快楽の都編10
大抗争とはいうものの、最初の数日間はマンティコア商会が主導権を握っていた。
頭が潰れれば、いかに怪物でも身動きはとれまい。
パレスフロントから、進出してきたマンティコア商会はミドルゾーンの大半を傘下におさめ、対する二組織は有効な手を打てずにいるのが現状だ。
そんな状況を打破しようと、二組織は試行錯誤していた。
「あんたが頭になれ」
「私よりあなたのほうが相応しいでしょうに」
試行錯誤の一因は、サラマンドの提案だった。
ベスパーラが、二組織の頭になれ。
もちろん、ベスパーラは拒否した。
新参の自分が、頭になっても上手く回らないだろう、と。
「いや、新参だからいいんだ。俺やそっちの首領だと必ず恨みを持っているやつが出てくる。マンティコア商会と対立するうえで、内部崩壊するリスクは少いほうがいい」
「だからといって」
「それに、強さと箔もお前は備えている。俺と引き分けた実力、グラールホールド最強のアルザトルス神殿騎士団の騎士にして、その騎士団長の家柄」
「本当にここの人達は、知りすぎてる」
「情報が裏社会の命綱だからな」
ベスパーラの嘆息に、サラマンドがニヤリと笑って返す。
「どうやら、選択肢はないようですね」
「その通りだ。マンティコア商会の前では、深謀遠慮などしてる暇はない。その時できることを、最善だと信じてやっていくしかないんだ」
「とりあえずは、軍師が必要です」
ベスパーラは億劫そうに承諾した。
数時間後。
「なんで、俺が裏社会の軍師なんぞしなきゃならんのだ?」
実験の最中であったろうドゥンは、最前のベスパーラに匹敵する億劫そうな態度だった。
誰だって嫌だろう。
裏社会の闇組織のリーダーの軍師なんて。
しかし、ベスパーラは有無を言わせなかった。
「私はやる、と決めましたので、どんな手でも打ちます。あなたが嫌だと言ってもです」
「目がすわってやがる。断ったら何されるかわからんな、こりゃ」
思わず、心の声が漏れ出てしまったドゥンだった。
二組織合同の拠点となったゲートタウンのオルトロス会のお屋敷には、新組織の幹部が勢揃いしている。
といっても、たったの三人だが。
組織の長ーー首領だの、組長だのという呼ばれかたはごめんだ、とベスパーラは頑なだったため、とりあえず“代行”という名称になったーーベスパーラ。
ナンバー2である旧ワイバーン連盟のワカガシラ、サラマンド。
そして、ベスパーラ直属の軍師ドゥン。
旧オルトロス会の首領は、怪我の具合がよくないため療養中だ。
「我らは、これよりマンティコア商会を駆逐し、ゲートタウン、ミドルゾーンの治安の確保を目指し活動します」
ベスパーラの一声で、幹部会議が始まる。
早速、サラマンドが妙な笑みを浮かべて意見を述べる。
「ということは、その結果としてモーレリアントの裏社会の統合、ということもありえるな」
「もちろんです。極論すれば全員が仲間になれば抗争も起きようがない」
「で、具体的にはどういう手を打つつもりだ?」
「既にいくつか、手は打ってます。ドゥン」
沈黙していたドゥンが、渋い声を出す。
「代行の人脈により、モーレリアント高利貸し組合がこっちにつくことになったのがまずひとつ」
「金貸しがつくか」
モーレリアント高利貸し組合というのは、三大組織とは一線を置いていた組織だ。
その名の通り、高利貸し達が手を組んでいる。
と言っても強固な関係ではなく、借金を踏み倒して夜逃げするような相手に金を貸さないように、情報を共有するくらいの緩いものだ。
「代行は信用がある。故に無担保で無制限の融資を受けられる」
「借金には違いないだろ?」
サラマンドのその言葉に、ベスパーラが冷静に答える。
「今、この瞬間に動かせる金があることが重要です。借金がなくても、無一文の人間が人を動かすのは難しい。裏社会の人間なら特に」
「それもそのとおりだな」
サラマンドはゾクゾクとしている。
礼儀正しい言葉遣いや態度とは裏腹に、ギリギリまで容赦なく手を下す、この新しいリーダーに。
「そして、その資金を利用してマンティコア商会の切り崩しを狙います」
「マンティコア商会の切り崩し?」
「はい。前回の襲撃時、フェイオンの話では襲ってきたのはダンフ商店の私兵だったそうです。そして、襲撃によって立会人だったアントリオン商店の構成員が亡くなっています」
「マンティコア商会内部で、既に分解が始まっている、ということか?」
「はい。おそらく、ダンフ商店はマンティコア商会内部での権力アップを画策しています。そこを崩す」
作戦会議は長くかかった。
そして、最後にベスパーラはこう言った。
「もし仮に、マンティコア商会を降せなかった場合。私たちは莫大な借金を抱え、死ぬより辛い人生を送るはめになるでしょう。これは賭けです。私達全ての命を賭けて、マンティコア商会を倒す。以上です」
「お前を推したときに覚悟している」
「俺は巻き込まれただけだが、お前に救ってもらったからな。命くらい賭けてやるさ」
二人の仲間に支えられ、ベスパーラは大抗争に本格的に乗り出した。
反撃を始める。
「今度はこちらのターンだ」
とベスパーラは低く呟いた。
ミドルゾーン。
数日前まで、ワイバーン連盟の勢力下であった地域にオルトロス会の構成員が集まっていた。
騒ぎを聞き付けたマンティコア商会の連中も集まってくる。
曰く、ここはマンティコア商会の支配下にある無用な騒乱を招くようなことはやめてもらおう、とのこと。
オルトロス会も曰く、既にここは我々の勢力下でありお前たちこそ出ていけ、と答える。
譲らない両者は、暴力に訴え小競り合いが起こるがワイバーン連盟からの増援によってオルトロス会のほうが勢いがつき、マンティコア商会側は駆逐された。
こうした小競り合いが、ミドルゾーン各地で起き勢力圏はもとに戻った。
いや、いまや勢いの増したオルトロス会がパレスフロントの外縁にすら手を出し始めていた。
ゲートタウンのお屋敷も、凄まじい動きを見せていた。
「ミドルゾーン、ユタイタ地区の支配を奪還しました」
と報告が入れば、壁一面に貼られたモーレリアントの地図のユタイタ地区の場所に、オルトロス会のマークが描かれる。
そうしている間に次の報告。
「ジャンタ鍛冶店がこちらにつく、との内諾がありました」
マンティコア商会の支配下のはずの商人たちが離反していた。
勢いに押されたか、時流を見る目が確かなのか、はたまたマンティコア商会の終わりを予感したか。
こちら側につく商人たちは増え始めている。
「トレイポ地区で不利な局面増援求む、との連絡です」
「ジャンタ鍛冶店に私兵がいればトレイポ地区へ向かわせろ。予備隊をいつでも出れる状態で待機だ」
そこは戦場だった。
指揮官であるベスパーラは険しい顔で応対している。
今はまだこちらが有利だ。
だが、奇襲の効果は長くは続くまい。
行けるうちに行くしかない。
そんなベスパーラにオルトロス会の首領の呼び出しがあったのは昼を過ぎたあたりだった。




