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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
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快楽の都編06

その日から、わずか三日で同盟は成立した。

オルトロス会の首領は、難色を示したがワイバーン連盟が下につくと表明したことで同意した。

調印式と顔合わせを兼ねて、両者の長が闇試合をカモフラージュに面会することになった。


「その闇試合に君が出る」


「カモフラージュの闇試合なのに、ですか?」


「お互いの実力を見極めるためということもあるし、本気で戦わなければマンティコア商会に疑われる」


「難儀な話ですね」


試合の出場者にもかかわらず、ベスパーラは余裕の態度だった。

これはよほど自信があるに違いない、とフェイオンは踏んだが実のところ、ベスパーラの内心はまるで逆だった。

兄の変貌。

進まぬ修得。

刻々とへる時間。

焦りからか集中がうまくいかず、いまだに得意な属性を把握できずにいた。


「魔法の修行ですかい?」


再び、訪ねてきたロデオについ愚痴ってしまうほどの焦りだ。

しばらくロデオは考え込んでいたが、ポン、と手を打った。


「思い出しましたよ。闘技場の街コレセントに行けば、伝説の五人の一人“大戦士”アレスがいますよ」


「それは考えたが、時間の余裕がない。できれば市内が望ましい」


「そりゃ難儀な話ですねえ」


「基礎でいいから、魔法を教える人間はいないものかな」


「う~ん、まあ怪しい魔法使いでしたら、心当たりはありますがね」


「誰です?」


ロデオは、大げさな手振りでお屋敷の前の怪しい店を示した。


「見ての通り、怪しさ満点ですが一応魔法使い、でしょうな、彼は」


「灯台本暗し、か。ありがとう、ロデオ。早速あたってみる」


そういえば、この屋敷に連れてこられた時にここで怪しい魔法使いが店を開いているのは見ていたのだ。

その記憶が浮かんでこないところを見ると、相当焦って思考が停滞していたのだろう。


「うまくいくといいですな。では、あっしはこれで」


ロデオに別れを告げて、ベスパーラは怪しい店に向かった。


怪しい店の、怪しい魔法使いは、怪しさ溢れる実験の最中だった。

魔力を蓄積してあるらしきアミュレットから、導線が複雑な紋様を描きながら伸び、水晶の鉱石に繋がっている。

鉱石は魔力が注がれる度に、赤、青、白と輝きながら脈動する。

しばらくすると、鉱石は乾いた音をたてて割れる。

壮年の魔法使いは、鉱石の欠片を億劫そうに片付けると新しい鉱石を置き、アミュレットを微調整して魔力を注ぐ。


「見ていて面白いのか?」


意外に渋い声は、正気だった。

外の連中のように、どこかしらイってしまった声ではない。


「ええ。何をしているのです?」


「エンチャントにおける複合属性精製時における解離現象の検証だ」


「わかりません」


「だろうな。あの天才ジャンバラ・ダ・ルイラムの二十代の論文だ。検証できた奴は誰もいない」


「それが出来るとどうなるんです?」


「これだから素人は困る。いいか?従来、複合エンチャント技術は困難とされてきた。単一の効果を精製するならまだしも、二つも三つも効果を複合させると、成功確率が激減し、効果量も低下する。その時にエンチャント対象の魔法野で何が起きているのかを検証しているんだ。これが検証されれば、複合的なエンチャント技術が確立され、エンチャント分野がブレイクスルーするだろう。そのくらい、重要な検証なんだ」


言いたいことはなんとなくわかったが、ベスパーラには疑問が生じる。


「その重要な検証は、この程度の機材でできるものなのですか?」


グラールホールド時代の、神殿騎士団付きの魔法使いが使っていた機材はもっと良いものだったような気がする。

それを聞いた魔法使いは、傷ついたような顔になった。


「機材の稚拙さは認めよう。しかし、この実験は機材の優劣によって左右されるものではない」


「そういうものですか」


「俺だって、好き好んでこんなごみ溜めにいる訳じゃない。ルイラムの魔法使いギルドに入ることだって出来たんだ」


「それは、かなり優秀だと思いますが」


「その通りさ。なんたって第十二階位の魔法使いフェルアリードの直弟子なんだからな」


ベスパーラは、その魔法使いの名に聞き覚えはなかったが、第十二階位ということは相当凄いんだなとは思った。


「それは凄いですね」


「ああ、そうだろう?……ところで、お前なんだ?俺になんか用か?」


ここに来て、ようやく魔法使いはベスパーラの存在に気付いたようだった。

それでは、今まで何と話していたというのか?


「私はベスパーラと申します。実はお願いがあって参ったのですが」


「な、なんだ?金ならないぞ。研究用の水晶鉱石の購入に使ってしまったからな。追い出すなら追い出せばいい、さあ追い出せッ」


「借金取りじゃ、ありませんが」


「じゃあ、なんだ?居酒屋のツケの取り立てか?あれは年内に払うと言っただろう?」


「居酒屋のツケの回収でもありませんよ」


「な、なに?だったら」


心当たりが多そうだった。

長くなりそうだったので、ベスパーラは本題を切り出す。


「私に魔法を教えてほしいのです」


「魔法を?俺が?あんたに?」


「ええ」


「それで、俺に何のメリットがあるってんだ?見てわかるだろ?俺は忙しいんだ」


「額によりますが、借金の全てを返済します。私の予算で不足でしたら、利息を全て払い、元金を低減させましょう。ついでに居酒屋のツケも払いましょう」


「は?」


「まあ、これ以上借金する場合の保証はできかねますが」


魔法使いは思考停止していた。

ベスパーラとしては、自分で言うほど優秀な魔法使いだったらそのくらいは払う価値はあるだろう、と認識している。


「ちょ、ちょっと待て。お前、本気か?」


「実をいうとかなり焦ってます。返事をしていただければ、すぐにでも借金を解消しますがどうでしょう」


「ほんとに焦ってるなあ。まあ、いいや。そこまでしてくれるって言うなら、喜んで教えよう」


「私はベスパーラと申します。以後よろしく」


「俺は、ドゥンだ。よろしくな」


そして、ベスパーラはドゥンとともに借金取り巡りをした。

ゲートタウンから二社。

ミドルゾーンから三社。

パレスフロントで一社。

計六社から、合計六万リグの借金をベスパーラが返済した。

平均的な廷臣の一年ぶんの給与に匹敵する借金を一気に返されて、借金取りは皆目を白黒させていた。

ついでにゲートタウンの三軒の居酒屋で、200リグほどのツケも払ってきた。


この豪気な金の使い方で、高利貸しや居酒屋関係からのベスパーラへの好感度が急上昇したことを彼はまだ知らない。


「いやあ、まさか六万リグもあったとはな。助かったよ」


「それは良かった。では、早速ご指導のほどお願いします」


口調は柔らかいが、有無を言わせぬ鋭い声でベスパーラはドゥンに師事を求めた。


「わかった、わかった、今からやるよ」


借金が完済され、気が抜けたようなドゥンだったが、ベスパーラの声に気を取り直した。

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