振動編02
「うぅ、だるい」
「大声ださないで、頭ガンガンするから」
翌日、教室に入ってきたラグナとエレナは机に突っ伏して、うめいていた。
第13階位“死”の試験を突破するためには、一度“死”ななければならない。
生と死の極限の狭間で、人は己の神に出会い魔道の才を目覚めさせる。
それ故、試験後は死ぬほど苦しくなるというのが、通例らしい。
いつの間にか、魔導師になっていた俺はその気分はよくわからない。
その点だけは、記憶喪失に感謝している。
レイドックや、ファイレムに聞くととたんに沈んだ表情になり、いかにも聞かないでくれ、とでも言わんばかりの態度になる。
そこを遠慮しないで聞きまくるのが、放蕩どら皇子のアベルなのだった。
まあ、アベルも本当に放蕩どら皇子なのではなくて、皆の空気を良くするためにそうやっているのが最近わかっていた。
本人に言うと怒りそうなので言わないが。
そして、アベルが読んだ空気の原因が、イシュリムだった。
俺と同じように、入校前は不良としてならしていたイシュリムは、当然のように成績は低かった。
俺が一年の休養期間に猛勉強したのとは違って、そのまま入校してきたため、皆と大きく成績に差がついていた。
まあ、そこは面倒見のいいαクラスの面々だったので、なんとか第13階位到達試験を受けることができるレベルまで成績はあがっていた。
が、やはり基礎的な部分で問題があったために、第13階位には届かなかった。
“死”を体験したエレナ、ラグナのダウンぶりより更にひどい状態になっている。
同じく、到達試験に落ちたアベルはそれもあって道化を演じている。
しかし、イシュリムは立ち直ることなく、今日を終えた。
「調子はどうだ?」
寮の自室で、ルームメイトのラグナに俺は尋ねた。
試験の翌日ということもあって、講義は早めに終わり日が暮れる前には二人とも部屋にいた。
聞かれたラグナの顔色は、心なしか朝よりはいい。
「心配をかけたようだな、カイン」
「ん、まあな。朝のお前と来たら、真っ青な顔でどうしようかと思ったよ」
「“死”んでたんだから、当然だ。というか、上級生は皆、試験を突破してんだな。凄いもんだよ」
よほど辛かったらしい。
ミルクをたっぷり入れた発酵茶を差し出す。
得意属性が“火”のくせに、熱い飲み物が苦手なラグナは舐めるように飲む。
「確かに凄いよな。ここにいるほとんどの人間が一回は“死”んでるんだもんな」
「その感想は……なかったな」
熱さに顔をしかめながら、ラグナは言った。
しばらく、二人で茶をすする。
「見た、んだ」
ラグナが静かに言った。
「見た?」
「燃える城塞、俺はその天守に立って燃える城、そして燃える世界を見ていた。隣には深紅の甲冑を身につけ、同じ色の大剣を手にした女性がいた。我が騎士よ、と彼女は言った」
“死”んだ瞬間に、彼が見たイメージなのだろう。
あるいは、現れ出た自らの内面。
それを直視することが、魔法使いの第一歩なのだという。
「……」
俺は口を挟まず、ラグナが見たものを語るのを聞いていた。
「いつか、騎士は王となり、炎の世界に君臨する。五人の王の一柱として。そこまで聞いて、目が覚めた」
「……意味深、だな」
「お前もそう思うか?」
第13階位“死”に到達する時に見るイメージは、己の本質あるいは己を守護する神の神託であると言われる。
その説が正しければ、ラグナが見たのはまさしく炎の神。
浄火の神姫イクセリオンの姿と声だったのだろう。
ズキン、とイクセリオンのことを考えた時、心の臓が痛んだような気がした。
ラグナもまだ本調子でないようだし、今日はもう寝ることにした。
次の日。
俺たちαクラスの面々はエレナに呼び出された。
呼び出されたといっても、同じ教室なのだから特に移動することもない。
皆で輪になって話しているだけだ。
「私が見たイメージが、何か変なものじゃないかって、心配になったものだから」
と、エレナは話を始めた。
しかし、何かにつっかえるように考え込む。
「大丈夫、話してごらん」
と、先に第13階位“死”にたどり着いていた魔導師としては先輩のレイドックが優しく話を促す。
「私が見たのは湖。驚くほど青くて透明で大きな湖。そこは静寂に満ちていて、ただ静かで透明な刻が流れている。私はゆらゆらと揺らめく湖面を見ていた。いつしか、湖面にはさざ波がたち、あちこちで小さな波音が聞こえるようになっていた。そして、その波音がより集まって一つの声として聞こえた。我が騎士よ、と」
俺とラグナは、背中に冷水をぶっかけられたかのように震えた。
そして、顔を見合わせる。
同じ、だ。
同じイメージを見た、いやエレナも同じく神託を受けのだろうか。
俺とラグナの困惑をよそに、エレナは話を続ける。
「いつか騎士は王となり、この静寂なる湖上を睥睨する。五人の王の一柱として」
エレナは話終わり、沈黙が残った。
その沈黙を打ち破る声。
「粛水の女神レフィアラターの神託だね」
レイドックは水の女神の名を呼ぶ。
偶然、なのか。
同じ日に試験を受けた二人が、同じように神託を得る。
「やっぱり、僕がここにいることは偶然じゃなかった」
レイドックは何かを悟ったような声。
そして、君もそうなんだろうファイレム?、と青ざめた顔をしていたファイレムに話をふる。
「私が、第13階位“死”にたどり着いたのは、君たちよりずっと早くて、一年以上たってる。だけど、私の見たイメージは君たちと、似かよっている」
巨大な土の山。
赤茶けた山肌を、ファイレムは見上げている。
そして、その山よりも更に巨大な存在。
おそらくは、大地の巨人ドラスティア。
その巨大なる神は言った。
我が騎士よ、と。
そして、いつか騎士は王となり、この大いなる山脈を踏破する、五人の王の一柱として、とも。
話終えたファイレムの顔はまだ青い。
エレナも、ラグナも、だ。
「君も、と言ったなレイドック。お前も、そうなのか?」
俺は、沈黙に耐えきれず口を出した。
レイドックはニコリと笑った。
そして、言う。
「僕は少し違っていた。確証は持てなかった、君たちの話を聞くまでは。そして僕は確信した」
「確信?なにを?」
「僕が見たのは、古い寺院の中、のような空間だった。その中で、僕は聞いた。四本の腕を持つ青い肌の鬼神イシャナの声を」
鬼神イシャナ。
文献が残っていないため、あまり知られていない神だ。
その功徳は破壊。
全てを破壊し、新たな世界を作りだす、と言われている。
レイドックはそんなものの声を聞いたのだ。
「汝は幽冥の王なり。十なるしもべを引き連れ、世界を掌握するだろう」
それが何を意味するかは、僕にはわからなかったけれど。
と、レイドックは言う。
そして。
「僕たちは何かに導かれて、集まったんだ」
と言った。