振動編03
俺たちは顔を見合わせることしかできなかった。
誰かが教室に入ってくるまでは。
案外、その誰かは思っていたよりも早く訪れたのだけど。
白いシャツは“チャンス”クラス、つまりは上級生だということ。
袖口が赤い、得意属性は“火”だ。
俺やラグナと同じ。
「なかなかいい面構えの奴ら、かと思ったが今日はずいぶんシケた顔だな」
「誰だよ、あんた」
その“チャンス”の上級生に一番近かったイシュリムが、あまり良くない態度で応じた。
イシュリムの気持ちもわからないではない。
ついさっきまで、深刻な話をしていたのだから。
突然やってきた者にあれこれ言われたくない。
けれど、事態はイシュリムの予測をこえて動き出していた。
パシン。
と、乾いた音がした。
そして、次の瞬間にイシュリムは壁に叩きつけられていた。
体が動いているようには見えなかった。
つまり、今イシュリムを叩きのめしたのは魔法だ。
それも、無詠唱で高速発動する。
イシュリムは顔を押さえて呻いている。
そこを、打たれたようだ。
命には別状はなさそうだった。
「口の利き方に気を付けたほうがいい。俺は第13階位“死”の魔導師、貴様のような魔法使いは直接話すのすらおこがましい」
「それで、何の用です、先輩」
俺は、イシュリムがやられたことで怒りを覚えていた。
つい、口の利き方もぞんざいになる。
「おいおい、そう怒るなよ。お前は魔導師だ。俺はしかるべき地位についている人間には礼は欠かさんよ」
低位の魔法使いは人間ではない、と言っているようにも聞こえた。
「それで、何の用です、先輩?」
同じことを聞く。
それ以外、会話する気にもならない。
「俺は、四征獣の一人、炎の獅子リーオー」
「四征獣?」
「“チャンス”クラスのトップ4を独占しているグループのことだ。彼らは皆、“ホープ”クラス時代に第一期試験で学院史上初の四人同時に魔導師になったという」
ラグナがその知識をいかんなく発揮し、四征獣についての説明をした。
なるほど、第一期で四人もの第13階位“死”の到達者が出れば、そういう異名をつけられても仕方ないか。
俺たちは、もともと三人が魔導師で、第一期で二人がなったわけだが。
五人の魔導師だと、どう呼ばれるのだろうか。
五人そろって四天王……とかはいやだな。
「そういうことだ」
と、リーオーが得意そうに言う。
なんだか、鼻っ柱を叩き折りたくなってきた。
「その四征獣さんとやらが、何の用ですか?」
問うのは三度目だ。
いい加減に、話を進めてほしい。
「長期夏期休暇というものがある。いわゆる夏休みだ。その後半に、学院戦闘祭が行われる」
リーオーの言った学院戦闘祭、聞いたことがあった。
魔導師以上が参戦できるチームバトル。
その優勝チームにはとてつもない賞品がおくられるという。
「そういえば、昨年の夏に“ホープ”クラスから出場して準優勝したチームがあったって聞いたことがあるわ」
エレナがリーオーの顔を見ながら言う。
リーオーは笑みを深くした。
「その通り、昨年の準優勝チームこそ、我ら四征獣だ。そして、俺はお前たちを招待しにきた」
招待?
「学院戦闘祭は基本的に“チャンス”以上じゃないと出場できない。しかし、例外的に前年の上位チームが招待し、“ホープ”クラスから出場することもあるらしい」
ラグナの補足説明が、俺にリーオーの目的を納得させた。
「学院戦闘祭は実力の世界だ。下剋上は望むところ。来い、貴様らの力を見せてみろ」
まあ、俺の攻撃が見切れない奴が出ても勝てはしないだろうがな、と言い残してリーオーは出ていった。
嵐のようなリーオーの訪問が終わって、俺たちは弛緩していた。
もちろん、吹っ飛ばされたイシュリムは苛立った顔をしていたし、他の者もあまりいい気分ではなさそうだ。
「俺は、学院戦闘祭に出てみたいと思う」
単純な理由だ。
バカにされたまま、終われない。
「それはバカの選択よ」
エレナは俺に言った。
わかっている。
十分に、わかっている。
「それでも俺は」
「僕は出てみたいな」
レイドックが真面目な顔で言う。
「バカが二人、ね。レイ君はそっち側じゃないと思ってたんだけどな」
「うん。僕も、自分に驚いてる。こういうこと、今までなかった」
「言っとくけど、しっかり勉強してあいつらより上位の魔導師になったり、出世することも立派なことなんだからね」
大人の意見だった。
エレナは、俺たちと一緒の場所にいるけれどしっかり考えているんだな。
「男には面子がある。バカにされたまま、下向いて生きていくわけにはいかないってところだろ?」
ラグナが真面目くさった顔で言った。
「そういうことだ」
エレナはお手上げという風に笑った。
「はいはい、わかったわよ。好きになさいな。死なない程度にね。ただ、私は出ないわよ」
「ついでに言わせてもらうと、私も出れない。夏期休暇は実家に帰ることになっている」
エレナに続いて、ラグナも断りをいれる。
ん?
ちょっと待てよ。
「あれ、そうすると第13階位の魔導師は俺と、レイドックと、ファイレム……だけか?」
「だけだね」
レイドックが頷く。
「ファイレムは……」
「いいよ。なんだか楽しそうだしね」
これで三人か。
「なあ、カイン。出れない俺が言うのはなんだが学院戦闘祭は最大四人出場できる。普通は最大人数ででるだろうな」
「つまり、俺は三人で戦うか、普通クラスから探すか……か」
「僕はいやだな。αクラス以外でチーム組むの」
「それは、私もだな」
「決まりだな。俺たち三人ででる」
妙なイメージを皆が見ていた、ということで落ち込んでいた気持ちを振り払うように俺は力強く宣言した。
翌日から、放課後は連携訓練をすることになった。
俺とレイドックとファイレム。
そして、エレナ、ラグナ、アベル、イシュリムが協力する。
“ホープ”選抜ではなく、αクラス代表という形になった。
普通の“ホープ”クラスからは、αクラスへの反感というか、不満が出ているようだ。
「放って置けばいいのよ。悔しかったら実力でこっちへ来ればいいじゃない」
と、エレナはバッサリだった。
「それはそうだけど、いつまでもαクラスがαクラスのままとは限らないよな」
「そうね。いつ、教授陣の意見が変わるかもわからないし」
ブルネック師をはじめとした教授の反感をかってしまったが故のαクラスの独立だった。
どうなるかは、まだわからない。
「まあ、仲良くやろうぜ。俺は、みんなのこと好きだし」
俺の何気ない一言で、全員が固まる。
「わ、私は嫌いじゃないわよ。その、クラスメイト的な意味で」
焦ったようにエレナが口走る。
「わ、私はみんなを信頼している」
ラグナは少しズレたことを言うし。
「僕も好きだなあ」
レイドックはマイペース。
「俺は、カインさんを尊敬してるっス」
イシュリムは情熱的に、いや熱狂的に叫ぶ。
「私は、そうだなあ。好きかな、みんな」
ファイレムは落ち着いている。
「家族よりも好きだね、君たちのことは」
アベルは微妙に黒いことを言う。
とりあえず、αクラスは仲良しだということは判明した。