砂の王国03
夢を見ている。
炎の燃える音がする。
怒号のように。
家が焼ける。
森が焦げる。
村一番の大木が、焼け落ち倒れる。
そして地響き。
鼻からは、燃える匂い。
皮膚の感じるのは熱。
視界には、炎の赤しか見えない。
燃え盛る大地のほんのわずかの開けた場所に、俺は仰向けに寝ている。
いや、倒れている。
外に出たときに転んだか、なにかしたのだろう。
記憶もさだかじゃない。
寝ているような格好だけれど背中にあたる地面も熱を持っていて、安息をまったく感じない。
誰も彼も、真っ黒に焼け焦げ物言わぬ物体に成り果てている。
そのまま、灰となって炎のおこした上昇気流にまかれて消えるものもいる。
このまま、俺もこの炎に消えていくのだ。
そう思っても涙すら蒸発するこの炎の地では無用の感傷だった。
熱に炙られ、もう何も考えられない。
ただただ熱い。
さっさとこの身ごと焼け消えてしまえばいい。
考えることを放棄した俺の前に、大きなものが降ってきた。
それはあまりに突然で、驚くヒマもなかった。
と、同時にこの炎を産み出したのがこれだということに気付いた。
なぜなら、彼が深紅の鎧を身に付けていたからだ。
まるで炎そのままのように。
「まだ、生きている者がいるとはな」
その声に俺は発した人物の姿を見る。
深紅の全身鎧、2メルトはあるような長身、その高さに比例した肉体には筋肉が太くついている。
「生きる意思か。あるいは」
何かを納得するような男。
「少年よ。この地をこのように燃やし尽くそうとしたのは、この私だ」
言っている意味はわかった。
心のそこからわいてきた何かに俺は突き動かされるように、動かない体をギリギリと震わせる。
唯一動く目で赤い男を睨み付ける。
そこで気付いた。
自分の抱いた感情が憎悪と憤怒だ、と。
黒く、爛れるような憎悪と。
赤く、焦げるような憤怒。
赤と黒が、感情が空っぽになった体に満ちた。
睨み付ける視線に、相手を焼き尽くすほどの憎悪と憤怒を込める。
この小さな村を焼き尽くすことの意味はわからない。
だが、俺から全てを奪った奴を絶対に許しはしない。
「そうか、お前は諦めないのだな」
幾分、嬉しそうな声を男が出す。
男は手を掲げ、燃え盛る炎を掴む。
その手の炎が物質化し、鎧と同じ色、同じ意匠の深紅の大剣の形をとり、俺の目の前に突きつけられる。
剣に刻まれた炎が視界を埋める。
男が静かに声を発した。
「浄火と魚の赤き目より、我の力を分断する。符の異端魔法ーー赤の誓約」
男の呪文によって、男の手の中の大剣から炎が溢れ俺の左目に侵入してくる。
目が中から焼かれる痛みに俺は絶叫する。
痛みと熱に気を失いかけた俺の耳に、男の声が聞こえてくる。
「覚悟があるなら我を追ってくるがいい。いつでも受けてたとう。我は炎の王。炎を統べる者なり」
その声を最後に、俺の意識は途絶えた。
ただ、視界も心も暗闇に落ちていったのだけは感じることができた。
全ての感覚がなくなる寸前、ようやく安息を手に入れることができた、ような気がする。
結局、熟睡はできなかった。
汗だくになりながら、宿のベッドで目を覚ます。
呼吸も早い。
全力疾走でもしたような呼吸だ。
嫌な夢を見た。
しかし、その内容はほとんど忘却の彼方に去っていた。
あまり思いだそうとすると俺の記憶の傷に触れそうだから止めておこう。
ラーナイルの朝は、涼しい。
悪夢で火照った体も冷えていく。
だがそれもほんのわずかの時間で過ぎ去り、炎天下がやってくる。
昨日の喧騒が嘘であったかのように、酒場は静かだった。
宿泊代は前払いしてあるが、日々の飲食代は別に払うことにしている。
というわけで昨日の分を支払う。
サバクオオカミの報酬で十分間に合った。
宿の主人に話を聞いたところ、昨日の三人は宿泊客でないこと、夜半には出ていったこと、そして一杯ずつしか飲まなかった、ということだった。
「まったく迷惑な客だよな」
という宿の主人に頷く。
「兄ちゃんみたいに大盤振る舞いしてくれりゃあな」
昨日はよほど飲んだらしい。
記憶も曖昧なくらいは。
暑くなり始めた外に出る。
ギルドの大きな依頼に参加するパーティーが揃うまで、まだ数日はかかるだろう。
と俺は予想している。
おそらく、サバクオオカミの依頼は選別だった。
その依頼をクリアした冒険者は更なる依頼を用意している。
最低限の実力を見極める奴の眼鏡に俺はかなったらしい。
まあ、そんな簡単にクリアできるとは思えない。
それが俺の予想の理由だ。
待っている間、もっと簡単な依頼を受けて稼いでおこう。
そう思って、ギルドに向かう。
だが、その予想は裏切られた。