炎の王編03
ラーナイルの入り口で、俺とアルフレッドは別れた。
王宮に行き、ホルスの指令について報告するのだろう。
そのあと、合流することにして俺とアズは市街に繰り出した。
「外はあっついけど、街中はそれほどじゃないんだね」
アズの言葉に俺は頷く。
「この街は、オアシスの上にあるからな。地面が冷やされて太陽の暑さが届きにくいんだ」
「へえ、そうなんだ」
などと他愛ない話をしながら、街路を歩く。
陽光は優しく、日陰は涼しく、人々は笑顔だ。
平和な、妙に平和に見える光景だった。
いかんな、落ち着くとそれが当たり前に思えないのは悪い癖だ。
「でも、なんか変だよね。この街」
アズもそんなことを思っていたらしい。
「まさか、また幻影か?」
「う~ん、いちおうマルファスの目で見たけどそういうのじゃないっぽい」
幻影にはひどい目にあったので、特に敏感になっている。
だが、確かにこれは違う。
「どっちかっていうと、人が何か隠している感じだな」
「あ、それそれ。その表現だよ」
世間ずれしてないからか、アズは直感的にものを言う。
便利な目をもつマルファスを使いこなせるようになってから、なおさらだ。
この微妙な雰囲気は、自分で気づいたみたいだが。
「まあ、隠したいことを無理に聞き出すのも労力がいるからな」
「なんか、もやもやしててやだなぁ」
「そんなときのために、冒険者ギルドがあるんだぜ?」
「へ?」
この際だから、アズも冒険者として登録しようと俺は思っていた。
この先、旅をするつもりなら冒険者の知識は必須だし、何かあったとき頼れるものがあったほうがいいだろう。
いつまでも、俺やアルフレッドがいるわけじゃないからな。
そこまでは言わなかったが、あると便利ということは納得したようだった。
冒険者ギルドのラーナイル支部。
目立たない木造の建物は、前に来たときと変わらなかった。
顔見知りのマスターも、笑顔で出迎えてくれた。
「久しぶりだな、カイン。例の事件以来か?」
「ああ、用事があってな」
「ん?その娘はなんだ?お前の子ーーではないよな?」
「アズ・リーンです。私、冒険者になりたいんです」
「ということだ」
「ということだ、って言ってもなぁ。子供だろ?」
「冒険者約款には、冒険者になるのに年齢の制限は書かれていないはずだぜ?」
「それは、まあ、そうだろうけどよ」
冒険者になるのは、本人の意思次第だ。
それに年齢は不問だ。
冒険者ギルドを設立した人物も幼少から、冒険者として活躍したという。
「あたし、がんばるよ?」
アズのうるうるした瞳に、ついにマスターが折れた。
ていうかそんな技、いつ覚えた?
「わかった、わかったよ。アズ・リーンを冒険者として認め、ギルドに所属し、その恩恵を受けられる権利を与える」
「やった!」
「よかったな、アズ」
細々とした手続きがあったがそれほど時間もかからなかった。
これで、アズも晴れて冒険者になったわけだ。
「で。話は変わるが、今何が起こってるんだ?」
カインの問いに、マスターは「やっぱり聞くか」と疲れた声で言った。
「そりゃ、聞くさ」
「だよな。街の雰囲気おかしいもんな」
ま、座れよ、とマスターは二人に椅子をすすめ、焼き菓子と飲み物をだした。
アズに気をつかって、菓子をだしたようだ。
アズは気付かず、菓子に手を伸ばす。
うまそうに食べている。
「すまないな」
「なんのことだ?」
マスターは、微笑んでアズを見ていた。
やがて、その顔が曇る。
「正直言うと、情報は遮断されている」
「ギルドの情報網でもか?」
「ああ、王宮、騎士団、衛兵ーーラーナイル関係の情報網は完全に沈黙している」
「厳しすぎるな、ホルスらしくない」
「そうなんだよ、新しい王様はもっと気軽い感じだ。何か起こってるのは間違いない。その上で俺独自のつてで調べた結果、数日前に、魔法使いの調査団がバラミッドへ向かったことがわかっている」
「バラミッドへ、調査か」
「そして、もうひとつ。数百人ほどの士卒がラーナイルを脱出したらしい」
「規模からいうと、百人隊から三百人隊か」
嫌な予感しかしない。
情報網を遮断し、魔法使いの調査団がバラミッドへ向かい、百人単位の兵士が消えた。
「俺から話せるのはそのくらいさ」
「いや、助かった」
「こんな状況だが、いくつか仕事がある。受けていくか?」
「そうだな。まあ、気が向いたらな」
今日はまず休もう、と俺は思っていた。
仕事を受けるのは、アルフレッドの意向も聞いたほうがいいだろうしな。
外へ出ると、もう日が暮れるところだった。
俺たちはアルフレッドとの合流場所でもある、俺のラーナイルでの常宿、砂の眠り亭へ向かった。