幕間 炎の王の独白
天を駆ける紅の竜。
10メルトほどもある体躯は、見る者に畏怖と絶望、あるいは崇拝を呼び起こす。
“炎の竜王”とかつて呼ばれ、古代魔道帝国に降るまで災害級の行動を幾度も引き起こしたという。
その、紅の竜の背に人の形をした炎が立っていた。
深紅の鎧を身にまとう2メルトほどの体躯。
ラグナ・ディアス。
またの名を“炎の王”。
足下の竜王も、炎の王には逆らわない。
逆らおうとも思わなかった。
それは古代魔道帝国の刷り込みの成果であったが、単純に彼我の実力差を勘案した結果でもある。
それほどまでに、炎の王の実力はとんでもない。
「風の王イシュリムは三百年以上前に。水の女王エレナは百七十年前に。大地の王ファイレムは十九年前に。それぞれ消滅した」
虚空に彼の声だけが流れていく。
「故に魔王レイドックの封印も我の司る分だけとなった」
はるか下の大地は流れるように過ぎ去っていく。
砂色の大地は、いつしか茶色になり、緑が混じるようになる。
そして、巨大な城塞の上に赤い竜は止まった。
城塞自体が魔力の塊のように、煌めき胎動する。
溢れでた魔力が空中に舞い上がり、魔法になることが出来ずに光となって消える。
光の煌めきが、城塞全体をまばゆく彩っている。
だが、炎の王ラグナは知っている。
ここはそんな綺麗な場所ではないことを。
千年も前の戦いで、ここに魔王は封印された。
ラグナたち四大精霊王と、魔道皇帝、そしてあの黒の王によって。
感慨も特にない様子でラグナは上から城塞を覗く。
おもむろに竜の背を蹴って、炎の王は飛び降りた。
ドズン、と地に降り立った彼は何でもないかのように立ち上がる。
だが、その衝撃を示すように城塞の石畳には陥没とひび割れが残っていた。
それを一顧だにせず、炎の王は歩き出す。
大門をこじ開け、エントランスを抜け、正面大階段を登り、兵士詰所を通り、第二層回廊を巡り、謁見の間を過ぎ、城主の間を駆け、抜け道を跳び、隠し広間を走った。
そこにあるのは、一つの、石像。
何重にも鎖が巻かれ、石像の動きを止めているかのようだ。
その鎖は石像から魔力を吸いとっているようで、途切れることなく光を放出していた。
城塞の外でも見えた光の煌めきの大元が、ここからでているのだった。
強固に見える鎖だが、何本か輪が切れている。
戒めとしてはどうやら不充分そうだ。
ラグナは詠唱をはじめる。
かなり長めの呪文を唱えている。
浮遊する魔力が呪文にひかれ、結合し、形を成す。
「“符”の第13階位“シールオブチェーン”」
炎の王の意思に導かれた魔力は無数の輪になり、その輪が連なり幾本もの鎖となり石像にまとわりつく。
新たに足された鎖も石像から魔力を吸出し、空中に吐き出しはじめる。
それを見届けて、炎の王は膝をついた。
いかに強力な存在であろうと、全力の第13階位呪文は消耗が激しい。
肩で息をしながら炎の王は呟く。
「これでも、まだ足りぬかレイドックよ。恐ろしき存在になったものだな」
石像ーレイドックからの応えはない。
それでも炎の王ーラグナは言葉を止めることはない。
「それは、俺も同じか」
ラグナは立ち上がる。
「最後の封印が解かれるのがいつか、俺にはわからん。俺にできるのは、その時を少しでも遅らせることだけだ」
じっと、石像の目を見て。
そして、炎の王は踵をかえした。
城塞の上空で赤い竜は羽ばたく。
その背には炎の王が立っている。
行き先を問うかのように竜が主を見る。
「西だ」と炎の王は短く答える。
赤い竜は、すぐに速度を出し進み始めた。
目指す先は、西。
そこには、九つの塔がそびえる都市の姿。
神聖皇国グラールホールドの皇都である。
その地を目指し、赤い竜と炎の王は脇目もふらず飛んでいった。




