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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
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快楽の都編09

オルトロス会とワイバーン連盟の闇試合が行われている頃、パレスフロントのマンティコア商会でもまた動きがあった。


暗い。

灯りの落ちたマンティコア商会の本部を、仕立てのいい外套を着た男が歩いている。

有り体にいえばロデオだったが。

まるで、我が家のように見知った建物をロデオは進んでいく。

いつものように、会頭の部屋へ。


「衛兵の抑えはすんだのかね?」


「うぉっと、驚かさないでくださいよ」


廊下と同じように灯りの消えていた会頭の部屋から、低い声が聞こえてきてロデオは肝を潰す。


「それはすまなんだな。心配性なものでの」


「心配性なら灯りくらいつけてくださいよ。まあ、いいや。お察しの通り、モーレリアント衛兵隊は今夜は動きませんぜ」


「嘆かわしいことよ。治安のいいパレスフロントならともかく、ミドルゾーンやゲートタウンで何かあったら、どうすることやら」


「そうですねえ。その時は、衛兵隊長の誰かが責をとるんでしょうな」


「なれば、次の衛兵隊長殿のご機嫌をとらねばなりますまいな」


白い髭を撫でながら会頭は笑う。

つられてロデオも笑う。


「まあ、人事は私の権限ではないですからねえ」


「どうです?前祝いにデヴァインシャトー979でも」


「気が早くありませんか、会頭?あ、いただかないわけではありませんよ?」


会頭が取り出したボトルは、本物のデヴァインシャトー979だ。

グラスに注ぎ、二人で笑いながら目の高さまで持ち上げる。


「それでは、マンティコア商会の未来と衛兵隊長殿に、乾杯」


「乾杯」


ロデオは笑みを浮かべたまま、グラスに口をつけた。


闇試合のほうは、決着がついたところだった。

ベスパーラがこの戦闘中に編み出した、ウォータースリップ併用蒼流脚青滝閃とサラマンドの正拳突きが激突し、両者の威力が拮抗。

次なる一手を打とうとした、その時。


「両者ともに、手を引け。引き分けじゃ」


との声が響いた。

サラマンドは、その声に従い拳を引き距離を取る。

ベスパーラも、魔力を鎮め、闘気を抑えた。

声の主は、ワイバーン連盟の組長。

足を悪くして、椅子に座ったままだったが戦闘中の二人に届くほど張りのある声だった。


「なかなか良き勝負じゃった」


組長は、かかかと笑う。

気持ちのよい笑いかただった。


そこへ、襲撃が始まった。


窓ガラスが、すべて割れた。

割れた窓から、黒装束の襲撃者が侵入する。

笑みを浮かべたまま、ワイバーン連盟の組長は投げナイフに頭部を貫かれ即死した。

と、ほぼ同時に爆発。

轟音と、叫喚が邸宅を埋め尽くす。

ワイバーン連盟も、オルトロス会も、アントリオン商店ですらも殺戮の対象になった。


「ウォーターコート、拡散」


ベスパーラの魔法が、爆裂魔法で生まれた炎を鎮火する。

そこを、脱出経路として駆ける。

オルトロス会の幹部、首領、フェイオンは無傷。

ついてきたサラマンドと、ベスパーラは闇試合の傷のみで奴らにつけられた傷はない。


「何者だ?」


首領の問いにフェイオンが答える。


「ダンフ商店の私兵です」


「装備は統一してないうえにボロボロだったが?」


「偽装に決まってます。どこの世界にあんな統制のとれた野盗がいますか?」


「ダンフ商店と断定したのは?」


「装備の良さです。モーレリア正規軍より良質の装備をあのボロの下に着込んでいます。武器もかなり良いものです。ここらへんであそこまで揃えられるとなるとマンティコア商会、その中核たるダンフ商店と推測できます」


フェイオンの情報判断能力は、裏組織のレベルを超えているんじゃないか、と話を聞きながらベスパーラは思った。

フェイオンがいれば、アルザトルス神殿騎士団と、ガッジール騎士団の崩壊を食い止めることができたかもしれない、と埒もない想像をふくらませてみたりする。


「血迷ったか、会頭め」


首領の言葉には憤りが現れている。


「同盟を気付かれたのでしょう。情報は伏せていたつもりでしたが、どこから漏れたか」


「しかも、ついでにマンティコア商会の実力派アントリオン商店も潰そうとしやがった。欲張りすぎるだろ」


サラマンドも会話に入る。

彼こそ、もっとも憤りを感じているはずだ。

敬愛するワイバーン連盟の組長が、目の前で殺されたのだから。

それを見せずに彼は駆ける。


邸宅から、抜け出るルートは複雑だった。

あちこちが、焼け落ち瓦礫と化している。

それが、道を塞いでいる。

それを消火したり、瓦礫をどかしたり、粉砕したり、短いような長いような時間と距離を走り抜け、一行は玄関までたどり着いた。


あと少し、というところで油断が生じたのかもしれない。

気づかなかった。

その気配に。

その一撃に。


「ホーネットストライク」


電撃をまとった蜂の針のごとき鋭い一撃が、一行を襲った。

サラマンドは回避、ベスパーラも回避、フェイオンには届かなかった。

ただ一人、首領が直撃を食らった。


「抜かった」


苦悶の声で首領が呟く。

ガラガラと崩れ落ちる玄関の瓦礫から、進み出たのはスズメビー。

手に持つ剣は、首領の腹部を貫いている。

スズメビーに表情はない。


「おのれ、よくも」


フェイオンが激昂し、飛びかかる。


「飛燕流天空殺」


ベスパーラが教わっていない技を繰り出し、フェイオンはスズメビーと切り結ぶ。


「ホーネットスタック」


「飛燕流緑雲閃」


両者の技が炎の中を駆け巡る。

焼け焦げながらも、二人は戦いを止めることはない。

ベスパーラは知らない。

こんな兄を知らない。

騎士団を辞めたあとの兄が、どうしてこうなったのかを。

弟の顔もわからないほどの何かを。


そして、フェイオンとスズメビーは炎の中に消えた。


「逃げるぞ」


サラマンドの声にわれにかえる。


「フェイオンは……」


「今は奴の稼いだ時間を無駄にするべきではない」


ベスパーラの肩を掴んだその手は震えている。

やり場のない怒りを抑えているのだ。

サラマンドがそうなのだから、ベスパーラが時間を無駄にはできない。


「行きましょう」


「僕のことも忘れるな」


なんとか生きている首領を背に担ぎ、ベスパーラは燃える邸宅を脱出した。



それから数時間がたっていた。

マンティコア商会本部の私室で、会頭は報告を聞いていた。


「ふうむ。ワイバーン連盟の組長が死に、オルトロス会の首領が致命的な重傷、アントリオン商店の構成員は全滅か。まあまあの戦果じゃのう」


「なお、襲撃メンバーはすでにモーレリアントを脱出。ほとぼりが冷めるまで待機します」


「それでよい」


「それと、負傷した者が」


「スズメビーに関しては、そのまま治療させよ。もう一人は、経過を見つつ治療じゃな」


かしこまりました、と伝令が言い、去っていくまで会頭は厳しい表情のままだった。

誰もいなくなってから、会頭は相好を崩す。


「ワイバーン連盟とオルトロス会はもはや、潰れたも同然。なれば、モーレリアの裏社会は我が支配下。もちろん、このままで満足なぞしとらん。かき集めた力をもって、私が全てを手に入れるのだ」


笑う。

会頭は笑う。

モーレリア大抗争の一日目の夜明けが来る中、彼は笑い続けた。

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