神聖皇国編07
炎の王は再び衝撃波を放つ。
その勢いで、火事となっていた市街の火は鎮火する。
それきり、カインのことを見ずに炎の王は赤い竜に乗り、去っていった。
「大丈夫か? カイン」
カリバーンの声に、カインは我にかえる。
激情に支配されていたが故に、それが抜けた空虚にとらわれていたのだ。
「ああ、なんとか」
「驚いたぞ。お前がここにいて、炎の王と戦っているのをみたときは」
「俺も、あんたに止められて驚いた」
「私は、この国に仕える騎士だからな。いや、だった、かな」
「そうか、ここがあんたの国か」
権力の象徴たる闇の塔と、アルザトルス神殿は爆発の残りの煙に包まれ。
教皇はどこかに消え。
市街は、炎の王とカインの戦いで焼け焦げ。
市民と兵士は避難した。
国の国である証が、ほとんど無くなってしまった。
グラールホールドは、終わったのだ。
「私は黒騎士とともに行く。お前はどうする?」
「わからん。けれど、強くなりたい。強くなりたいんだ」
「そうか。それは我には手伝えん。お前自身がつかみとるものだからな」
「それは、わかってる」
「ああ、そうだ。カイン、あれは使うな」
「あれ、か?」
「あの炎の王と同じ力は強力だが、あれでは奴には勝てん」
魔力炉の、さらに深いところからきた怒りの炎のことだろう。
それは、カインもわかっていた。
「だな」
「では、私は行く。また会おう」
カリバーンが、黒騎士に連れていかれる。
深くなってきた夜に、黒と白の鎧が消えていった。
あの、黒騎士も謎だ。
炎の王を止めていた。
奴も強い。
疲れとともに、頭痛がやってきた。
頭だけではなく、全身が痛む。
魔力の使いすぎだ、と気付いた。
低階位の魔法使いが、おそらく第13階位を超えた古代の超戦士に匹敵する力を得たのだ。
限界をはるかに超えていたのだ。
痛みの中、睡魔が優しく降りてくる。
深い眠りにただ落ちていく。
ラーナイルの時よりもはるかに深く。
深く。
深く。
深い眠りへ。
眠りの深淵の底。
そこには、カインともうひとつ何かがいた。
何か、と言われてもわからない。
見たこともないものだったからだ。
例えて言えば、黒い羊か。
そう思ってみれば羊に見えなくもない。
「久しぶりに定命のものに出会ったな」
「喋った」
「それは喋るさ。息のつまる中津国とは違ってここはあらゆる制約から解き放たれた夢の国」
の入り口だがな、と黒い羊は言った。
「夢の国?」
「そう夢の国。眠りのたびに形作られる、不定形の世界。神の遊び場」
「俺は帰りたいんだが?」
「夢の国はな。普通はそれぞれの夢の中から入るものなのだ。お前のように入り口に来るものは、精神と肉体が切り離された状態であることが多い。つまり」
「つまり?」
「死にかけ、ということだ」
「俺は死ぬのか?」
「まあ、普通はな。だが、妙だな?黒山羊の女王の子たる吾が輩とここまで長話できるとは」
「黒山羊の女王?」
「うむ、我らの母たる大地の女神だ。とても優しいぞ。たまに食われるけど」
「それ、優しいのか?」
「優しい、と考えなければ正直やっていけない」
「あっさり本音がでたな」
「ううむ、吾が輩も早く夢の国に行きたいのだ。お前を帰さないとそれもできん」
「なんか、悪いことしたかな?」
「気にするでない、こちらの都合だ。そうだ、精神と肉体を繋いで夢の国にぶちこめば、中津国に帰せるかも」
「ぶちこめば? かも?」
黒い羊は、カインに近付く。
「ぬう。お前に波長が合うものを吾が輩が持っていればいいのだが」
黒い羊はごそごそと、何かを探している。
「なんだか、妙なことになってるなあ」
「あったぞ。大地の王の指輪じゃ」
「また、大層な名前のアイテムだな」
「この指輪の強大な魔力で、お前の精神と肉体を繋ぐ」
「時間かかるのか?」
「いや、もう繋がった」
「早いな」
「よし、では行くぞ。夢の中へ」
黒い羊はカインの手を噛み、引きずる。
「お、おい。もう行くのか?」
「言ったであろう。吾が輩は早く行きたいのだ」
黒い羊の向かう先は、闇だった。
あれが、夢の国の入り口なのか?
「俺はどうなるんだ?」
「目が覚めれば帰れる。まあ、夢の国で妙な夢を見るかも知れんがな」
「なに?おい、もっと説明しろ」
そのまま、黒い羊とカインは夢の中へ突入した。
夢のなかで溢れる情報の羅列。
知っていること、知らないこと。
関知できない早さで流れていく。
「炎の王。ラーナイル。イクセリオン。クトゥガー。カリバーン。アベル。ルーナ。ホルス。アルフレッド。セト。フェルアリード。リィナ。オシリス。黒騎士。グラールホールド。闇の塔。アルザトルス神殿。未来。ルイラム。イヴァ」
「ルイラムにて、お前は力を得るだろう」
力強い誰かの声。
それが、覚えてる最後だった。




