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カインサーガ  作者: サトウロン
黒の王の章
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始動編12

もう何度繰り返されたのかわからないほど、ルアーは腕を切られ続けた。

どうやら、一度放たれたこの魔法は再生するまで自動で働き続けるらしい。

最後のほうにはふらふらと力なく腕が生えてきて、倒れるように地面に落ちるざまだった。


「ふん。まあ、こんなところか」


アレスは剣をしまい、ルアーのすっかり細くなって萎れた腕をつかんだ。

そのまま引っ張りあげる。

全裸のルアーはビクビクと痙攣しながら、地面に投げ出される。

筋肉はすっかり萎み、息もたえだえだ。


「魔力の使いすぎ、か」


アベルがつまらなそうにそう言った。

再生をし過ぎて、魔力を過剰に使ってしまった。

そのため、ルアーの再生も中途半端になってしまったのだ。


「ルアー・グリールラール、“元”衛士を殺人の容疑及び傷害の現行犯で逮捕する」


アレスは、どこからか取り出したロープでルアーの腕を折れるくらい強く縛った。

ルアーは抵抗しなかった。

抵抗する体力も無かっただろうが。

それよりも、俺は気になる単語があった。


「“元”衛士?」


アレスはルアーを縛りながら、俺の言葉に答える。


「そうだ。ルアー・グリールラールは昨年末、衛士を退職している」


俺のところに訪れて、いや、それをカムフラージュに殺人を始めたあたりには衛士じゃなくなっていた、のか。

それがどういう意味なのか。

俺にはまだわからない。


「衛士として、正義を謳ってたわりには“元”衛士だったてのは、どういうことだ?」


アベルが俺の言葉を代弁した。

見れば、レイドックも同じような感想のようだ。


「元暴走族のリーダーの少年に対する行き過ぎた指導が、目に余ったらしい。そこで、自主的な退職で罪を不問にされたようだな」


衛士だったときにも、殺害こそしなかったものの、自分なりの正義を執行していたのだろう。

その少年は、まだどこかの病院で治療を受けているのだと、アレスは言った。

それが、行き過ぎた、という言葉の意味だ。


「そうか。そこで、罪を消すために退職したのではなく、正義を認められ自由になった、と彼は論理をすり替えたんだね?」


レイドックの言葉が答えだろう。

ルアーは自分がクビになったという事実を認められず、正義という信念で覆い隠した。

罪は問われない、それはルアーの行いが罪ではなかった、と彼に錯覚させる原因になった。

そしてそれが、凶行の原因ともなった。


「それでも、こいつのしたことは認められん」


アレスが呟く。

そして、俺たちの方を向いて続けた。


「正義とは、自分が正しいと常に疑い続けること、だ。自分が正しいと思ってしまったら、それはもはや正義ではない。覚えておくがいい」


歴戦の勇士らしい、重い言葉だった。


それから、しばらくしてアレスはルアーを完全に縛り上げて去っていった。


俺は、急に力が抜けて地面に座り込んでしまった。

血を埋め尽くす骸骨の群れも、復活の血の池も、すでに魔法の効果が切れてしまって、何も残っていない。

ただ、地面に開けられたいくつかの穴が戦いの痕跡として残っているだけだ。

それでも、俺はここで戦った。

負けはしなかったが、勝ちもしない。

ただ、死ぬことはなかった。


「大丈夫?カイン」


俺に死を予言したレイドックが心配そうに、俺を見ている。


「なんとか」


夕陽が重なって、レイドックがとても眩しく見えた。

俺は目を細めて、答える。


「そう。なら、よかった」


嬉しそうに笑った。

なるほど、レイドックも笑うのだ。

立てる?と彼は聞いてきたから、俺は手を伸ばした。

レイドックも手を伸ばし、俺はその手を掴んだ。

剣を握ったこともないような、柔らかい手だったことは覚えている。


その後のことを簡単に話しておく。

ルアーによって、昏倒させられていた教職員達は戦いが完全に終結してから目を覚ました。

俺たちが救助されたのはその後のことだ。

ジョルジュ、イシュリムの兄弟は学院内の医療施設に緊急搬送され、手当てを受けることになった。

俺も、そこに運ばれ簡単な治癒魔法をかけられ、寝た。


コレルファンは、完全に壊れてしまった。

まともに会話もできない状態で、同じ医療施設で軟禁され、近いうちにそれ専用の病院へ入院するようだ。


ルアーは、無期懲役だそうだ。

連続殺人事件を起こしたのに、死刑にならなかったのは、“元”衛士の肩書きが作用したのかもしれない。

しかし、それ以上に彼のオリジナル魔法である“ナインライブズ”を国の魔法機関が研究したがったためだ、とレイドックが教えてくれた。

あのアレスか、宰相カイのどちらかに聞いたのだろう。

生きててよかった、と心から思ったわけではない。

あれだけ、戦って。

人の裏の姿まで見せられて。

到底良かったとは言えないけれど。

けれど、知り合いが生きててホッとした、というか後味が悪くならなくて良かったというか。

ルアーの生存の話を聞いたとき、俺はそんな複雑な感情を抱いたのだった。


そして、俺にとって修羅場は翌朝訪れた。


何が起きるか予想もせずに。

無造作に教室に入った瞬間。


バチーン!!


と、小気味いい音と、頬に鋭い痛み。

その勢いに俺は思わず、俺の頬を叩いた相手を見た。

青い髪の少女は、手を真っ赤にするほどの力を込めて、俺を叩いた。


「私、用心しろと言いましたよね?」


少女ーーエレナは静かに、そして怒りを含んだ声で言った。

そういえば言ってたな、確かに。


「用心は、していたんだが」


いつの間にか、巻き込まれていた。


「迂闊なことをしないで。もし、あなたがいなくなったらーー」


そこで、エレナは言葉をためる。


「ーーいなくなったら?」


「ーー学院が面白くなくなりますわ」


「は?」


頭が、エレナの言葉を理解せずにこんがらがる。


「あなたは私に、ここに残るよう説得したのですから、責任をもって私を楽しませなければいけないのです」


「……」


「だから、勝手に死ぬのは禁止です。わかりました?」


なんだか、言っていることは意味不明だったが、なんとなく言いたいことはわかった。


「そんなに俺に死んでほしくない?」


「!?そ、そんなことは知りません」


なんだか、顔を真っ赤にして、エレナは去っていった。

その様子をニヤニヤしながら見ていた学友が言った。


「でもまあ、エレナの言いたいこともわかるぜ。俺も戦いたかったからな」


ラグナは頷きながら、俺にそう言った。


「死ぬギリギリの戦いなんてするもんじゃないぜ」


俺は誇張なしでそう言った。

ラグナも、俺の表情で察したようだった。


「死ぬギリギリの戦いだったのか……」


茶化して悪かったな、とラグナは言った。

そしてそれきり、その話題をふらなかった。


とりあえず、ルアーに関わる事件は終わりをむかえた。

怪我人はでたが、命まで落としたものはいなかった。


はじめから波乱万丈な学院生活だったが、これは始まりなのだ。

もっとひどくて、もっと面白いことになりそうな。

そんな予感を俺は抱いていた。


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