廃王国編06
ポッカリと天井が空いた大聖堂へ、黒騎士とアズは突入した。
おそらく、何らかの演説と決意表明をしていたであろうロンダフの姿をアズは確認した。
思っていたのとまったく違う老人の姿がそこにあった。
禿頭に白い法衣、4つの輪をはめた杖を持っている。
その目が黒騎士を確認し、大きく見開かれる。
「お、お前が」
「ああ、俺がやった。探したぜ、グラールホールドの教皇猊下」
二人は顔見知りのようだ。
あまり、仲は良くないことはわかる。
「何度、余の邪魔をすれば気がすむのだ!!」
「何度でもしてやるよ。炎の王だけに働かせるのも気がひけるしな」
「騎士団の連中は。役に立たなかったか」
「そうでもない。アズの修行の役には立った」
「ふざけおってッ。ふん、だがまあ、よい」
急にロンダフ=教皇?は余裕を取り戻す。
杖を掲げ、ロンダフ=教皇?は叫ぶ。
「魔界の扉を抉じ開け出でよ我が下僕!!結ばれし契約により、その力を振るえ」
彼を中心に魔法陣が拡がる。
その外縁に4つの光点。
そこから、黒い影が出現する。
「ちぃ、ロンダフめ。外法とはいえ、魔族どもを召喚する方法を残していたとはな。俺が迂闊だったか」
黒騎士が言ったロンダフは、目の前の老人のことではなさそうだった。
本物のロンダフとも戦ったことがある、のかな。
4つの影、黒騎士の言葉からすれば魔族は魔法陣に囚われた人々を襲いはじめる。
たちまち、大聖堂は阿鼻叫喚の地獄と化した。
黒騎士は地獄に降り立ち、魔族を止めるべく戦いはじめる。
ロンダフ=教皇?は、魔法陣の中心で笑う。
楽しくもなさそうに笑い続ける。
「止めなきゃ」
アズも地獄の大聖堂に入る。
けれど。
なにもできずに魔族に殴られ、壁まで吹き飛ばされる。
口の中が、錆びた味になる。
血がでてるのかな。
立ち上がって、なんとかしようと試みるが体が動かなかった。
騎士たちに追われた時と違う。
本当に体が危険なのだ。
でも、行かなきゃ。
ここにいる人たちはガッジールの住人だ。
区別はつかない。
けれど逆に言えば、全員が仲間だ。
どこかで助けたり、助けられたり、そうやって生き抜いてきたガッジールの仲間。
誰一人として失いたくない。
だから、アズはゆっくりとでも動こうとする。
『久しぶりに良い覚悟を見たぞ。ガッジールの娘よ』
頭の中に差し込まれるような言葉に、思わずアズは周りを見回した。
「誰?」
『私はお前の父だ。お前だけではないぞ、全てのガッジールの民は我が子である。そう、我こそは闇と魔物の神、邪神ガタノトーア』
「誰でもいい、何でいまさらでてくるの?」
こうなる前になんとかしてくれてもよかったじゃない、とアズは心の中で叫ぶ。
父を名乗るなら。
神を名乗るなら。
できることはあったはずだ。
『我が声を聞けるものにだけ、我は加護を授ける。
そして、それはお前だけで、お前は声を聞くことを拒んでいた。いや、心を閉ざしていた、とでもいうかな』
私のせいだっていうの?
『さてな。星辰の決めた流れの中で定命のものが、それに抗おうとするのは難しい。だからそれを成した者は偉大なのだがな』
私にやれっていうのね。
「何をすればいい?」
『あの魔族らの支配権を取り戻すのだ。あの使い方は不自然に過ぎる』
「どうやって?」
『その意思の力で』
何の足しにもならないアドバイスに困惑しつつも、アズは前を見る。
「お前に託す。その間、俺がお前を守る」
黒騎士が前に立ち、アズへの攻撃を防ぐ。
やる。
やってやる。
私がガッジールを助けるんだ。
止まれ。
まず、そう願う。
だが、魔族は止まらない。
止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、と、ま、れッ!!
『意思の強さはよい。あとはそれをあやつらに届けるのだ』
なんとなく、わかった。
言葉にすれば意味不明だが。
魔法を使うときのように、意識を集中して。
固まった意識を一気に外に開放する。
分かれた意識な紐が、魔族を探す。
いち。
に。
さん。
し。
全員捕捉。
止まれッ!
魔族の動きが鈍くなる。
だが、まだだ。
まだ止まらない。
「名前だ!魔族の奴らの名前を呼べ」
黒騎士が、意識の紐をつかんで直接呼び掛ける。
名前?
それぞれの魔族の意識にさらに深く接続する。
彼らの名前を探す。
人ならぬものたちの意識の海から、彼らの情報を引き出す。
あまりに意思の波が強くて、こちらの意識が持っていかれそうになるけれど、負けられない。
私があなたたちを支配する。
そして、見つける。
意識の海の幻視から抜け出し、叫ぶ。
「マステマ、バラム、エリゴール、マルファス」
4つの名を。