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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
83/410

快楽の都編01

浮わついたざわめきが市中に満ちている。

年の終わりが近付くと、この街はいつもそうだ。

さまざまな人種の人々が街路を歩き、酒を飲み、煙草を吸い、串に刺した焼肉やら魚やらを頬張る。

通りには、香木や香草の芳しい匂いが漂い酔いそうな空気をさらに惑わせる。

店の若い娘は、馴染みの客をーー時にはそうでない客もーー誘い、酒を振る舞う。

香りに満ちた煙が街を覆い、天より照らす太陽の光を遮り、を薄暗くさせる。

その怪しい陰影が、さらにこの街をざわめかせるのだった。


モーレリア王国の首都モーレリアント。

人はこの街を“快楽の都”と呼ぶ。


そのざわめく雑踏を一人の青年が歩いている。

コレセントで止められた冬の息吹は、この街になんの痛痒ももたらさず、湿気の多い空気は淀んだように動かない。

二十代前半。

中肉中背、長い黒髪を赤い紐で束ね背に垂らす。

やや焼けた肌は、長い旅路を感じさせる。

笑みの浮かんだその顔から、内心は読めない。

形のよい唇が開き、声を出す。


「さて。モーレリアまで来たはいいがどうするか」


誰に問うでもない。

その答えも必要ではなさそうだった。

しかし、お節介な者はいる。

淀む快楽の都なら、なおさら。


「あら、お兄さん。お暇ならウチの店に来ない?」


青年はニコリと笑う。


「こんな昼間からかい?」


「飲むのに時間が関係あるのかしら?」


声をかけた女は、艶然と笑う。

長い髪は、金に染められ深紅のかんざしがそれを彩る。

肩口まではだけた衣装は、東方のキモノ。

かんざしと同じ深紅。

白い手は指が長く、艶かしくこちらを誘う。

並の男なら、それだけで夢心地になるだろう。


「そりゃそうだ」


青年は笑みを浮かべたまま、女についていく。


薄暗い店の中で、青年は顔をしかめた。

壁際で震えているのはさっきの女。

青ざめた顔で、青年を見ている。

椅子やテーブルが散乱する店内、それにまぎれて幾人かのいかつい男がのびていた。


「ずいぶんと安い酒だ」


口にした杯の中身が顔をしかめた原因らしい。

酒のボトルには“デヴァインシャトー979”とラベルが貼られている。


「デヴァインシャトーの979年はね。原料の葡萄が最高に出来がよかった。だから、最高の葡萄酒ができたんだよ。いわゆる当たり年ってやつだ」


青年はボトルの中身を床にぶちまけながら、女に近付く。

女は後退りするも、後ろは壁。

その顔が恐怖に歪む。


「いくら、ここが悪いお店だからと言っても、本物の一つも置いてもらわないと。ガッカリだよ」


青年は空になったボトルを振り上げる。


青年が店に入ると、葡萄酒が出された。

ボトルにはデヴァインシャトー979のラベル。

青年は喜んで飲んだら、もちろん偽物。

はじめは本物を出してくれ、と優しく言ったら、ウチの酒に文句があるのかと、いかつい男が五人。

イラッときたので、腰のレイピアも抜かずに叩きのめし、改めて文句を言い、女に近付く。

今ここ。


降り下ろしたボトルは女の頭上で止まる。


「次はあなたも見逃しませんよ?」


そう言い残して、青年は店を出た。

店の外はまだ日が高く、淀んだ空気を透かして陽光は届いていた。

明順応できず、目を細めた青年の視界に男がうつりこんだ。

笑う口元には、整えられた口髭。

仕立てのよい服。

三十代から四十代の男。


「いやあ、ずいぶんと大げさにやってもらいましたねえ」


自分のほうが大げさなジェスチャーで、男は近寄る。


「あなた誰です」


「ロデオ・ビスカイオ。モーレリアント衛兵団のものです」


どうみても、ロデオと名乗る男は衛兵には見えなかった。


「衛兵団には見えませんが?」


「あはは、よく言われますよ」


青年の知る衛兵とは、揃いの鎧や制服を身に付けた仏頂面の強面というものだ。

衛兵にもいろいろあるだろうが、おおよそのイメージはそんなところだ。

そのイメージから大きく外れたロデオだったが、青年はモーレリアントならさもありなんと、納得した。


「それで、何の用です?」


「いやね。注意というか、警告というか。あなた、やり過ぎた」


「そう、かな?」


「立場上詳しいことはいえんが、夜道に気を付けなってことさな」


ロデオは笑ったまま、そう言った。


「夜間の外出は控えますよ」


「そうしてくれ。ああ、そうだ」


と、ロデオは青年の顔をじっと見た。

そして、尋ねる。


「あんたの名は?」


青年は笑う。


「ベスパーラ、です」


「覚えておこう」


あんたが死ぬまでは、とロデオは言い残して去っていった。


元グラールホールド神殿騎士。

元ガッジール騎士。

今は、放浪の冒険者。

ベスパーラ。


ガッジールを出たあとは、各地を放浪していた。

強くなるには限界がある、と薄々気付いていながらも。

そんなときに、彼を放浪の旅に追いやる原因となった男が現れたのだ。


「久しぶりだな」


「相変わらず真っ黒ですね。鎧も腹も」


元気そうだな、と兜の中で黒騎士は笑う。

誰にも知られずに修行するために選んだ大陸南西部の丘陵地帯、狼の上顎と呼ばれる場所に黒騎士はやってきた。

もちろん、ベスパーラに会うためだろう。


「また、戦いますか?」


「今のあんたじゃあ、足りない」


「では、何をしに?」


「強くなるための場所を用意してある」


兜の中の顔が、ニヤリと笑っていると確信する。


「余計なお世話と、言ったら?」


「今のあんたは言わないぜ?」


見抜かれていた。

強くなるための場所、といわれて揺らいだ心が。

素直に頷くのもなんだか見透かされているようで、ベスパーラは強がりを口にする。


「強くなっても、貴公と戦うくらいが関の山。意味などない」


みたいなことを言った。


「意味はある。一人でも多くの戦士が必要だ」


その黒騎士の言葉にベスパーラは引き込まれた。

そして、続く言葉にも。


曰く。

古代に封印された魔王が蘇る。

それを早めるべく、十人の魔王の手下ーーミニオンーーが暗躍しており、彼らを止める力を持つ戦士が必要だ。

決戦を約一年後に控えている。


「乗るか?」


私の才など、よくて上の下。

そこまで、ベスパーラは見切りをつけていた。

目の前のこの男は、どう控えめにみても上の上を一歩超えている。

普段ならば、黒騎士に自分が必要とされることはないであろう。

自分が必要ないと、自分で認めるのは悔しかった。

だが、どこかで安堵している自分がいる。

しかし、今の黒騎士は必要としている。

これは良くない兆候だと、ベスパーラは考える。

必要とされることに喜びを感じている。

黒騎士の言葉に従えば、彼に依存してしまうだろう。

そうなる自分を予測できる。


必要とされないことに安堵せず。

必要とされることに依存せず。

独立独歩の自分でいる。


なかなかに難しいが、ベスパーラはそれがベストと考える。

そこまでの思考を踏まえて、ベスパーラは答えた。


「乗ろう」


と。

深謀遠慮はし過ぎて損はない。

特にこういう手合いには。

その考えてを見抜いたかどうかはわからないが、黒騎士は行き先を示した。


「快楽の都モーレリアントへ」


ベスパーラの目的が定まった出来事だった。

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