振動編06
揺らぐファイレムを見て、かえってラグナのほうが慌てていた。
自分の言葉が、どう影響するかを目の当たりにしたからだろう。
「その、なんだ。言い過ぎた」
「いや、いいよ。大丈夫さ」
本気でぶつかりあえば、青春という感じになるのだが、ラグナにしろ、ファイレムにしろ、大人だった。
いつか、この大人ぶった俺たちが何か問題を起こしそうな気もする。
「で、その、なんだ?ファイレムができることを的確に教えてほしい」
「うん。αクラスの作戦参謀殿に私の手札をお見せしよう」
こういう芝居がかった言い方は、余計に不信感を煽るんじゃないかな、と俺は思った。
と同時に、芝居がかった言い方で本心を隠している、あるいは本心を隠さないと壊れてしまう、というファイレムの本当の姿を垣間見た気もした。
なにはともあれ、ファイレムはラグナに使うことのできる魔法を披露した。
短い詠唱。
そして、ファイレムの手からキラキラと白色に輝く光が浮かびあがる。
光源を作り出す魔法のようにも思えたが、俺の予想は外れた。
「“杖”と“符”の複合魔法“スタンスフィア”」
この魔法のことを、ファイレムはそう説明した。
「複合魔法……だと」
「これは驚いたね。十代でその境地に達するなんて、レイドックに匹敵するくらいの才能だよ」
と、聞き役になっていたアベルが口を出すほど、とんでもないことが起こっていた。
一般的に、この世界の魔法は四つの種類、五つの属性に分類される。
“杖”、“符”、“杯”、“剣”の四種。
そして、地火風水闇の五属性。
種類と属性を組み合わせて、魔法は生まれる。
そして、原則的には一つの種類と一つの属性を組み合わせるのが正しい。
実際にここ魔道士官学院でも、そう教わっている。
ほとんど全ての魔法教育施設ではそう教えるはずだ。
ところが、高位の魔導師ともなると種類や属性を二つ以上組み合わせて魔法を生成する者もいる。
その相乗効果で、階位以上の効果を産み出すこともできるという。
誰にでもできることではない。
だから、教えない。
教えることができる魔導師が少ないから、とも言える。
それを、ファイレムは目の前でやってのけていたのだ。
「このスタンスフィアは条件付き永続魔法になる。効果は、この球体に触れた者の動きを止め、視界を塞ぐこと」
淡々と説明するファイレムの口調のせいで、よく理解できなかった。
説明が終わったあと、頭の中で噛み砕いて飲み込んだ結果、俺は戦慄した。
この魔法は、直接的ではないものの、人を殺せる魔法だ。
単純な、“杖”のダメージを与える魔法とは違う。
戦術に大きく影響する魔法だ。
あの球体のサイズも、おそらく拡張可能だろう。
ファイレムの魔力が続く限り、効果範囲は拡大し、その中にいる敵は身動きできなくなる。
そうなれば、“杖”魔法で一網打尽にするもよし、物理“アタッカー”で殴るもよし、だ。
一体どのような経験が、想いが、この魔法を産み出す原動力になったのか。
それを聞くには、俺たちの信頼関係はまだ浅い。
「ありがとう、ファイレム。お前の誠意、見せてもらった」
「で、ラグナ先生はどうチームを構成する?」
ラグナは、俺の声に嫌そうな顔をした。
先生呼ばわりは、本当に嫌なようだ。
「少しはお前も考えろよ」
なんてことさえ言ってくる。
「ン?そうだな、まずは俺がシールドを展開しながら“剣”魔法で“バフ”、ファイレムが“デバフ”をかけつつ、レイドックが牽制。隙を見て、“ロールチェンジ”、俺が物理“アタッカー”として殴る、ファイレムは“デバフ”しつつ、レイドックは強力な魔法を撃つ。ピンチになったら、ファイレムの“スタンスフィア”で状況をリセットし、俺が“タンク”に戻り隙を窺う、というのが基本行動かな」
「わかってるじゃないか」
「やはり、カインは実戦派だな」
アベルが茶化すように言ってきた。
真面目なことを言ったかと思えば、本心かどうかわからないことを言う。
やはり、こいつはよくわからない。
「まあ、カインが今言ったようなことをできるようになれば、そこそこ勝負になるだろう」
「そこそこ?」
レイドックが、ラグナの言葉のよどみを聞き取った。
「まあ、な。今回初出場の普通の“チャンス”くらいなら、いい勝負になると思う。しかし」
「しかし?」
レイドックが話を促す。
「さっきの“四征獣”や“フェイト”の連中といった本気の奴等には敵わないと、思う」
本気の奴等。
俺は、リーオーの自信に満ちた顔を思い出していた。
そして、俺たちが見極められなかったイシュリムへの攻撃。
さらに言えば、その“四征獣”ですら昨年準優勝だったという事実。
「あんたたち、ほんとにどうしようもないわね」
何かのテキストを見ながら、エレナが呆れたような声を出す。
自分の周りで戦う相談をしているにも関わらず、集中しているのはすごいと思う。
「何が、どうしようもないんだ?」
俺の問いに、才色兼備のエレナは答える。
「あんたたちは何のために、学院戦闘祭に出るのよ?」
「それは……挑戦されたから、だな」
「そう。決して自分たちの意思で出ようと思ったわけじゃないんでしょ?」
そう言われれば、そうなのだ。
受動的に決まったことだった。
話の流れとイシュリムへの扱いを見て、戦うことを決めた。
まさか、わざと俺たちを挑発した、とか?
でも、なんのために?
ライバルを増やしても、“四征獣”にメリットはないはずだ。
「なぜ、敵を増やす?」
「そう、あのリーオーってやつのやり方はわざわざ、あんたたちを敵に回すものだった」
「だから、なぜだ?」
「敵になって欲しかったんでしょ」
「だから」
なぜ、と聞こうとしたとき、隣で大声がした。
「そうか、トーナメント表だ」
戦闘祭マニアのラグナだった。
「トーナメント表?」
「仮に、“四征獣”の相手がめちゃめちゃ強い奴らだったとしたら?」
「一つチームを足すことで、順番を動かすってことか?」
俺の出した答えに、ラグナは頷く。
「意図的に順番をズラすことで勝率を上げる策だったってことか」
エレナはテキストのページをめくりながら言った。
「それを踏まえて、あんたたちは出場しない、という選択肢も選べる」
「何をいまさら」
「イシュ君は別に重症を負ったわけじゃないし、あんたたちが出なくても誰も責めない。むしろ、出場する方がおかしい。そして、順番をズラすなんて小細工する程度の相手なんてすぐ負ける。以上を勘案すれば、出場しないほうがいい」
出場を止めているように聞こえるエレナのセリフだったが、その目は俺を値踏みしているようにも見えた。
だから、俺は静かに答えた。
「たとえ、出場しないほうが賢いとしても。俺は戦いたい。このαクラスの凄い奴らとチームを組んで思う存分戦ってみたいんだ」
「アホか」
エレナは本当に呆れた声を出した。
そして笑った。
「俺たちはアホか」
「そう。とびっきりのね。まあ頑張りなさい」
エレナはなぜか、優しい口調になっていた。