振動編01
春先の事件の記憶も薄れる季節。
暑い夏がやってきていた。
世間は、夏と海と男と女、みたいな空気だった。
だがしかし、この帝立魔道士官学院は、別な意味で熱かった。
第一期定期試験、いわゆるテストだ。
生徒は三つの項目で試される。
一つ目は、筆記試験。
魔法使いとしての知識を測られる。
二つ目は、実技試験。
魔法使いとしての実力が測られる。
そして、三つ目にして最重要項目が、第13階位到達試験だ。
上二つの試験は、結局のところ第13階位到達試験を受けるためのふるいにすぎない。
逆に言えば、第13階位“死”に到達した魔導師にとって、試験自体が無意味だということだ。
とはいえ、第13階位“死”に至ってないからこその“ホープ”クラスであり、みな試験を受けることになっていた。
例外はいたが。
筆記と実技の両方で、よい成績を残した生徒は講堂に集められる。
そして、一人ずつ講師によって審査され、それを突破してはじめて、到達試験を受けることができる。
今年の“ホープ”で、その試験を受けるものは十五人。
それが、多いのか少ないのかはカインにはわからなかった。
講堂の上の席で、カインはその人の群れを見ている。
試験に参加しているわけではない。
暇、だったからだ。
試験期間中は、講義もない。
何もすることがないので、他人の試験を見ているわけだ。
なぜ、暇なのか。
それは。
「僕はともかく、カイン君も第13階位到達者だったなんてね」
同じく、到達試験を見物していた同級生、レイドックが意外そうに言った。
「意外、か?」
「うん、まあ、正直に言うとね」
「まあ、そうだろうな。なにせ、俺自身が到達試験を受けた記憶がない」
「へえ。そんなことがあるんだ」
春先の事件以来、レイドックとこうして普通に話すことが多くなった。
俺はまあ、命の恩人だったし、レイドックにとってみれば、自分の予感を外した人間だということに興味がわいたらしい。
まあ、普通の学生生活らしい、といえば、らしい。
「去年にさ。命すら落としかねない事故にあった。そして、俺は命を拾ったかわりに記憶を無くした」
「死にかけた?」
「それが、よく覚えてないんだよな。気付いた時には病院のベッドの上だった。今の俺の記憶はそこから始まっている」
「死にかけて、そこで到達試験のようなことになったんじゃない?」
「そう、かもな」
「どう?皆合格した?」
遅れて、講堂にやってきた三人目の試験免除者。
ファイレムが、俺の隣に座った。
“ホープ”クラスに、三人も第13階位“死”到達者がいるのはとても珍しいことなのだそうだ。
そのうえ、全員同じαクラスだ。
士官学院初、なのかもしれない。
第13階位“死”に到達したことについて、三人はそれぞれ、級友達にいろいろ聞かれた。
その話を総合すると。
カインは成り行き。
レイドックは才能。
そして、ファイレムは努力、だった。
決して、良い生まれでなかったであろうファイレムは、己の努力で魔法使いとしての力を得ることを選んだ。
故郷のことを聞く機会は少なかった。
だが、その話を総合するとファイレムの生い立ちがなんとなくわかる。
寒村に生まれ、両親は早くに流行り病に倒れた。
残されたファイレムは、祖父のもとで育った。
ある程度の魔法使いの才をもっていたがゆえに、祖父の死後は地元の有力者に引き取られた。
そこでの暮らしは、あまり話さなかった。
辛かったのか、楽しかったのか。
判別はできないけれど、話さないということはそういうことなんだろう。
と、納得した。
昼は仕事して、夜は魔法の勉強だったなあ、と呟いたことがあったのを、カインは覚えている。
生まれも育ちも違う三人が、隣同士座っている。
カインは、妙な感慨を抱いていた。
「まだだ。俺たちのクラスは後回しにされてるようだな」
さっきのファイレムの問いへの答えだ。
順調に試験が進めば、そろそろ終わりが見えてきてもよいのだろうが、まだだ。
講堂の前方で順番待ちをしているαクラスの面々。
ラグナ、エレナ、イシュリム、アベル、の四人だ。
皆、よく勉強してきたらしく、全員が到達試験を受ける資格を得た。
問題児を集めたはずが、超優等生ばかりが揃ってしまって、ブルネック師あたりは地団駄踏んで悔しがっているだろう。
「そう。大変だね」
と、ファイレムは俺をじっと見る。
「なんだよ?」
「いやあ、彼らも大変だね、と思ってね」
俺をじっと見ながら、ファイレムは言う。
「はいはい、大変なのは俺のせいですよ、っと」
入校式のゴタゴタのせいで、俺たちは別クラスになってしまった。
区別されている、というよりは隔離されている?
そのせいで、学院を仕切るブルネック師に煙たがられてしまっている。
「まあ、私は感謝してるよ、実はね」
「感謝?」
「人付き合いというのが、得意でないからね」
「わかります。僕もです」
なぜか、レイドックが共感しはじめる。
「七人くらいというのが、まあちょうどいいのかな。私にとっては」
「僕は本当は一人でいたい」
積極的ぼっち発言をしたレイドックは、心底そう思っているようだ。
「俺たちと一緒にいるのも嫌か?」
俺はつい、聞いてしまう。
「私は、カイン君となら他に、何人いたとしても我慢できるね」
「ファイレムには聞いてない!」
「僕は一人が好きです。でも、まあカイン君たちと一緒なら、なんとかなりそうな気もするなあ」
そうこう話しているうちに、ラグナ達の番がきていた。
いかに普段、区別隔離されていると言っても、講師達も一流の魔導師である。
ラグナ達のことも、真剣に審査している。
魔力の量。
制御力。
詠唱の正確さと速さ。
イメージ力などが、調べられていく。
十五人いたはずの生徒も、この審査でほぼ落ちている。
「ラグナ・ディアス。総合判定甲、試験を開始する」
審査講師の声が朗々と響く。
「おう、やったようだぜ」
「ラグナ君は才能あったからね。カイン君よりも」
レイドックがズバッと言い切る。
「そうなのか?」
「うん。僕の見立てでは、カイン君は才能的には中の下、よくその年齢で魔導師になれたねってレベル」
「まあまあ、いかに才能が無くても魔導師になれる見本ってことで」
ファイレムがフォローにならないフォローをいれる。
本当にフォローにならない。
そして。
ラグナ・ディアス。
エレナ・エルフィンは合格し、第13階位“死”に到達した魔導師となった。
そのαクラスのことを、講堂の上席から見ている者達がいる。
四人。
「あれが、今年の“ホープ”か」
「なかなか面白そうな奴らだ」
「でも、私たちの相手にはならないんじゃなくて」
「さあ、どうかな」
怪しげに会話する四人に、カイン達はまだ気付いていない。