砂の王国21
肉体から切り離された俺の魂は、炎の世界を漂っていた。
前後上下左右、全てが深紅の炎に包まれた空間。
熱や痛みを感じないのは、俺が魂だけだからなのか。
それとも、もう俺が死んでここが地獄だからか?
一瞬か、それとも永遠か。
炎の中を進み続け、俺は炎の底へたどり着いた。
底から見上げると炎の中に巨大な存在が鎮座していることに気付いた。
それも二体。
押し出すような圧力。
圧力と圧力がぶつかりあって、そこから新たな力が生まれる。
新たな力?
いや、あれは魔力だ。
ならば、あれは魔力を生み出している、というのか?
そこで、ピンときた。
ここは“魔力炉”だ。
今まで俺が散々魔力を引き出した魔力炉の中に俺がいる。
ならば、魔力を生み出しているこの存在はなんだ?
「よくぞきたれり、我と誓約を結びし者よ」
「よくぞいたれり、私と成約を誓いし者よ」
それは声ではなかった。
情報が直接、頭の中に差し込まれたような感覚。
上位存在が定命の者に何かを伝える時に使う方法。
「お前らはなんだ?」
「我は炎、浄火の女神イクセリオン」
「私は炎、天なる魚の目より来る者クトゥガー」
神様だった。
しかも、九大神の炎の女神と古き邪神が揃い踏みかよ。
「我は捕らわれし者。故にこの身を憤怒の炎に置いている」
「我は囚われし者。故にこの身を焦燥の炎に置いている」
神様を捕らえて、閉じ込め脱出する力を反発させて魔力を生み出す。
それが魔力炉の仕組みか。
そのせいで捕らわれた神様がかなり怒っているんだが。
「で、俺はどうすればいいんだ?」
このままここにいても、らちがあかない。
ここの神様と交渉して、なんとかしないと。
「そなたは我らを解放する運命にある」
「汝は私たちを解放する宿命にある」
「ここから、あんたたちを?」
「それは今ではない」
「それは今ではない」
同じようでいて、若干ニュアンスが違う言葉をステレオで聞かされると混乱する。
言っていることはわかるが。
「我らと合わせ、5つの捕らわれし神々を解放したとき、人界の魔王が目覚める」
「私たちを含め、5つの囚われし神々を解放したとき、中津国に魔王が復活する」
おいおい、なんだか聞き捨てならないことをいい始めたぞ。
「5つの神々の件はわかった。だが、魔王とはなんだ?」
「そなたはこれより始まる長き旅路にて、そなたの運命、魔王との関わり、その全てを知るであろう」
「汝はこれより始まる長き旅路にて、汝の宿命、魔王の誕生、そしてその由縁を知るであろう」
俺の問いなぞ、最初から無視して神様は喋り続ける。
いや、俺の頭の中に情報を流し込み続ける。
「誓約者カインよ。その誓約ゲッシュに伴い、そなたに我が力の欠片を授けましょう。それは炎。全ての炎はそなたに味方するでしょう」
「解放者カインよ。その誓約ゲッシュに従い、汝に私の力の一つを与えよう。それは炎。炎はあまねく汝の剣とならん」
二つの神様から、それぞれ炎の塊が俺を目指して飛んでくる。
俺の体、いや魂に吸い込まれた炎の塊は熱くはなく、むしろ心地よかった。
「ゆめゆめ忘れるなかれ、その時は近い。全てが解放されるとき」
「ゆめゆめ忘れるなかれ、その時は近い。全てが解放されるとき」
神様のややずれていた声、情報が突然重なった。
まるで、天地を揺るがすような大音声となって魔力炉の中に轟いた。
『最後の戦いが始まる』と。
その音を最後に、俺の意識は再び暗黒に包まれた。
だが、今度は暗黒の中を進んでいく感覚があった。
闇を抜けて、砂漠を見下ろし、オアシスを目指し、ラーナイルへ。
王宮の大広間。
薄く笑うフェルアリード。
青ざめたルーナ。
それを捕まえるリィナ。
ぼろぼろのカリバーン。
なんとか立っているアルフレッド。
座り込んでいるアベル。
血まみれのホルス。
屹立している巨人。
倒れている俺の体。
炎の魂となった俺は、体に降り立つ。
そして、目覚める。
上から見下ろした光景そのままの惨劇。
扉には死体と血だまり、崩れた壁、壊れた祭壇。
直すの大変だろうな、ホルス。
「帰ってきたのか」
信じられないような口調で、フェルアリードが呟く。
「お前らにはいい加減腹立ってきたからな。ぶっ飛ばさせてもらう」
炎の神々からもらった力を込める。
魔力の代わりに発現したその力は、詠唱すら要らず俺の手に表れた。
そろそろ、この長い戦いも終わりにしよう。
この不退転の炎の決意をもって。




