに満ちる。
「さすがはサラマンド。なら、俺も本気でやるかねえ」
ロデオも闘気を解放。
モーレリアントそのもののような淀んだ闘気だが、空気をぐにゃぐにゃとねじ曲げているような感覚に陥る。
その力量は、サラマンドと同じ。
「レルラン、ここは俺に任せて行け」
「そんな簡単に行かせると思うか?」
ロデオの動きをサラマンドは妨害し、その隙にレルラン達が脇を抜ける。
「追いかけたいなら、俺を倒さなきゃな」
「やれやれ、立場が変わりましたねえ」
そして、サラマンドとロデオは戦いを始めた。
レルラン達はパレスフロントで協力者の手を借りながら、マンティコア商会の本部へ駆ける。
しかし、驚くほど呆気なく本部へたどり着いた。
建物の中は、静かだった。
といっても誰もいないわけではない。
在駐の構成員、ほぼ全員がスズメビーと同じ状態になっていた。
つまり、無表情で筋肉が盛り上がりレルラン達を視認すると同時に攻撃に移る、いわばバーサーカー。
沈黙のバーサーカーを相手に、レルランも戦い始める。
ロデオとサラマンドの戦いは佳境を迎えていた。
速さとキレを増していくサラマンドの拳に、ロデオは徐々に追い詰められていた。
どちらも、一級の戦士ではあるが鍛え上げているサラマンドと怠惰な生活を送るロデオとでは差がついている。
それでも、サラマンドは自分にここまでついてくるロデオの評価を大幅に見直した。
だが、それもここまでだ。
最高の速度で繰り出された右の正拳突きが、ロデオの左肩を突く。
骨と肉が砕ける鈍い音と共に、鮮血が吹き出た。
「き、貴様」
「さっきの切られた肩のおかえしだ。よかったな?この程度ですんで」
「……もう、遅い」
「あん?」
「お前はもう手遅れだ、全て終わった」
「何言ってやがる」
「俺は足止めに過ぎない。ゲートタウンにはこちらに寝返ったフェイオンが向かった。パレスフロントにはスズメビーとブルネックがいる。終わりだよ」
「フェイオンか」
サラマンドは、心配する様子を見せない。
今のベスパーラならフェイオンと互角、あるいは圧倒する可能性もある。
それに、お屋敷に仕掛けた罠のこともある。
そしてそれを、ロデオに教えるつもりはない。
「なんだよ。もっと悔しがれよ。自分らのやってきたこと全て無駄になるんだ。お前らはもう、終わりなんだよ」
「言いたいことはそれだけか?」
「あいつもそうだ。ベスパーラめ、俺は最初に奴が来たとき罠をはってやった。ボッタクリにあった店を、奴が出てきた後に滅茶苦茶に破壊してやったのさ。オルトロス会の馬鹿どもはろくに調べもせずにベスパーラを付け狙いはじめた。面白かったよ、奴にはオルトロス会の刺客がなぜ自分を狙うのか、まったくわかってなかった。それだけじゃない、あの夜だってそうさ。俺は衛兵隊に偽の情報を流した。そして、薄汚い貴様らが同盟を組むという情報をマンティコア商会にも流した。その結果はお前も知ってるだろ?オルトロス会とワイバーン連盟はそれぞれの長が死んだり、再起不能になったり、マンティコア商会だってそうさ、俺の口車に乗ってこんな抗争始めやがった。三大組織なんて言ってもそんなところさ。はは、ははは」
「そうか、お前が。お前がオヤジの仇か」
冷たい声で言い放ったサラマンドは、左フックをロデオの脇腹にぶちこんだ。
肝臓を直撃され、苦悶の表情を浮かべ、呻くロデオをサラマンドは冷たく見下ろす。
「な、なにしやがる」
「お前を苦しめて、苦しめて、苦しめて、内臓全てを吐き出させるほどの苦痛を与えたあと、知る限りの辱しめを与えて、殺す。お前の考える三大組織の怖さを塗り替えた後で、殺す」
「や、やめてくれ。俺はーー」
ロデオは吐いた。
その顔から血の気が引いていく。
「まだくたばるには早いぞ?」
「う、嘘だろ。あの爺ィ、おレにも、あのくスりもってやがっタ」
ガタガタと震えながら、ロデオは地面を這いずりまわる。
傍目にも、筋肉の膨張が見てとれるほどに肉体が盛り上がっていく。
「こいつも、スズメビーと同じ」
やがて、表情を無くしたロデオがゆっくりと立ち上がった。
剣を構えようーーとしたところで、サラマンドが殴りかかる。
「おとなしく待ってて貰えると思うなよ。俺は正々堂々を掲げる騎士連中とは違うんでな」
サラマンドとロデオの戦いは、次の局面に移った。




