快楽の都編03
あんたが俺達の店を潰したからさ。
オルトロス会の店に喧嘩売ってただですむと思うなよ。
俺だけじゃない。
何十人と動いてる。
あんたもう終わりだよ。
それが、男から聞き出した情報の全てだ。
この街に来たときの、あの店が原因だった。
むしろ、それしか考えられない。
にも関わらず、ベスパーラはその男の言葉を聞くまで思い至らなかった。
ロデオの言葉があったのに、だ。
「いわゆる面子を潰された、というやつだな」
にしては、命を狙ってくるあたりが不可解だが。
このような場合の鉄則は、情報を集める、だ。
ベスパーラは本腰を入れて、オルトロス会とやらを調べることにした。
そして。
二日もたてば、この街の特殊性がわかってくる。
快楽の都という名の裏には、どろどろしたものが渦巻いている。
狩場と化したゲートタウンだったが、本気で隠れたベスパーラをオルトロス会の追っ手は見つけることができなかった。
街の封鎖も、長い間できるわけがない。
昨日は、ゲートタウンからミドルゾーン、パレスフロントへ足を伸ばし、情報を集めた。
三大組織と、その特徴も。
例えば、勝手に敵対されてるオルトロス会はもともとゲートタウンの商店の寄り合いみたいな組織で、三大組織の末席という扱いだったが、数年前に今の首領がトップになってから変わりはじめた。
所属する店舗を強力に統制し、私兵も集め始めた。
側近のフェイオンが現れてから、それは加速し、強化された。
と同時に、劣悪なサービスの店も増え、ベスパーラの誘われたような店ばかりになっているという。
恐怖統制。
という呼び方がふさわしいだろう。
ミドルゾーンの支配者であるワイバーン連盟は武闘派である。
古くからある任侠、とか極道とか呼ばれる組織だ。
構成員こそ三大組織の中では少ないが、戦闘力は劣らない。
その支配も、支配というほど厳しくはなく、住人との相互補助を目的とした組織という見方がふさわしいかもしれない。
そしてパレスフロントのマンティコア商会こそ、三大組織の最上位にしてモーレリアント裏社会の最大勢力だ。
死の商人と忌み嫌われたダンフ武器商店を中核に、おおっぴらに出来ない商品を取り扱う商人たちが集まり、いつしか裏社会を牛耳る組織へと成長していった。
扱っている商品は、武器兵器に始まり、禁忌の魔法技術、薬品、奴隷、なんでもござれだ。
そして、商人たちの私兵もその質はともかく人数は多い。
「とすれば、頼るべきはワイバーン連盟、か」
オルトロス会に狙われている今、このままモーレリアントに留まるならば、どこかの組織の庇護を受けるしかない。
最大組織のマンティコア商会を頼るには、伝もないし、扱っている中身が危険すぎる。
残るはワイバーン連盟ということだ。
ワイバーン連盟の盟主はドウコという老人だが、実質的に仕切っているのは二番手のワカガシラ、もしくはカシラと呼ばれる男、サラマンドだ。
なんとか連絡をとりたいところだ。
そもそも、そうまでしてモーレリアントに留まらなくてもいいんじゃないか?と冷静な声が囁くが、強くなるための場所はここだ、と熱い声が叫ぶ。
とりあえずは、熱い声のほうに従うことにする。
ワイバーン連盟の根拠地、ミドルゾーンへベスパーラは足を向けた。
ゲートタウンのオルトロス会の屋敷では、首領の側近フェイオンが届いてくる報告に顔をしかめていた。
ベスパーラと呼ばれる男に破壊された店は、修復不能という調査結果がでていた。
店の売上自体はもともとあってないようなもの、ぼったくり過ぎて地元の住人は来ないし、旅行者もいまはゲートタウンの店にほとんど入らない。
潰れて困る、ということはない。
だが、面子は潰れた。
それを晴らすために、追っ手を放ったはいいがいまだにベスパーラは捕まっていない。
「あんたがいけばいいんじゃないの?」
フェイオンはかけられた快活な声にしかめた顔をさらにしかめる。
「戻っていたか、オラクス」
オラクスと呼ばれた青年は、腕を組みフェイオンを見ている。
その顔には薄い笑み。
彼は王宮の支援者との連絡役だ。
普段は、王宮に滞在している。
「気になって調べて見たんだよ、そのベスパーラって男」
ピラリと、二、三枚の報告書をフェイオンに見せる。
「お前にしては手際がいいな」
報告書を読むフェイオンの顔が徐々に強ばる。
「ね?面白い男でしょう?」
「元グラールホールドのアルザトルス神殿騎士団の騎士、先代の騎士団長の実弟で代々騎士団長を輩出してきた貴族の家柄か。グラールホールドの壊滅後は行方不明になっていたが、廃王国ガッジールでの工作活動の形跡がある、だと?」
「やっぱり自分で行ったほうがいいんじゃない?」
オラクスに言われるまでもなかった。
ベスパーラという男、何が目的かはわからない。
だが、放置しておくには危うい。
迅速に対応せねばならない。
フェイオンは、億劫そうに立ち上がった。
お兄さん、ようやく見つけたわ。
と、聞き覚えのある声にベスパーラは足を止めた。
封鎖はとけたが、迷路状態になっているゲートタウンで迷い、ミドルゾーンへ行けないでいた。
「誰かと思えば、お店のお姉さんですか?何の御用です?」
「何の用?私の店を滅茶苦茶にしておいて、よく言うわ」
「滅茶苦茶?何も壊さないように手加減したつもりでしたけどね」
「聞き苦しい言い訳はそろそろやめにしたら?それにあんたはもう囲まれている」
おとなしく口を閉じて死にな、とキモノの女の声にあたりからいかつい男どもが現れる。
全員、投げナイフを手にしている。
一昨日のような毒を塗ってあるのだろう。
「命を狙われる心当たりはないんですけどね」
「やれ!」
全員が一斉に動く。
ベスパーラはその全てに対応すべく、態勢を整える。
しかし、割り込んできた声が状況を一変させた。
「飛燕流斬空剣」
声と共に放たれた真空の刃は、女と男を横断した。
ベスパーラ以外の全員が、斬られ倒れる。
「え?なんであたしらが?フェイオン、さま?」
不可解そうな女の声。
「どうせ、おまえらは首領に慰みものにされる運命だ。苦しまず死ねるだけ感謝してもらいたいものだな」
現れた黒衣の男、首領の側近フェイオン。
ベスパーラは震えを感じたが、無視して声を出した。
「助けてもらった、わけじゃないな」
「助けたつもりではあるがな。あとは首領に怒られるのを私が我慢すればいい話」
ほどなくして、斬られた全員が事切れた。
「で、私も殺されるのかな?」
「いや、些細な勘違いがあり、手違いでバカどもがやらかしたのをまずお詫びしよう」
それで手を打て、ということだろう。
正直、今の剣筋を見ると勝つのは難しいだろう。
それですむなら、そうしたほうがいいと判断。
「私は何も被害はないですよ」
「そう言ってもらうと助かる。ところで、このあとお暇かな?ぜひ、お茶のひとつも召し上がっていただきたいのだが?」
この状態で断れるわけがない。
ベスパーラは頷いた。
「良かった。グラールホールドの物には劣るがいい茶葉を手に入れてね。ついてきてもらえるかな?」
相手が、ベスパーラの出身を知って態度を変えたことはわかった。
どうなるのかはわからないが、これで路上生活をしなくてすみそうだとベスパーラは胸を撫で下ろした。




