廃王国編07
アズの呼び声で、4体の魔族は動きを止め、そして姿を変える。
黒い影のような姿から、マステマは力強い戦士の姿に、エリゴールは勇壮な騎士の姿に、バラムは猛々しい獅子の姿に、マルファスは青黒いカラスの姿にそれぞれ変わった。
その姿が、彼らの本来の姿なのだろう。
4体はアズの前に並び、頭を垂れる。
魔族はアズに服従すると決めたのだ。
おさまらないのは、ロンダフ=教皇だった。
「それは、余の、ロンダフの力ぞ。小娘がもっていい力ではない」
「解き放ってくれたことには感謝している。だが、その恩義は返した」
マステマの言葉に、他の三体も頷く。
「あなたはロンダフじゃない。だから、これはあなたの力じゃない」
アズの声と視線に、教皇はへたりこんだ。
その前に黒騎士が立つ。
「いろいろ、手間取らせてくれたな。お前らが、魔王を甦らせようとしていることはわかっている。情報を洗いざらい話してもらうぞ」
「魔王だと?ロンダフはもういない。私こそがロンダフ。魔王ロンダフだ」
教皇の言葉に黒騎士は首を振る。
「ロンダフではない。魔王レイドックだ」
ロンダフ=教皇が呆然とするのをアズは見た。
黒騎士の言っていることはよくわからなかったが、ロンダフ=教皇の想像の埒外の事柄が話されているのだろう、と予想していた。
そして、黒騎士とロンダフ=教皇の前に影、いや闇のような霧のような何かが立ち塞がるように現れたのを見た。
「あれは何?」
「古代魔道帝国由来の魔法のようです」
マステマが教えてくれた。
だが、それは聞きたかったことではない。
あれは何?
心の中でアズはもう一度問う。
応えはない。
「はじめまして、かしら?」
黒い霧の中から現れたのは、霧と同じく黒い髪を持つ女性だった。
「いや、違うな。リィナ」
「あら、そうだったかしら?」
「やはり、お前らが裏にいたのだな」
「うふふ。まるで私たちが全てを画策したような言い方ね。でも違うわ、グラールホールドで魔族の封印を解いて、炎の王を呼んだのは彼よ。私たちはほんの少し手伝っただけ」
「何を言おうと関係ない。まだ魔王復活には早い」
「でも、いずれ彼は目を覚ますわ。私たちはそれを早めているだけ」
「奴が目を覚ましても、また絶望するだけだ」
「やってみなければわからないわ」
話は平行線をたどった。
「ふふ。あなたは変わらないわね。いいわ、止められるものなら止めてごらんなさい」
楽しみに待っているわ、とその言葉を最後にリィナは、黒い霧の中に消えた。
教皇もともに。
ガッジールはもうめちゃくちゃだった。
「お前の運命を決めるのはお前自身だ。俺は手助けしかできない」
「うん、わかってる。私、行くよ」
アズはガッジールを出ることに決めた。
何かが、始まっていることがわかったからだ。
今回は、黒騎士やガタノトーアの協力で切り抜けられたけれど、何度も助けてくれるわけではないだろう。
それに、ガッジールの外へ出て行きたいという気持ちが大きくなりすぎた。
自分の運命なんてことは分からないが、きっとなんとかできるはずだ。
ベスパーラも旅支度をまとめて、モルドレットへ挨拶へ出向いた。
彼は魂に受けたダメージが大きく、まだ満足に動けない。
今は寝台の上だ。
「お前たちが無事でよかった」
会うなり、その言葉が聞こえた時は耳を疑いましたが、虚栄心が去ってまともになったということかな。
聞けば、先刻ファイザーンも別れを告げに来たのだという。
なるほど、ガッジール騎士団は発足と同じくして、解散してしまったのか。
無念なような、どこか面白くもある。
「しばらくは、風の行くまま雲の流れるまま過ごしていこうと思います」
「そうか、息災でな」
「なんだか、モルドレット様ではないような話ぶりですね」
モルドレットは顔をあげる。
妙に晴れやかな顔だ。
「あの黒騎士の強さを見たら、私の足掻きがちっぽけに思えてな」
なるほどな、ショック療法という奴ですか。
「ここにとどまるんですか?」
「ああ、しばらくはな。ファイザーンの件は痛恨だったからな。ガッジールの復興と開放を目標に足掻いてみるさ」
変わった。
確かにモルドレットは変わった。
このモルドレットなら、仕えてもよいと思えたかもしれない。
まあ、もう離れると決めてしまった。
「では、これにて失礼いたします」
思ったより、簡単に別れられた。
帰る国はなく。
仕える主もなく。
騎士という職もない。
そのなんと素晴らしいことか。
自由の素晴らしさを味わいながら、ベスパーラはガッジールから旅立ったのだった。