振動編05
「カイン、お前はどういうことができる?」
ラグナは俺に問いかけた。
戦闘、での話だ。
俺自身の戦闘スタイルを思い起こし、答える。
「俺は“アタッカー”だ。炎属性の“剣”魔法で自身を強化し、攻撃する」
「軽装で、低位強化魔法を連発して速効をかける“ウィニー”ビルド、だな」
“ウィニー”、ちっぽけな、という意味の古代ルーン語だ。
ちっぽけな、ものでも数が重なれば強い力になる。
そういう戦い方だ。
ラグナは次にファイレムを見る。
「ん?私かい?」
「ファイレムはどう戦う?」
ラグナの問いに、ファイレムは少し考え込む。
「私はね。さっきの説明で言うと“デバフ”だよ。相手の行動を妨害する。体を動かすのは苦手だから、純魔法使いタイプということになるのかな」
「わかった。では、レイドックは?」
レイドックは一度目を伏せて、ゆっくりと顔をあげる。
「僕は、“杖”の純魔法使い。“アタッカー”になるのかな?闇属性の高位魔法を叩き込むタイプだよ」
レイドックの答えを聞いて、ラグナは腕を組んだ。
「物理アタッカー、魔法アタッカー、魔法デバフ、か」
「やっぱりキツいか?」
ラグナは頷いた。
「正直キツい。攻撃過多防御無しは、キツすぎる」
だろう、とは俺も思っていた。
物理的にしろ、魔法的にしろ、“タンク”の存在はチームの安定度を大きく高める。
俺は、それを経験的に知っている。
いつ、そんな経験したんだっけ?
まあ、いい。
「何か手はないか、ラグナ?」
「セオリー通りにやるなら、これは辞退を勧められるチーム構成だ。“タンク”も“ヒール”もいないうえに、人員が一人減ではな」
「そう、だよな」
αクラスの雰囲気が暗くなりかけた、その時。
アベルが声を出した。
「手がないわけじゃないだろ?例えば……“ロールチェンジ”とか」
「あんた、その難易度を知っていて言ってるのか?」
呆れたようなラグナの声。
「なんだ?その“ロールチェンジ”ってのは」
「戦闘中に、複数の役割を切り替えながら戦うスタイルのことさ。魔法アタッカーが魔法デバフに切り替えたりすることはあるし、ヒールのタンク兼用も大きく言えば戦闘中の役割の切り替えにあたる」
なんか、はじめてアベルがまともなことを言っているような気がする。
「実戦中に、複数の役割を切り替えてくなんてことは学生には荷が重いと私は思う」
ラグナがくってかかる。
いつも、落ち着いているラグナには珍しい。
「あのさ、ラグナ。今の局面はできるかどうか、じゃなくてやるかやらないか、だろ?」
優しく教えるようにアベルが言った。
「やろうと思っただけで、できるものか」
「できる。ここはそういう世界だ」
いつになく自信満々のアベルが言い切った。
「じゃあ、それでいくか」
なんだか面白くなってきた俺は笑って宣言した。
「カイン、お前……」
何か言いかけて、ラグナは諦めた。
俺の笑顔に、説得をやめたようだ。
「なら、お前がリーダーだな、カイン」
アベルが笑ったまま、俺を指差した。
「は?」
「僕は賛成だな」
レイドックが早速、賛意を示す。
なんか、なつかれてないか俺?
「私も賛成だよ」
ファイレムが、面倒ごとから解放された、とでもいうような爽やかな笑顔で言った。
そう言えば、ラグナ先生の説明コーナーで“デバフ”は頭が、よくなきゃできない、というような事を言っていたような気がする。
それでか。
自分がリーダーを押し付けられそうだと察して、俺が槍玉にあげられたのをみて賛成した、とか。
考えすぎか。
ふと、ファイレムを見ると凄い笑顔で笑った。
あ、これはリーダーやりたくなくて俺に押しつけた笑顔だ。
級友の本性を垣間見たところで、本題にうつる。
「で、その“ロールチェンジ”をするとして誰がどう変わる?」
簡単に、“アタッカー”から“タンク”に変わるとかできないだろう。
ラグナもそう思ったか、もう一度俺に聞いてくる。
「カイン、お前はどういうことができる?」
俺をじっと見ているラグナの目。
青い瞳が、俺の脳裏に微かな記憶を瞬かせる。
赤い石が積まれた大きな部屋。
深紅の鎧をまとったラグナは、炎の魔法を織りまぜながら、深紅の大剣を振るう。
汗すらも蒸発するような熱量。
俺は、手に持っている黒い剣に無意識に魔力を注ぎ、形を変えたーー。
そんな光景が、一瞬浮かび通りすぎていく。
「なあ、ラグナ」
「なんだ?」
「俺はお前と戦ったことがあったっけ?」
「なにをいきなり、あるわけないだろう。私は学院に来るまで故郷から出たことはない。戦う機会はないはずだぞ」
さりげなく、記憶喪失の俺にでもわかりやすいような言い方をしていた。
やはり、できる男だ。
それはともかく、俺とラグナが戦ったことがないとしたら、さっきのはなんだったんだろう。
まあ、いい。
考えてもしかたない。
「多分、俺の記憶違いだ。気にしないでくれ。それより」
「それより?」
「ちょっと見てくれ」
俺は、そこに剣があったかのような自然さで黒い魔剣を出現させた。
そして、さっきの光景のように魔力を注ぎ、形を変える。
それは、盾だ。
汗すらも蒸発するような、炎の攻撃をも防ぐ盾。
「“杖”の第10階位“シャドウハンマー”」
詠唱無しで高速展開した“杖”魔法が、盾に着弾する。
しばらく、盾を削り取るかのような勢いで“シャドウハンマー”の黒い球体は突進していたが、やがて消えた。
「レイドック、何しやがる」
「おかしいな、高速展開のわりには本気で撃ったんだけど、盾割れてないね」
「試すのは構わんが、何か言えよ」
「不意打ちだったからこそ、見えるものがあったでしょ?」
もし、盾が割れることがあれば不意打ちだろうと正攻法の攻撃だろうと、使い物にならない。
“ロールチェンジ”などと言う前に実力不足では話にならない。
それをレイドックは一発の魔法で判断したのだ。
やり方は危なっかしいが。
「決まりだな。カインは“アタッカー”兼“タンク”で」
レイドックが口を出した。
「言っとくけど、僕の覚えている魔法は“杖”だけだよ」
ラグナは頷く。
「であれば、レイドックはメイン“アタッカー”に集中してもらう」
「わかった」
「ただし、カインが“アタッカー”になっているときはレイドックがちゃんと考えて行動しろよ」
「過剰な攻撃にならないように、ってこと?」
「そう。カインが倒せそうな相手に高位魔法を叩き込んでも意味がない。というような状況判断をしてほしい」
レイドックは頷いた。
ラグナは続けて、ファイレムを見る。
「あんたは、アベル以上に得体の知れないところがある。だから、本当は信用してない」
「おい、ラグナ」
ラグナがそういうことを言うとは思わなかった。
思わず声をかけたほどに。
「いいんだ、カイン。私自身、自分の得体が知れないんだ。本当のところなんて、わからない」
泰然自若に見えていたファイレムが、揺らいでいた。
あの試験の時に聞いた話を、俺は重ねていた。
自分を押さえて、抑えて、そして作り上げた自分を信じられなくなったとしたら。
俺だったらどうするだろう。