闘技場編09
大武術会に向けて、チームコレセントの特訓が始まった。
俺は、アレスの技を会得すべく瞬間的な魔法のコントロールと、それを剣技におとしこむべく修行に励む。
シュラは、泰然と己の技を磨く。
一番の心配は、モンスだった。
今、モンスはルイラム山脈を踏破するため、山道を駆けているころだろう。
俺たちの領域へ近付くために、アレスの特訓を受けていたのだ。
実力で言えば、一番劣るのは奴。
そのことは本人も気にしていたようだ。
俺の前では、そんなこと言わなかったが。
そして、大武術会の参加を機にアレスに自分から志願したとのこと。
奴も変わりつつあるのだ。
「これが“震天”でござる」
大気を貫く槍の一撃が、いまだにビリビリと周囲を震わせる。
シュラに頼み込んで見せてもらった“震天”はやはり、とんでもない速さの突きだ。
よく、こんな無茶苦茶な刺突をかわしたものだと、自分で自分を誉めてやりたい。
なんでも、突きを放つ瞬間に全ての関節を駆動させ、その力を一点に込めることにより、あの速さと威力が生まれるらしい。
見よう見まねでやっては見たが、どうにもコツがつかめず修得は諦めた。
とりあえず、今は。
そのあとは、シュラとの模擬戦。
一流の闘士であるシュラと戦うのは、他の修行よりよほど強くなれる気がする。
アレスに言った通り、ステータスというか、能力値というか、筋力とかそういう類いの弱体化は元に戻った。
むしろ、ルイラム山脈踏破の成果で強化されている感じもある。
大武術会とやらに、どれほどの達人が出てくるにしろ渡り合うことはできそうだ。
コレセントで、闘士をしている以上試合はこなさなければならない。
特に俺のような、入ったばかりのくせに上位の序列を持っているような奴は。
このあいだのいざこざで、序列は大きく変動している。
一位のアレスの座は不動だが、二位のバランは本人が引退を表明してないだけでほぼ空位だ。
三位はシュラ。
四位にはもともと、五位の“列剣”ラウズが、その五位には六位だった“硬骨”ブランドがついている。
そのあとが問題で、七位に俺ことカインがついたことで、七位だった“雷鳴”ボルテス、八位の“ロンクス”
が一つずつ序列を落としていた。
また、十位にはモンスがついたのでそれ以下はさらに序列が落ちている。
というわけで、中から上位の闘士たちには不満がくすぶっていた。
それを晴らすべく、俺は三日に一度試合をしていたのだ。
十二位の“灼熱剣”ギルスは、奴の物質化した炎の魔剣を「なんだか、懐かしいなあ」と思いながらも、炎のコントロールを奪って倒し。
十一位の“墓石積み”ナヤワは、石の壁を召喚し盾にするというオリジナリティ溢れる“杖”魔法を無理矢理破壊するというオリジナリティの欠片もない方法で倒した。
モンスを飛ばして、九位となった“狐面”ロンクスは面で隠れてはいたが、不満はその声が伝えていた。
「どのような手管を使ったかは知らぬが、お前程度の闘士が七位とはコレセントも堕ちたものだな」
と、言われたので奴にも見える程度の速さで攻撃してやった。
ただのロングソードにご自慢の狐面を剥がされた時の奴の顔ったら無かったな。
ちなみに、あとでその話を聞いたモンスは「覆面剥がされたら引退しかないっスね」と言っていた。
そして、初試合となる序列八位“雷鳴”のボルテスとの試合を明日に控え、俺は二種類の魔法による肉体強化になんとか満足いく手応えを感じた。
そして、一夜明け。
俺は試合に臨んでいた。
“雷鳴”のボルテスというだけあって、素早い攻撃が得意のようだ。
“符”魔法で弱体化を狙い、手数で押す。
速さだけなら、俺たちの領域にかすっている。
これなら、丁度いい。
試させてもらう。
試合開始時点で、回復魔法を微弱に永続化。
そして、頭の隅に強化魔法をいくつか詠唱済みの状態で待機しておく。
おそらく、戦闘中に意識して発動するのは難しいと判断し、一定の条件で発動するようにしてある。
結果、ボルテスの攻撃は全て俺にいなされ、防がれ、受け流された。
最後には、攻撃が効かないと判断されボルテスが負けを認めることで終わった。
その時点で、まだ試したいことが半分ほど残っていたことは内緒だ。
俺が試合していたように、シュラもまた試合をしていた。
さすがにおれほどの頻度ではないが、シュラもまた序列が近い相手に挑戦を受け、戦っていた。
“列剣”ラウズと“硬骨”ブランドはそれぞれ挑み、それぞれ敗北した。
「“大物食らい”にも関わらず、低位のものとばかり戦っているのはさぞ、ご不満でございましょう」
「いや、そうでもない」
「なるほど、無用な戦は好まぬ、と」
なんか、微妙に俺のことを高く評価しているシュラである。
アレスとモンスは修行中なので、俺たちは二人で飯を食っていた。
もちろん、いつもの店である。
この東洋風というか、遊牧民的なというか、品揃えを妙にこだわっている雰囲気が人気の無い理由だろうか。
普通に旨い料理ばかりなのだが。
いつ来ても、俺たちしかいないのが気になる。
俺はブルージャオという野菜と細く切った肉を炒めて、特製の調味料で味つけたブルージャオロースという料理を食う。
ブルージャオの鮮烈な味が、肉の旨味を引き立てる。
また、野菜の味も濃く旨い。
店主曰く、先に野菜を油に通し、余計な水分を抜き、味を染み込みやすくする東洋の技法“ユドゥシ”なる技を駆使しているのだという。
シュラは、豆の汁で作ったトウフなる白く柔らかい食べ物を、挽き肉と真っ赤な汁で炒めた、これも東洋風料理“マ・ボドゥ・フ”を食っている。
よく、あんな辛いの食えるな。
とか思ってると、本場はさらに辛い、むしろ痺れる、とのことだった。
それは食べ物か?
「まあ、なんにしてもあと少しだな」
「左様でござるな」
今年も残すところ、あと三日。
新しい年の四日まで、闘技場は休みだ。
観客は、みな大武術会目当てにモーレリアントへ向かう。
金がある闘士も同様だ。
俺たち出場者も今年中に、モーレリアントへ入っていなければならない。
「どんな奴らが相手だろうな?」
「なるべく、強き者がよいでござる」
「そう言うと思ったよ」
長い一年だった。
春先からいろいろあって、何度か死にかけて。
復讐という目的は果たしたものの、そのあとの楽しい冒険者生活というものは、まったくできていない。
その原因たる魔王は、目覚めつつある。
暗躍している魔王の手下どもは、いまのところ目立っていない。
目立ったら暗躍ではないか。
来年も、きっとなんだかんだ忙しく、戦い続きの、死にかけそうな年になるんだろうな。
俺は強くなっていのだろうか?
自覚はない。
コレセントに来てから、俺より強い奴らが何人も出てきて、俺の自信をへし折りに来やがる。
それでも、まだ生きている。
つまり、俺は強くなっている?
己では答えの出せない問い。
俺はしばらく考えて、考えるのをやめた。
追加で頼んだ“ラアミン”が届いたからだ。
魚からとったスープと、豚の骨からとったスープを混ぜ、ショウ・ユというタレを割る。
そこへ、麦を紐のように長く伸ばしたメンを茹でたものを入れて、上に海藻を干したもの、茹で肉、ゆで卵などを載せた一品だ。
ズルズルとすすれば、メンにスープが絡まって極上の味わいだ。
俺の悩みより、料理の説明のほうが分量が多いのは内緒だ。
やがて、ルイラム山脈からアレスとモンスも戻り、ラアミンや鍋貼を頼み、夕食を楽しんだ。




