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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
80/410

闘技場編07

全ての席が埋まっていた。

そりゃまあ、世紀の大決戦アレス対バランの試合だ。

コレセントに来るような闘士マニアは絶対に見に来るだろう。

俺たちの席を確保してくれたダフ屋によると、席の売値は最低10倍、ひどいものだと100倍の値がついたのだという。


「すげぇッスねぇ、アニキ」


相変わらずモンスはアニキ、アニキとうるさい。

まあ、もう裏切るようなこともあるまいが。

それにしても、俺とシュラの激戦が本当にただの前座だと思い知らされる。

人々の熱気、興奮、場内の空気がそれを物語る。


「アレスって本当に凄い奴だったんだな」


「いまさら何言ってんすかアニキ」


モンスが呆れ顔だったが、いまいちアレスの凄味というのが伝わって来なかったのは確かだ。

飄々としているというか、ざっくばらんというか。

俺は確かに強くなったのだから、それなりに実力はあるのだろうが。

そのへんの大事な部分を、今日の試合で見られればいい。


闘技場に二人が立つ。

白髪、老いた姿ながらもそれを感じさせない動きの“大戦士”アレス。

一方、相手の“王者”バランの姿は対照的だ。

赤毛の髪を短く切り、日に焼けた肌は筋肉を覆っている。

若々しさに満ちている。

それをカインは奇妙に感じた。


「なあ、モンス。“王者”バランってよ、三十前半だったよな」


「そうっスよ。確か三十一です」


「だよな」


「なんかしましたか?」


「いやな、ずいぶん若いなと思ってさ」


三十一も若いと言えば若いが、闘士としてみればピークは過ぎている。

にも関わらず、最強クラスのバランは凄いのだが、闘技場に立っているバランはもっと若く見える。

十代後半から二十代あたりの闘士としてもっとも、相応しい年代の体つきだ。


「確かにそうかもしれやせんね。けど、王者ならそんなもんじゃないスかね」


そう言われればそこまでなのだが。

そのカインの受けた印象と同じものをアレスも感じていた。


あのヤロウ、何持ってやがる。

というのが、アレスの受けた印象だった。

若返りと気力の充実は見ただけでわかった。

そして、そこから先。

原因となるだろう、バランの得物。

一見、ただのロングソードにしか見えないものから、滲みでる気配にアレスは気付いていた。

観客席からではわかるまい。

あの剣が、バランの強化をしているはずだ。

しかし、アレスはその剣を無視した。

強くなるのに手段を選ぶというのは間違っている。

もちろん、闘技場で戦うための最低限のルールはあるが。

それさえ守れば、いい。

それは、極論すればハドラーの行為も認め、またシュラの行為も認めることになる。

自由でよい、とアレスは考えている。

今日は久方ぶりに楽しい戦いになりそうじゃ、とアレスは笑った。


試合が始まる前に、カインはバランの剣に気付いた。

あれだ。

あれが、バランを強化している。

使ったことがあるからわかる。

あの独特の不安定さ、そのわりに手に馴染む、自分の魂の欠片。

物質化された魂の魔剣だ。


「気を付けろ、あれは魂の魔剣だ!」


というカインのアレスへの警告は、「試合開始」の宣言と観客の叫喚にかき消された。

同時に二人は動いた。


観客たちは何が起こっているのか、見えなかった。

高速で動く二人の戦士に目が追い付かない。

それは、同じく観戦している闘士たちも同様でよほど上位でなければ闘技場の上を何かが駆け巡っているようにしか見えないだろう。

モンスはなんとか見えている。

というよりは、見たものを消化して理解するまでのタイムラグが短い、と言うべきか。

見えない、よりはよほどいい。

試合の内容が見えているのは、四、五人だろう。

そして、その中にカインも入っていた。

シュラとの戦いで会得した時間をゆっくりと見る能力“心眼”、同効果の魔法の名で呼ぶならば“剣”の第五階位“スローフロー”の力を使ってのことだが。

ゆっくりと見たところで、ようやく追える程度の早さだ。

そこでカインは二人の戦いに目を奪われる。


アレスの振るう剣が、バランを襲う。

バランがそれを受け、桁外れの剛力で弾く。

しかし、アレスは態勢を崩されず、すぐに反撃に移る。

よく見ていると、アレスの一挙一動が人の限界越しているんじゃないか、と思える。

そして、その直後にアレスにかかる二つの魔法の流れを感じる。

一つは常時発動している微弱な魔法だ。

おそらくは回復魔法、低レベルだが常時アレスを回復している。

なんのためにかはわからないが。

もう一つは、瞬間的に発動している強化魔法だ。

恐ろしいほどの超強化が攻撃のヒットした瞬間にかかっている。

そして、それはすぐに消える。

効果時間を犠牲にして、効果量を増やして、消費を減らす。

こういう魔法の使い方があるのか、とカインは目を離せない。

これが、アレスの限界突破のからくりだ。

これを俺に教えたい、のか。

攻撃のヒットした瞬間に強化。

攻撃のヒットした瞬間に強化。

攻撃のヒットした瞬間に強化……。

強化魔法をかけるタイミングがえらくシビアだ。

当たった瞬間に、相手にタイミングをずらされると強化が無駄になる。

無駄になるだけならまだしも、強化された体に振り回され隙が出来てしまう。

使いこなせば強力だが、使いこなすまでが大変だな。

それにしても、そのアレスに拮抗しているバランも凄まじい。

伝説の五人、という呼び名は魔法使いとしての呼び方だが、アレスに関してはそれが相応しい。

てことは、バランの力も伝説の五人並、少なくとも二十人の英雄レベルだということか。

しかし、それは何か違う、と俺の直感が囁く。

バランが攻撃するたび、攻撃を受ける度にーーそれは確かにアレスに対抗できているけれどもーー彼は傷ついていた。

張り詰めた筋肉から鮮血がほとばしる。

肉体の限界を超えているのだ。

あの魂の魔剣が、そうさせている。

確かにあれは魂の魔剣だが、俺のものとはずいぶん性質が違うようだ。

俺のは、切れ味はいいが普通の剣だ。

俺の中の何か、魂?を消費して剣閃を飛ばせる。

そのくらいだ。

バランの剣は、肉体強化をメインにしているように見える。

もしくは、火事場の馬鹿力的な限界を超えた力か?

バランの様子を見ると、それが適当か。

そこで、アレスが動きを変える。

ゆっくり見ていても追いきれないほどの一撃を放つ。

さすがにバランは反応できず、右腕を切られる。

普通であれば、剣を持つ手に力が入らず戦いにならない。

そこを狙えるアレスも凄いが、バランは動きを止めない。

一瞬、バランがブレたように見える。

次の瞬間には、バランの右腕は無傷になった。

回復ではない、傷などなかったかのように戻った。

なんだあれは?


『無傷な自分という過去を召喚したのだ』


頭に突き刺さった言葉に、俺は試合から目をそらす。

この声は、アレスのようだったが。


『わしじゃ、いいから試合に集中せい』


アレスだった。

え?試合しながら、思考を飛ばせるの?

回復、強化、会話、戦闘を同時に行っているのか?

うん、しそうだ。

そのくらいやりそうだ。

そこは解決したので、気になった言葉を思い出す。

無傷な自分という過去を召喚したのだ?


『理解せんでいい。簡単に言うと常に無傷』


「マジか!なんだその無敵」


小さく呟いたからモンスには聞こえなかったようだ。

戦いを理解するのに集中しているのもあるだろうが。

しかし、常に無傷って強すぎるだろうが。


『お前には不愉快かもしれんが、今からバランを倒す。これ以上は見ておれん』


アレスの思考は、そう考えていた。

何が見てられないのか。

そして、俺が不愉快になるような倒しかた、とは?


アレスが動く。

動きはじめに速度強化、攻撃のヒットで威力強化。

相変わらず的確なタイミングでの魔法の発動。

それ以上にヒットした場所が問題だった。

それは、バランの武器。

魂の魔剣だ。

バランの魔剣にひびが走る。

そして、割れる。

割れた剣の刃がくるくると舞い上がり、闘技場の床に突き刺さる。

加速された時間が戻る。

誰の目にも、その瞬間は見えた。

剣が折れたバランが、膝から崩れ落ち、倒れる瞬間を。


観客は、大歓声をあげた。

その割れるような歓声の中で、俺はいつかのアレスの言葉を思い出していた。


魂の魔剣は、お前の魂そのものだ。

魔剣が壊れれば、お前は死ぬ。


その意味を痛感した。

沸き立つ場内で、俺は震えていた。

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