魔法王国編10
ジャンバラ・ダ・ルイラムは怖い男だ。
とカインは直感した。
これじゃ、追放されるのも道理だとも思った。
浮かべた笑みは、娘であるイヴァに似ている。
いや、こちらが親だからイヴァのほうが似ている、といえばいいのか。
「カイン・カウンターフレイム君か。よく来たね」
深い、静かな声だった。
だが、その声の奥に何が隠されているのか。
「いえ、押し掛けてしまったみたいで」
見れば見るほど、幽閉という言葉が重い。
ジャンバラは、木の椅子に縛り付けられていた。
自由に動かせるのは顔と手くらいだ。
これが、暴政の報いか。
そこまでのことをしたのか?
「気にすることはないよ。話す相手がいるのはいいことだ。特にこのような境遇ではな」
「では、遠慮なくお聞きします」
俺は覚悟を決め、その問いを発した。
「フェルアリード・アメンティスについて、ご存知のことを教えていただきたい」
ジャンバラは上を向いて瞑目した。
何を思っているのか。
何かを思い出しているのか。
「彼は、ルイラムとセレファイス公国の国境付近の出身と言っていた。今は何もないがね。少年といっていい時期にルイラムにやってきた」
フェルアリードに関しては、あの薄い笑いを浮かべた顔しか覚えていない。
その少年が、いかにして黒の魔力炉を見出だし、無限魔力を得るに至ったのか。
「彼の中に、押さえきれない野心と好奇心を見つけた私はゾクゾクしたよ。魔法学院の同級生だったのだよ、私達は」
フェルアリードとは違う深い笑み。
「私達はともに優秀な成績で卒業した。私は王位につくべく宮殿に戻った。そして、彼を私的な研究組織である黒魔機関にスカウトした」
それか。
それが、アベルの言っていたルイラムの魔法使いの原型なのだろう。
「黒魔機関は、ありとあらゆる魔法の研究をした。私は古代魔道帝国の魔王の研究を、彼は魂と死者について、充実した日々だった」
懐かしい日々を思い出しているのだろうが、話している内容は穏当ではない。
「徐々に同じような魔法使いが増え、とともにさまざまな国に仕える者が増えてきた。研究と実践を深めるには、すでにルイラムでは手狭になっていたのだ。フェルアリードがラーナイルに行くと言ったときに、私は黒魔機関の解散を決めた」
残念そうな顔。
フェルアリードが、ラーナイルに仕えたのは今から15、6年前のはず。
そのころの話か。
「それきり、フェルアリードとは会っていない。元気なのかね、彼は?」
「死にました」
「そうか。では、向こうでまた会えるといいが」
もっと大きな感情の動きがあってもいい、と思ったがそういうのは人それぞれだろう。
「ああ、そうだ。彼が、黒魔機関にいたころに研究に使っていた古城がある」
思い出話から、現実に戻った。
「王都から西へ行ったところに、あると思う。“灰色の迷宮”城といえば、地元のものはわかるはずだ」
灰色の迷宮、それは奴の二つ名だった気がする。
聞くべきことは聞いた。
俺は、一刻もはやくここからでていきたくなった。
「また、きてくれたまえ。歓迎するよ」
その言葉を最後に、俺たちは幽閉場所を出た。
アルフレッドも、アズもぐったりしていた。
「なんか、疲れたな」
アルフレッドの言葉が、全てを物語っていた。
フェルアリードとの会話に通じるものがある。
話が通じてないわけではない、のが余計にたちが悪いと、かつて俺は評した。
似たようなものだろうか。
宮殿を辞して、大使館への道のりを歩く。
外はもう、夕暮れに近い。
北国だから日の入りが早いのかもしれないが、それだけの時間、ジャンバラと話していたということでもあるだろう。
「でも、まあそれなりに成果はあったかな」
「灰色の迷宮城、だな」
「で、行ってみるわけね?」
「ああ、何があるかはわからんが、行く価値はあると思う」
「俺はお前に任せるぜ」
そもそも、フェルアリードの調査はアルフレッド、お前の仕事だっただろうが。
それでよくセトの側近がつとまっていたな、とセトの今後が心配になった。
「疲れましたでしょう?」
大使館に帰るなり、出迎えたのはアベルだった。
「お前が、女王様を止めようとした理由がわかったよ」
アベルもうんざりした顔になる。
過去のジャンバラを思い出したのだろう。
「なにか収穫はありましたか?」
「フェルアリードの居城がわかった」
「それはよかったですね、と言いたいところですが」
「ああ、明らかに罠だな。ジャンバラが仕掛けたわけではないにしろ」
「ですね」
考え込むアベルだったが、俺はニヤリと笑って言った。
「まあ、なんとかなるだろ。ラーナイルの時のように」
「ま、リーダーならなんとかしそうですが」
だろ、と俺は笑う。
何があるかはわからないが、なんとかなる。
きっと。




