廃王国編05
ベスパーラが吹き飛ばされて倒れたのを見て、モルドレットは激昂した。
「おのれ、貴様。よくもベスパーラを。そこまでやるというのならーーいいだろう、私が相手だ」
うわぁ、めっちゃ怒ってるよ、あの人。
アズから見たら、ベスパーラは特にダメージを受けていない。
黒騎士に誘い込まれ、不利を感じて脱出、敗北を宣言、以上だ。
おそらく今も倒れたふりをしているだけだろう。
それも見抜けないのか?
「黒騎士よ、貴様の凶刃に倒れたベスパーラ、そしてガッジール騎士団の無念を受けるがいいッ」
誰も死んでないし。
ベスパーラ生きてるよ、どういう態度とればいいか決めかねて、倒れたふりを続行してるよ。
「その無念を受けるのは、俺ではない」
「な、なんだと!?」
な、なんだと?
他に誰が戦うというのか。
「さあ、出番だ。アズ・リーン」
私かよ。
呆気にとられたのは、アズだけではない。
モルドレットも、おそらくベスパーラも、だ。
「ふ、ふざけるのもいい加減にしろッ」
怒声を発するモルドレットを無視して、黒騎士はアズに声をかける。
「大丈夫だ。お前ならできる」
黒騎士がそう言うので、アズは一歩前に出た。
そして、駆ける。
本当に戦うのか、と疑問に思っているであろうモルドレットにダッシュで駆け寄る。
すかさず“魔”の第1階位“デモンズスピア”を放つ。
これは黒騎士から教えてもらった魔法だ。
特に詠唱もいらないし、魔法の名前を言えば発動する。
これが使えれば勝てる。
と黒騎士は断言していたが、どうなのだろう?
手のひらから発生した直径5センチメルトほどの黒い槍はモルドレットを貫通していった。
見た目は傷ついていないが、モルドレットの顔は苦痛に歪んでいる。
「な、なんだこれは?魔法防御を貫通した、だと?き、傷もついていないがが、く、は」
「苦しいか?モルドレット。それもそうだろうさ」
黒騎士は身動きできないモルドレットに近寄り、その顔を覗きこむ。
「ぐ、う」
「人間が作り出せる魔法防御というのはな、杖符剣杯の魔法にしか効かんのよ。つまり、“魔”属性の魔法は同じく“魔”属性の魔法防御でしか防げない。そして、このアズ・リーンは今のところ唯一の“魔”法使い、彼女の魔法は誰にも防げない」
「ひ、卑怯な」
「さらに言うと、“魔”法は肉体ではなく魂に作用する。魂の受けたダメージは意思の力では克服できんし、容易に治療もできない。せいぜい苦しむといい」
「お、おのれ。正々堂々と戦え」
兜の中で、黒騎士は歯ぎしりしたようだった。
「どの口が、正々堂々などと言うのだ!?お前は知らんのかもしれんが、お前らの仲間の騎士は、ガッジールの住人を遊びで殺した。重装甲の騎士が無抵抗の民を、だ」
黒騎士は怒っていたんだ。
と、アズは気付いた。
「さて、次だな」
黒騎士はもはや、モルドレットに興味をなくしたようで詰所の奥を見ていた。
あの奥は大聖堂の大広間。
ロンダフと名乗る何者かが、ガッジールの住人を集めている場所。
「行くの?」
「ああ。怖かったら、待っていてもいいんだぞ?」
「私も行く。ロンダフを一発殴ってやんなきゃ気がすまないから」
「そうか」
黒騎士は、剣を構える。
「なに、やってるの?」
「向こうがロンダフという名で注目を集めているなら、もっと派手なことで目を覚まさせてやろう、と思ってな」
「へ、へえ」
「行くぞ」
黒騎士が気合いを込める。
彼の握る剣が伸びた気がした。
いや、気のせいじゃない。
伸びて、大きくなっている。
1メルト半ほどだった刀身が、すでに3メルトに達し、さらに巨大化していく。
長さ5メルト、幅が1メルト、厚みが5センチメルトの剣、というよりは巨大な鉄板という感じだ。
かなり重いだろうとは思うが、黒騎士はまったくそんな様子を見せずに持ち上げ、振った。
嵐のような風切り音を鳴らして、剣が壁を切り裂く。
東方大陸の郷土料理、トウフを切るように建物が切れていく。
黒騎士は、己を中心に1回転。
回転のあとの切り上げで、切った場所から上を打ち上げた。
大聖堂の上半分が宙を舞う。
信じられないもの見る目で全員が黒騎士を見る。
黒騎士はまだ止まらない。
剣を放し、無詠唱で爆裂呪文を空中へ投射。
着弾した大聖堂の半分は、爆発した。
鼓膜を震わす大音声とともに、大聖堂の半分は塵一つ残さず消え去った。
「いくらなんでも派手すぎじゃないかな?」
アズの呟きが、この場の全員の気持ちを代弁していた。