闘技場編01
生まれ故郷に久しぶりに帰ってきた。
もはや、ここには自分の家族、家というものはない。
それは、もう燃えてしまった。
新たな入植者たちが、ここに新しい村を造っていた。
きれいさっぱり燃えてしまったこともあって、非常にやり易かったとは、開拓村の村長の弁である。
まあ、俺はここに懐かしむためにきたわけじゃない。
もちろん、開拓に来たわけでもない。
「マーリンにここにいると聞いてきた。いるんだろ、師匠?」
俺の大声に、村の奥に生えている大木の上で物音がする。
「急に大きな声出すなよ、ビックリするだろ?」
「相変わらずだな、師匠」
「お前もな、馬鹿弟子」
魔法の師匠はマーリン。
政治の師匠はラオル。
そして、剣の師匠が彼女、スフィア・サンダーバードである。
自身の力不足を痛感して、再度稽古をつけてもらおうと訪ねてきたのだ。
年の頃は、二十後半にしか見えないが態度といい、口調といい、もっといってるとカインは密かに思っている。
まあ、そんなことを口にすればどつかれるのはわかっているので、言わない。
「ふん、大方自分の弱さに落胆して、師匠に頼ろうと考えたのだろう?相変わらず考えが浅いな」
「考えの浅さで、師匠にどうこう言われたくない」
「なにを?まるでわたしが何も考えていないようじゃないか?」
「違うのか?」
その言葉を発すると同時に、左から殴られる。
強い打撃ではないが、何で殴ったのかわからない。
その発生も見えなかった。
「これでも、少しは考えてるんだよ」
そこで、スフィアは笑う。
殴る前にその台詞は言ったほうがいいと思う。
個人的には。
「で、稽古つけてくれないか?」
「頼み方」
「稽古をつけてください、お願いします」
「お願いします、偉大なる大師匠様。がつけばもっといいのだがな。まあ、いい。まずは、どこまでか見てやろう」
気付いた時には、スフィアは木から降り両手に曲刀を構えている。
次の瞬間には、攻撃動作が始まり。
その次には、攻撃が開始されている。
追い付けなくとも、初撃を食らう前に防御態勢は整えておかねばならない。
どんなに高速で反応しても、防ぐのがやっとだ。
「おい、まだ半分だぞ?鈍ったんじゃないか」
半分とは、全力の半分ーーではない。
俺の実力にあわせたスフィアの出力の半分という意味だ。
つまり、スフィアが考えている半分の力しかない。
お前、やる気あんのか?
ということだ。
「まだまだ、これから!」
カインも出力を上げる。
魔法に頼りきっていた面は否定できない。
強化魔法。
武器の具現化。
ルーナの結界に、カリバーンの妨害呪文、アベルの攻撃呪文、アズの召喚ーー自分の実力が鈍っていても仕方ない。
だが、スフィアの、師匠の前では言い訳に過ぎない。
そんなこと考えてる暇があるなら、剣を振れと言われるだろう。
「また、余計なことを考えているな?そんな暇があるなら、剣を振れ。この馬鹿弟子」
言われた。
とにかく、今は剣を振るうしかない。
二刀流は難易度が高い。
高いはずなのだが、目の前のスフィアの剣捌きを見ると、そうかんじることができない。
上下左右から縦横無尽に繰り出される剣撃の乱舞は防御できても攻撃の隙を与えない。
師匠の剣の癖はなんとなく把握しているが、たまにそれをあえて利用して剣を繰り出すのだからたまったものじゃない。
ただ、一発一発が炎の王やアルフレッドに比べれば軽いーー比較対象が、伝説の~や最強の~と言うのがおかしい気もするがーー。
軽いがゆえに、防御からの反撃も出来なくはない。
十発防いでの一発程度だが。
師弟の立ち合いは、このあとも延々と続いた。
完全に日が落ちてから、ようやく終わった。
「相変わらず、弱っちいな」
「すんませんね、不肖の弟子で」
「まったくだよ。想定の九割しか出してないのに」
「あれから、まだ蝿杖になるのかよ」
「実戦なら十回は死んでる。で、与えられたダメージは雀の涙ほど。ホント、師匠やってて恥ずかしいよ」
「ホント、申し訳ないです」
「疲れたな、飯作れ」
唐突な師匠の言葉に、俺は準備を始める。
修行時代は、こういう唐突なところに何度も付き合わされた。
飯の仕度も慣れたものだ。
ここに来るまでに仕留めたクード鳥を手早く焼いて、山菜と共に鍋で煮る。
野鳥のシチューの完成である。
「簡単すぎないか?」
「簡単な料理ほど旨い」
文句を言いながら、スフィアはもぐもぐとシチューを食べる。
「うん、まあまあ旨い」
「だろ?」
「で、どうだった?わたしの手応えは」
「相変わらず強い。俺も強くなったと思うけど、師匠の立っている場所はまだ上だ」
「そんな簡単に追い付かれてたまるかよ」
そう言いながらも、スフィアは笑う。
「でさ、これから一年くらい修行してくれないか?」
「無理だな」
あっさりと断られた。
しっかり頼んだはずなんだが?
こういう部分があるから、困る。
「なんでだ?」
「わたしが忙しいからに決まってる」
クード村なんて辺境に籠ってたくせによく言う。
だいたいこの人が忙しいところなんて、想像できない。
「そこをなんとか」
「忙しいのは本当さ。けどまあ、それ以上にあんたが成長したのが理由といえば理由かな」
「俺が成長したから?」
「成長というか、カスタムというか、徹底的に軽装戦士の心得を叩き込んだはずが、なぜか剣防御あり、両手剣攻撃あり、なんつうスキルを身に付けやがって、教えづらいだろうが」
それは、確かに。
教わってないことを師匠に使っていたのも確かだ。
師匠から教わったことが基礎になっているのは間違いないが、そこに今までの戦いで得た知識と経験を乗っけていた。
その乗っかった部分が教えづらい、のだろう。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「自分で考えろ、馬鹿弟子。と、言いたいところだが、旨い飯の礼に一筆書いてやろう」
「は?」
焚き火の明かりで、スフィアはすらすらと何かを書き上げた。
蝋で封をして、それを投げて寄越す。
「これを、コレセントにいる偏屈爺に見せればお前の納得のいく以上の修行を受けられるだろう」
「コレセントって、闘技場のか?偏屈爺って誰だよ」
「連絡はしとく。さあ、寝るぞ」
それきり、新しい情報を与えずスフィアは寝袋にくるまって寝た。
ていうか、住む場所ないのか?
俺も、寝袋を出して寝た。
疲れていたのは確かだったからだ。
コレセントは、大陸東北に位置する都市国家である。
主な産業は、ない。
しかし、大陸内最大の闘技場を所有している。
闘技場で戦う闘士たちを束ねる闘士ギルドが、行政も兼任しており闘士間のいさかい以外は比較的治安はいい。
闘士ギルドは、闘技場の試合の賭けも担当している。
その売上が、国家の収入の九割を占めている。
対外的には、南部に位置するモーレリア王国の属国という立場であるが、自治権は有している。
良くも悪くも、闘技場を中心とした国なのだ。
目覚めると、スフィアは居なかった。
「相変わらず、放任主義だな」
故郷に別れを告げて、俺は北を目指す。
コレセント、闘技場の街へ向かって。
騎士の都レインダフ。
騎士王ヌァザの腹心である天騎士ロアゾーン・カドモンは客の相手をしていた。
「相変わらず、美しいな」
「お世辞を言っても何もでないわ」
「妻とはいえ、伝説の五人に数えられる“軽業師”スフィア・サンダーバードの相手をしているんだ。機嫌を損ねないようにするのは当然だろ?」
「自分だって、伝説の五人に次ぐ二十人の英雄の一人じゃない」
「それで、何か用か?」
「カイン、強くなってた」
「噂は聞いていた。ラーナイルの内乱に関与し、グラールホールドの陥落にも噛んでいたと聞く。お前がそういうなら、よほど強くなったのだろうな?」
「わたしが、バクヤの剣を使って九割の出力で互角」
ロアゾーンの顔が驚きに変わる。
「俺でも、調子がよくなきゃそこまでいかないな」
「あんたは歳を考えたほうがいい」
「なに、まだ五十路だ。全盛期の七割は出る」
「わたしを罵ってもいい。親の資格などないと」
「なんだ、いきなり?」
「カインをコレセントに送った」
「大戦士、か」
ロアゾーンの顔が今度は苦渋に染まる。
スフィアの顔も、同じような表情だろう。
「いまさら、親の資格とかないか」
「あの子を放っておいたのは俺の責任のほうが大きい。お前は悩むことはない。それに」
「それに?」
「あの子なら、大戦士も凌ぐような気もする」
ロアゾーンの希望的観測に、思わずスフィアは笑った。
なんだかんだ言っても、親バカなのだ。
馬鹿弟子などと、言っている場合じゃない。
そんな二人の会話など、全く知らずカインは新たな旅路を歩いている。
秋も近い。
木枯らしの吹く街道を歩いていく。




