神聖皇国編03
圧倒的だった。
蹂躙される、という表現が似つかわしい。
例えば“杖”の魔法使いの放った魔法は全て、炎の王の前で消失した。
氷、風、石槍、闇塊、効果がないと思われた炎以外の四種類の属性の魔法、その全てが消された。
相当、強力な反魔法結界が張ってあるようだ。
おそらく理論上は存在するとされる第13階位“魔力消沈”の呪文を恒常的に展開している。
と、騎士団付きの魔法使いは言った。
“杯”の結界は赤い竜の炎のブレスを受け止め、全て割れた。
たった一回のブレスで、だ。
続けて結界が張られるが、竜と炎の王の一撃で割れてしまう。
“杖”と同じく“符”の妨害呪文も、ほんのわずかの足止めにもならなかった。
反魔法結界の防御力は、“杖”も“符”も無効化する。
妨害が無くなったことを察した炎の王は、竜の背から飛び降りた。
落下の硬直を狙うべく、戦士たちが落下地点に向かう。
そこから、防衛戦が本格化する。
炎の王一人対グラールホールドといった様子だが、ジリジリと炎の王が進んでいるようだ。
カリバーンも何度か炎の王と相対したが、凄まじい迫力と剣技、魔法、その組み合わせを繰り出される。
そして、そのたびに撤退を余儀なくされた。
あのラーナイルの巨人と等しいか?いや、超える。
もちろん人が多い分、援護も多いが正直きつい。
炎の王一人でもグラールホールド全員で足止めにしかなっていない。
第13階位という伝説級魔法と、強大過ぎる力を兼ね備えた、まさに怪物。
炎の王という名は伊達ではないということか。
これで、赤い竜も参戦してきたらグラールホールドは滅亡する。
徐々に前線は後退し、ついに闇の塔の目前に陣が構えられた。
残った兵士、騎士の数を見てカリバーンはため息をはいた。
炎の王を足止めしている隊を含めても、兵数が半減していた。
グラールホールドの全戦力の半分だ。
たとえ仮に炎の王を撃退しても、グラールホールドは終わりかもしれない。
少なくとも強国として大陸に威張ることは無理だ。
全てを守るために、と大言をはいたはいいが実力が見合ってなかったのだ。
だが、それでもできることはせねばならない。
「猊下の避難は終えられたか?」
そう、国家の長である教皇さえいればグラールホールドは再建できる。
だが、闇の塔に詰めていた騎士が口にした言葉に予想してはいたものの、カリバーンは落胆せざるをえなかった。
「猊下は、戦闘開始すぐにアルザトルス神殿に登られ、以後姿を見せておりませぬ」
「そうか」
やはり、猊下はグラールホールドと運命を共にするつもりなのかもしれない。
で、あれば私たちの役目はそれを最期まで守り抜くことだ。
配下の者に防衛指示をしながら、カリバーンは覚悟を決めた。
「モルドレッド、ファイザーン、ベスパーラの三人が手勢も含めて行方不明だと?」
三人はアルザトルス教会騎士団の中でも、上位の騎士だった。
実力が、ではない。
立場が、だ。
騎士団はカリバーンの管轄ではあったが、派閥争いの余波でそれぞれの派閥の貴族から騎士を送り込まれていた。
三人とも大貴族の一族で、彼ら自身も自分の領土を持つ貴族だ。
国を守るべきときに、貴族が率先して逃げる、か。
カリバーンのため息は失望とともにいよいよ深い。
この戦いでの被害者は多かったが、死者は今まででていない。
運がいいとは思わなかった。
炎の王に手加減されているのだ、と気付いたからだ。
グラールホールドの民、兵、騎士団が目的ではない、ということか。
まっすぐに闇の塔に向かっている。
あそこに、なにがあるのか。
「決まっている。猊下だ」
教皇が何をしているかはわからない。
だが、ここは死守する。
それが来たのは、そのすぐあとだった。
重装甲の騎士が二人まとめて吹っ飛んだ。
それも、騎士たちが塔の外壁にぶつかってはじめて気付いた。
騎士を見て、その攻撃が来た方向を見てカリバーンはそれを確認する。
はじめの印象は黒だった。
影ではない。
影よりも圧倒的に存在感は上だ。
黒い全身甲冑。
面頬で顔も見えない。
体格から男であろうと、わかる程度だ。
「誰だ」
短い問いに黒い鎧の男は答える。
「今の俺は名乗るべき名を持たない。どうしても呼ぶなら黒い騎士、黒騎士とでも呼ぶがいい」
兜の中で、くぐもってはいるが静かな声だ。
どことなく聞いたことがあるが、気のせいだろう。
こんな奴とは会ったことはない。
奴から放たれる圧力のような何かにあてられたか、兵士が何人か、立ち向かっていく。
止めるべきだ、と思った。
だが、奴の手を見ておきたい、とも思った。
カリバーンが動けないうちに、戦いは始まった。
と、同時に終わった。
最小限の動きで兵士らはいなされ、最初の騎士らと同じように外壁まで吹き飛ばされた。
「次はあんたと戦いたいな」
黒騎士はカリバーンの方を向いてそう言った。




