魔法王国編11
王都ルイラムを出発してはや5日、俺達はフェルアリードの居城たる灰色の迷宮城を目前にしていた。
灰色の外壁、城壁はない。
幾つかの尖塔をもつ、戦闘のために作られたわけではない城だ。
ジャンバラは古城と言っていたが、いつごろの建築なのだろうか。
「前期セレファイス様式の城だな。400年ほど前の城が、こんなに立派に残っているとはな」
相変わらず、妙に博識なアルフレッドが解説する。
ほんとによく知ってんな。
「ええと、ルイラムとレインダフの間で冷戦が起きた時に調停につとめたセレファイス卿が、その功績を認められてレインダフから割譲された領地に封されて王位を得たんだよね、確か」
「その通りだ、よく覚えてたなアズ」
「アズ、よく知ってたな?」
「うん、アルフレッドに教えてもらった」
いつの間にか、知識を増やしていたアズにまず驚き、それを教えたアルフレッドに再度驚く。
ほんと、いつの間にそんなことしてたんだ?
遠目から見ると、城は深い穴の上に建っているように見える。
実際は、穴の上に出っ張った岩棚に乗っかっているようだ。
こんな不安定なところによく城を建てたもんだ。
「ここは、カルナハー古戦場だ」
また、謎知識をアルフレッドが解説し始めた。
「古戦場?」
「ああ。古代魔道帝国時代に魔王の軍団と大地の王ファイレムがここで戦った。地形を変えるほどの戦いの末、魔王軍の魔法使いを封印し、戦闘は終わったという伝説の地だ」
ざわざわ、と身が震える。
千年も昔の大戦争の余韻を感じた気がした。
ここで、炎の王、風の王に匹敵する大地の王が戦った。
地形を変えるほどの戦い、なんて想像もできない。
そして、そんな多くの者が命を落とした古戦場に城を建てるフェルアリードの気持ちも想像できない。
想像したくもないが。
しばらく城を見つめて、俺達は動き出す。
警戒しつつ城に接近。
衛兵の類いがいないことに、まず安堵する。
いや、衛兵を置く必要もないほどの何かがいるということかもしれない。
警戒は続けよう、と三人で顔を見合わせる。
城門は開いていた。
俺達はますます、警戒を強めていく。
ゆっくりと一歩、足を踏み入れる。
城内は、薄暗い。
漂う空気も埃くさい。
何年もの間、誰も足を踏み入れることがなかったかのように。
確かに、フェルアリードがラーナイルに行って以来、誰も入ってないはずなのだ。
話を聞いた地元の老人も、ここに城があるのは知っていたが入ったことはない、と言っていた。
なんでも、ルイラム国内にはこのような廃城や、廃墟が数多くあるという。
その割合はわからないが、悪質な魔法使いの住処になっている場所も多いという。
ここも、その一つと思っていたので誰も入らなかったそうだ。
確かになあ、こんなの入りたくないよなあ。
調度品らしきものは少ない。
あってもぼろぼろか、壊れている。
違和感に気付いたのは、そのあたりでだった。
廃墟過ぎないか、と。
少なく見ても15、6年前にはフェルアリードがいたはずなのだ。
誰も入らないはず、つまり中を荒らす者だっていないはずだ。
無鉄砲な若者が入るかもしれない?
もし、そうなら若者らしい自己顕示欲で落書きとかしていすはずだ。
だが、そんな雰囲気はない。
焦りが、頭の中を渦巻く。
“剣”の第1階位“クリアアイ”を反射的に唱える。
「カイン、どうしたの?」
「おい、どうした?」
仲間たちが急に呪文を唱えた俺に驚き、声をかけるが返事はできなかった。
クリアアイは魔法効果を見破る呪文だが、効果は自分自身にしか及ばない。
だから、この場の本当の姿は俺にしか見えてないだろう。
本当の姿、それは四方を魔法陣で囲まれた石の部屋だ。
そして、その魔法陣は既に発動している。
俺達の精神に働きかけ、幻影を見せる魔法だ。
さっきの廃墟は、さらなる幻影を見せるための時間稼ぎだったのだろう。
警戒していたつもりだったが、相手が死んだとはいえ第12階位の魔法使いだったことを甘く見ていた。
もう、魔法は発動寸前だった。
アベルくらいの魔法使いがいれば、発動を阻止することができたかもしれないが。
今の俺達には止めることはできない。
俺にできたのは 「気を付けろ!これは幻だ!」と叫ぶことだけだった。
精神ーー俺達の魂やら幽体に作用する魔法は、すぐに正常な意識を奪い取り、眠りに落ちる寸前の夢の中のような状態に俺を導いた。
赤い炎が見える。




