快楽の都編05
それから、数日が過ぎた。
一日、一時間程度だったが、フェイオンは稽古をつけてくれる。
教えることは苦手なので、実戦で稽古する。
死なない程度には手加減する、とのことで彼の使う飛燕流という剣術のさわりだけは覚えた。
この飛燕流は、剣と魔法を組み合わせた実戦的な剣術でベスパーラと出会ったときに使った斬空剣のように、剣の振り方と技名をトリガーに魔力のこもった技を繰り出すという仕様だ。
武器に魔力を込めた魔剣化の魔法より、消費が抑えられるうえに長々とした詠唱が必要なく、また安定して効果が発揮できる。
世の中にはいろんな技法があるものだ、とベスパーラは感心する。
「君の使うホーネットストライク、あれも似たような原理の技だから修得には、それほど苦労しないだろう」
とフェイオンは言っていたが、まさしくその通りだった。
ホーネットストライクは、騎士になる前に修得した技だが使用時に魔力を消費し、技名を呼ぶ点などは一緒だった。
しかし、フェイオンはこうも言った。
「そのホーネットストライクだが、属性が固定されている。“風”属性の派生である電撃だ。追加効果の麻痺が主体となっているから仕方ないが、君の得意属性にあってないから消費も大きいし、連発も効かないと思う」
それは、ベスパーラが危惧していたことだ。
ホーネットストライクは、発生も早いし、確率で麻痺効果もついて使い勝手がいいのだが、魔力を持っていかれるし、連発もできない。
同じ剣術を習った兄、スズメビーにいつも馬鹿にされたことをベスパーラは思い出した。
「自分の得意属性を把握し、技をいくつか覚えれば私の指導は成功といえるだろう」
それで勝てるかはともかく。
フェイオンが護衛に戻ると、ベスパーラはあてがわれた部屋で瞑想する。
得意属性と言われても、魔法使いの訓練というものをほとんどしてこなかったベスパーラはそこで苦労していた。
得意属性の把握というのは、魔法使いとして基礎の基礎である。
地火風水闇の五つが基本だが、それぞれから派生し細分化されたエレメントもある。
ホーネットストライクのように風属性から派生した電撃もそうだ。
それらの中から、得意なものを知るというのは即ち自分を知るということ。
ベスパーラの苦労は、そこに発していた。
それを見つけられないままだが、その日の稽古でフェイオンはベスパーラを外へ連れ出した。
他に何人か、オルトロス会の構成員も同行していた。
「今日は、例の闇試合を見てもらいます」
「出番、ですか?」
「いえ、マンティコア商会とワイバーン連盟の闇試合ですね。二試合行われます。スズメビーが出るという情報もありますし、見ておいたほうがいいと思いまして」
スズメビー、兄が出る。
それは見ておかなければならないだろう。
オルトロス会の一行は、パレスフロントとミドルゾーンの境界にある古びた飲み屋に入った。
飲み屋には地下室があり、そこは人でざわめいていた。
マンティコア商会とワイバーン連盟の構成員たちだ。
闘技場的なものを予想していたベスパーラは、ここで闇試合が行われると聞いて面食らった。
だが、これはこれで面白い。
そして、闇試合が始まった。
「それでは、ミドルゾーンのセドマン商店の後継者問題解決の試合を始めます」
セドマン商店の店主が病死したため、後継者を選ぶことになったがワイバーン連盟よりの店主の実子と、マンティコア商会よりの番頭であり店主の弟が争っている。
示談では済まなくなったため、闇試合が組まれたのだそうだ。
ワイバーン連盟側は、なんとワカガシラのサラマンドが代表で出てきていた。
連盟の本気さが伝わる。
一度は頼ろうとしたサラマンドは、筋骨隆々の大男で武器は持っていない。
相手側の商会側の代表は、ロンクスという闘士あがり、もしくは現役闘士だ。
おそらく、サラマンドのことをウドの大木となめきっているような態度だ。
それが間違っていたことは、恐ろしい速さで距離を詰め、拳で三発殴打され、床に倒れたときに気付けたようだ。
サラマンドも強い。
あの巨体で、あの速さで接近されたらなすすべがない。
黒騎士が見せたかったのはこれだったのか。
強さのバリエーション。
その形。
ベスパーラが目指すべき所。
そして、次の試合が来る。
次は、パレスフロントのある店で横領を行い私腹を肥やした男が、ミドルゾーンへ逃げ込み、その引き渡しについて、交渉が難航し闇試合が組まれることになった。
ワイバーン連盟は、シャテイガシラという地位のタラスクという剣士が代表だ。
シャテイガシラとは、ナンバー3らしい。
つまり、ここにワイバーン連盟の二番手、三番手が出ているということになる。
じゃあ、なんでオルトロス会はでないんだとフェイオンに問えば、ワイバーン連盟には抗争になっても勝つ自信があるからだ、と答えられた。
凄い自信だ。
マンティコア商会側は、いよいよスズメビーが出る。
現れたスズメビーは、ベスパーラの知っている姿と大きく変わっていた。
肉体は、サラマンド並に筋骨隆々。
頭髪はなく、こめかみに血管が浮いている。
物々しい雰囲気の剣を持ち、周囲を威嚇している。
カリバーンに騎士団長の職を譲ってから、スズメビーは人前に姿を見せなくなった。
そして、二年ほど前に失踪した。
それから何があったのか、ベスパーラにはうかがい知れない。
試合が始まると血走った目でタラスクを睨み、ホーネットストライクを放つ。
見えるほど帯電した剣は、避けようとしたタラスクを縛りつけその肩を貫通した。
骨まで砕けるほどの豪剣に、多量の出血。
青ざめた顔で、タラスクは片手で剣を構える。
だが、ホーネットストライクの追加効果である麻痺が発生しており、タラスクの動きは鈍い。
すでにスズメビーの追撃は始まっており、続く剣技ライトニングホッパーで間合いを詰め、サンダークロスでタラスクを四分割した。
その全てが電撃属性の技であり、スズメビーの得意属性だった。
タラスクが肉塊になっても、スズメビーは行動を続ける。
マンティコア商会の構成員が、魔獣捕縛用の拘束具で動きを止めるまでスズメビーは暴れ続けた。
麻酔魔法で動きを止められたスズメビーが運び出されると、司会も安堵したようで饒舌に試合の結果を伝え始めた。
「正直、実の兄と思って油断していた。あそこまでだとは思ってなかった」
聞いているフェイオンの額にも、汗が浮いている。
「私もです。しばらく見ないうちに、さらに強くなっている」
さらに、強くなっている。
その言葉にベスパーラは震えが止まらない。
マンティコア商会が引けると、フェイオンたちの前にサラマンドがやってきた。
その顔から血の気が引いている。
「よお、オルトロス」
「ワイバーン、ですか。何です?」
「冗談じゃねえ話なんだが、俺たちとお前らーー同盟を結ばないか?」
「オルトロス会とワイバーン連盟とで?」
「ああ、そうだ。別に縄張りどうこうの話じゃねえ。必要ならそっちが頭でもいい。わかるだろ?奴は危険だ」
「ええ。ここで即答はできませんが、首領に話を通して見ます。八割がた大丈夫でしょう」
「マンティコアめ、とんでもないバケモノを育てやがって」
これがモーレリアント史上、類を見ない三大組織の同盟、そして統一に向けた抗争の幕開けだと、知るものは今はいない。




