砂の王国08
影が形をとる。
前面に二つの横線、その赤いラインは上下に開く。
憤怒に燃えた炎の色をしたそれは目だった。
影からつきだした二本の耳。
影の唾液をだらだらとたらす黒い牙の列、巨大な口。
人型をとるそれは、立ち上がった。
狼の頭部を持つ巨大な影。
それは、俺たちを威嚇するかのように吠えた。
その咆哮によって黒い影は振り払われ、その真の姿を現す。
狼男、ワーウルフもしくはライカンスロープと呼ばれるモンスターだ。
あまりメジャーではないが、珍しくもない。
しかし、俺たちの目の前にいるそいつはサイズが桁違いだった。
亜人型モンスターのそれは通常1メルト半から、大きくても2メルト。
だが、目の前の奴はおそらく3メルトを超える。
手にした棍棒も2メルトほどの長さだ。
俺の身長より、長いってどうなんだ?
ともかく、そいつとこれから戦うことになる。
すでにパーティーの戦闘準備はできている。
それを察してか巨大ワーウルフはそのたくましい後ろ足で突進。
オオカミの本能であろうその攻撃を、全員が読んでいた。
俺とルーナが左へ、カリバーンとアベルが右へ、それぞれステップで回避。
けれど、俺たちの読みを超えることなど簡単におきる。
突進を続けながらも巨大ワーウルフの棍棒が、俺たちの方へ唸りをあげてやってくる。
目で見てわかるほどの重圧。
予想するまでもない大ダメージ。
瞬間的に、詠唱破棄で物理防御上昇の“プロテクション”をかけ、さらに防御。
ルーナも詠唱破棄の結界呪文を高速展開。
一時的にカリバーンに匹敵する防御力を得たが、棍棒は防御効果を破り、微弱ながら俺にダメージを与えた。
俺の目の前に展開された結界が粉々に割れる。
ただの一撃で、だ。
俺の背に走った悪寒は、パーティー全員が感じただろう。
パーティー中、最大の防御力を持つカリバーンを突破する威力の攻撃が来る可能性があるとしたらとれる戦術は限られる。
もちろん、あの突進からの棍棒の振りおろしはなんども来る攻撃ではないだろう。
「短期決戦しかないだろう」
というカリバーンの言葉に俺は頷く。
祭壇の間を縦断した巨大ワーウルフは、一息ついて後ろ、つまり俺たちの方を向く。
二手にわかれた俺たちの、どちらを狙うか迷っているようだ。
この一瞬の隙に、俺たち全員がするべき行動をする。
まず動いたのはルーナだった。
「聖杯を司りし女神ジュオレンゼルに乞う。その杯より流れ落ちる生命の泉を護りたもう御身の盾の欠片を一度我が同胞の前へと顕現したもう。浄火の女神イクセリオンよ、汝の御技もちて今降ろされる我が意思の力を炎の枠もて導きたもう。その名を呼ぶは我なり、汝を仰ぎ見るものルーナなり。第五階位“シールドプロテクション”」
完全呪文詠唱により、最大限の効果で発生した結界呪文はさっきのものより遥かに硬い。
これでカリバーンの防御はしばらく持つ。
それを確認するやいなや、カリバーンは巨大ワーウルフの前に立つ。
ターゲットを定めた巨大ワーウルフは、嬉しげに咆哮を放つ。
だが、カリバーンがその勢いに怯むことはない。
ルーナが全力で生み出した結界、護る意思を信じているから。
巨大ワーウルフの棍棒の攻撃を防ぐカリバーンの目は前だけを向いている。
そして、アベルが動く。
魔力のブーストをしていたのだろう。
その身に宿る意思の強さが目に見えるようだ。
「真理の杖もちしガストランディアに乞う。その杖より放たれるは裁きなり、真理のもたらす怒りの発露なり、我が祈りが御身の選定に選ばれんことを。風の旅人ソライアよ。その誓いにより我が意思を二つ聞き届けん。ひとつはその風の流れをここに留め、我が意思により自在に操らせたもう。いまひとつは雷光なり、音よりも早き霹靂の、その光の輝きなり。その名を呼ぶは我なり、汝に誓いし者アベルなり。複合第9階位“カノントルエノ”」
アベルの前方の空間が歪む。
彼の手からほとばしる光が空間の歪みによって収縮、一点に集められた光が青白い輝きを帯びて一直線に伸びる。
巨大ワーウルフの胴体へ。
音よりも早い光の束は、胴体を突き抜け洞窟までも貫いていった。
青ざめたアベルの顔に、深い疲労の色が見える。
「低コスト、高ダメージ、回避不可。この局面で最高のパフォーマンスの魔法です。直撃すればドラゴンだって即死します。ですが、あとほんのわずか足りませんでした」
あえぐような吐息で言われた言葉に、反応したかのようにそれは動く。
胸に風穴が空いてはいた。
しかし、目には憤怒。
吐息は突風。
ダメージが足りなかった。
ほんのわずかに。
巨大ワーウルフはいまだ動いている。
俺は、駆け出した。