魔法王国編12
「気を付けろ!これは幻だ!」
と叫ぶ、カインの声を最後にアズの意識は途切れた。
いや、途切れたわけではない。
直前と連続しなくなった、という方が正しいのかもしれない。
目の前には、古ぼけた廃墟はない。
現在進行形の廃墟が広がっている。
灰色の空。
色のない街。
アズが生まれ育った廃墟。
ガッジールがそこにあった。
「なんだろう。なんか中途半端」
アズの第一声はそれであった。
幻を見ているのはわかる。
体の自由はきかないから、本来は意識ごと幻に取り込む魔法のはずだ。
なら、なんで意識があるのかな?
そのへんが言葉にすると、中途半端ということになる。
『お許しください、主。炎の者の警告に反応して防御できたのは意識だけでしたので』
聞こえてきたのは、マルファスの意識だった。
カラスの姿の魔族は、あの一瞬で幻影魔法から守ってくれていたらしい。
「ありがとう、マルファス」
ではやはり、本来は幻影の中で全て支配される魔法ってことか。
おそらく、この先アズが見たいものが見れて、欲しいものが手に入り、居たい場所に居られるーー幻を見せられるのだろう。
それはきっと幸せだろうけど。
「面白くないわね」
と、アズは思ってしまう。
だいたい、せっかくガッジールを出たのに何にもしないで帰ってくるなんて、面白くもなんともない。
あたしがなんで、外に出たか。
それもわからない奴が、中途半端な幻を見せるな!!
「バラム」
獅子の姿の魔族が、一声吠える。
アズの怒りを代行するかのような、轟く咆哮だった。
バラムの声で、ガッジールの幻に亀裂がはしる。
無数のひび割れが、アズの視界を覆う。
それらが弾け、ガッジールが消え去る。
いつか帰るわ。
でも、それは今じゃない。
今はやることがあるもの。
アズは心の中で故郷に向かって語りかける。
『存分にやるがいい。いつでも帰ってくるがいい、待っているぞ』
答えがあった。
それは、ガッジールに住まう邪神ガタノトーアの声に思える。
邪神とは名乗っているが、アズにとってはガッジールの守護者だ。
その声を聞くだけで心強い。
やがて、幻が完全に消え去り石造りの壁が残った。
「よし。あたしとガッジールを馬鹿にした奴をとっちめてやる」
アズは怒りを胸に石の迷路を歩き始めた。
アルフレッドはもう少し重症だった。
アズのように意識を保てたわけもなく、すぐに幻に飲み込まれた。
アルフレッドが気付くと、ラーナイルにいた。
王宮の、国王の私室。
自室でくつろいでいるのは、当代の国王セト一世。
その膝の上には四歳になる王子、名は同じくセト。
成長すれば、セト二世とか小セトと呼ばれるであろう。
いや、ことによると私が小セトと呼ばれこの子が大セトと呼ばれるやもしれんな、とセト一世は言ったことがある。
その前にアルフレッドは膝まずいている。
まだ、若いな。
と、微かに残る現在のアルフレッドが考える。
その意識も、やがて薄れて過去のーー幻影のアルフレッドに同化していく。
「お呼びですか、陛下」
「そのように畏まらなくてもよい。よく来てくれたなアルフレッド」
「よくきてくれた、あるふれっど」
小さいセトの大人ぶった言い方に、アルフレッドは思わず笑う。
「なぜわらうのだ?」
「そちが、元気でアルフレッドも嬉しいのだよ」
「そうなのか?あるふれっど?」
「は。さようにございます」
ならよい、と笑顔になるセトにアルフレッドの緊張もほぐれた。
「では、本題に入ろう。アルフレッド・オーキス、そなたにこのセト王子の教育係を命ずる。と、同時にセト王子近衛騎士団の団長を兼任してくれ」
「お、俺?いえ、私がですか?」
「そうだ。ラーナイルの騎士の中で最強といわれる、アルフレッドに任せたい。受けてくれるな?」
そうだ。
見に余る光栄だった。
若年の俺に、王子の教育係と騎士団の団長を任せてくれた。
その時、セト一世とセト王子にこの身を捧げようと決意したのだ。
再び、現在のアルフレッドの意識が浮かび上がる。
思い出した。
いや、忘れていたわけではないけれど。
砂石の谷の辛い暮らしの中で、記憶が薄れていっていた。
今の俺ができた、そのルーツがこの時の会話だった。
現在のアルフレッドは、過去のアルフレッドの口を借りて懐かしい主君に言葉をかけた。
「セト王子殿下は、俺が導きます。陛下はゆっくりとお眠りください」
「そうか」
とセト一世は、笑った。
薄れていくセト一世の笑い顔とともに、幻も消えていく。
意識がしっかりしたアルフレッドは、新たな決意とともに立ち上がった。




