神聖皇国編01
神聖皇国グラールホールドの九つの塔はそれぞれ神々を象徴している。
剣、符、杖、杯、地、火、風、水、闇の九つだ。
そして、闇の塔の最上層に光の主神アルザトルスの神殿が建っている。
アルザトルスはグラールホールドでのみ信仰されている神で、皇国内では熱狂的な崇拝を受けている。
闇の塔の上層、アルザトルス神殿の真下にはグラールホールドの支配者でアルザトルス教会の最高指導者である教皇の御座所がある。
彼に面会するものーできる地位のある者は、闇の塔を登っていかなくてはならない。
今、その階段を登る者がいた。
黄金の髪、厳つい顔は最近行った砂漠の太陽で日焼けしている。
新調したのであろうピカピカの白い鎧には、以前は無かったアルザトルスの紋章が左胸、両肩に金で装飾されている。
背負った両手剣も磨き直したようで、傷一つない。
足取りも軽く、立てなくなるほどの大怪我を負ったのが信じられないほどだ。
幾層階登ったか、彼は銀色の門の前にたどり着く、
白い鎧の衛兵が二人、番をしている。
ともにアルザトルス教会騎士団の騎士だ。
その衛兵が彼に声をかけた。
「お疲れ様でございます、団長」
「御座所で教皇猊下がお待ちでございます」
「うむ。通してくれ」
「かしこまりました」
衛兵は中に向かって声を張る。
「アルザトルス教会騎士団団長、アーサー・カリバーン閣下がおいでである。開門」
銀の門が開く。
カリバーンは、中に足を踏み入れた。
ラーナイルでの調査という名の事件の終わりから、まだ半月もたっていない。
グラールホールドに帰ってきたのも五日前であり、ようやく落ち着いたところで教皇からの呼び出しだった。
ラーナイルの報告は終わっているし、留守中の仕事についてもあらかた引き継ぎ終っている。
となると、また新しい任務が待っている、ということだ。
一つの仕事が終わればまた次の仕事が始まる。
これは頼りにされているのか、便利に使われいるのか。
どちらなんだろうか。
だいたいアルザトルス教会騎士団団長などという重職を外様でしかないカリバーンに任せるなぞ、どうかしている。
代々、騎士団団長を拝命している家系だってあるのだ。
教皇猊下の信任を受けているとはいえ、冒険者あがりの男に過ぎない。
そうカリバーンは卑下しているが、実際に教会騎士団団長の仕事ができる人間は今のグラールホールドにはほとんどいない。
というのも、仕事の要求レベルをカリバーンが引き上げたために、もともと騎士団団長だった家柄の者がついていけなくなったのだ。
まあ、そのぶん教会騎士団の質があがったのは確かだった。
教皇の御座所は、金を基調としたやや派手な装飾だ。
目がくらみそうだが、表情には出さずにカリバーンは歩く。
聖椅子に座した教皇は、白に金縁の法衣をまとっている。
強い意思のある瞳だが、疲れが顔に満ちていた。
無理もない、とカリバーンは思う。
昨年、後継者として養育していた青年が不慮の事故で亡くなってしまった。
そこに起こった後継者争いで、九つの塔の中に暗闘の風が吹き荒れた。
その調停はまだ続いている。
カリバーンは外様のため、その争いに巻き込まれなかったが騎士団内にも影響はあった。
その疲れはいかほどのものだろう、と想像するだけでカリバーンにも疲れがズッシリとのしかかってくるようだ。
「カリバーンか。待っておった」
しわがれた、それでも力ある声で教皇が言葉を発した。
膝をつき、カリバーンは答える。
「お呼びにより、アーサー・カリバーン参上いたしました」
「うむ。まずは砂の王国の件ご苦労であった。報告書は見た。新王ホルス、廃王セト、それぞれにパイプが持てたようじゃな、よくやった」
「は。ありがたきお言葉」
「ただな。鎧が壊れるほどの激戦とも聞いた。お主あってのアルザトルス教会騎士団じゃ。その身、自愛せよ」
「はは」
その瞳が和らぐのが見える。
その疲れが少しでもやわらげばいいのだが。
「さて、カリバーンよ。そなたに伝えておかねばならぬことがある」
新たな仕事の依頼かと思っていたが違ったようだ。
何かを迷うような教皇の顔には苦悩。
しばらくの沈黙。
その表情はやがて、決意に変わる。
「猊下?」
「数日前、国境付近に赤い竜の飛行が確認された」
「赤い竜、それは」
カリバーンの顔が青ざめる。
「そうじゃ。炎の王が来る」
「なぜです?何があったのです!?」
「わからぬ」
各国の指導者クラスだけが知っている秘密がある。
炎の王もその一つだ。
赤い竜の襲来とともに深紅の鎧の戦士が現れ、町を村を、あるときなどは国をまるごと焼き尽くすという。
それは事実だ。
最近でも、ある村が全焼し一人しか生き残りがいなかった、という事件が起こった。
それがグラールホールドに来る。




