表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カインサーガ  作者: サトウロン
黒の王の章
188/410

始動編09

地面と骨の残骸が焼け焦げた校舎裏で、俺とルアーは立ち尽くしていた。


「ちょっとやり過ぎかな」


苦笑したまま、ルアーはそう言った。

無数にいたように見えたスケルトンは、一体も残っていない。


「……だな」


例えて言うと、学校に遅刻しそうなのに音速移動魔法を使う、みたいな感じか。

それは、俺も自覚していた。


「さて、やり方はともかくスケルトンたちは倒したわけで、あとは術者がどうでてくるか、なんだが」


ルアーの声に呼ばれたかのように、ズシリと重い足音が響いた。

夕陽を背に、それはのっそりと現れた。

高さは2メルト半もあろうか。

横幅も広く、巨大な類人猿に見えるかもしれない。

その体躯に肉がついていれば。


それは、凝り固まった骨の塊だ。

多くの骸骨がより集まり、一つの大きな骸骨となって歩いている。

そのあばら骨の間から、俺の知っている顔がぬるりと出てきた。


「コレルファン……」


名を呼ばれたのを察して、コレルファンはこちらを見た。

ニヤリと笑う。


「みぃつけた。僕をこんな目にあわせたうえに、僕の呼び出した可愛いスケルトンたちを火葬してしまうなんて、ひどい男だな。君は」


まとわりつくような声。

腹の底から、嫌悪感が沸き出てくる。

出会ってから、何日もたっていないのに、ここまで憎悪を向けられることになるとは思わなかった。


「大人しく捕まれ、コレルファン」


「僕に指図するなよ。いいかい、これは正しいことなんだ。歪んだ学院をもとの正しい姿に戻すための、試練なんだ」


意味がわからない。

言っている意味が、まったく頭に入ってこなかった。

学院が歪んでいる?


「意味がわからない」


「僕の力で、学院を糺すんだ」


コレルファン、いや骨の塊は俺に襲いかかってきた。

しかし、どんなに理想を語っても力の無い者には、それを実現させることはできない。

今の、コレルファンのように。


カタツムリが這うようなスピードのように俺には思えたほど、ゆっくりと迫るコレルファンを、余裕で回避。

すれ違い様に、魔剣で切りつける。

切断面から真っ赤な炎が這い出る。

一瞬で、スケルトンは燃え尽きた。

コレルファンを残して。


「お前には、無理だ」


俺は、静かにコレルファンに言った。

コレルファンは放心したように座り込み、幼子がやるようにイヤイヤと首を振った。

あっという間に終わってしまったことが信じられず、心が現実を理解することを拒否してしまった。

俺はコレルファンに近付き、立たせようとした。


「カイン君、後ろだッ!」


鋭い声は、つい最近聞いた声。

だが声の方向を向くことはしなかった。

後ろから迫る殺気を、俺も感じていたからだ。

右に……いや、左に飛ぶッ!

その、さっきまで俺がいた、すぐ脇を杖の石突きが貫いた。

杖を構えていたのは、ルアーだ。

明らかに、殺意のこもった一撃。

確実に、俺を殺そうとしていた。


「やれやれ、外したか」


「いつから、だ?」


いつから、俺を殺そうとしていたのだ?


「誰も入れないようにしていたはずだったんだがな」


俺の質問には答えず、ルアーは俺の命を救った男ーージョルジュに高速の突きを放つ。


「くっ、出でよ“風の守護者の幻影”」


杖を迎え撃つように、ジョルジュの前面に緑の鎧の戦士が出現する。

魔力の塊をそのまま操る高度な魔法だ。

しかし、その幻影はルアーの突きを受け止め掻き消える。


「ぬるい、な」


ルアーは、消え行く幻影を貫く突きを放つ。

杖の石突きは、幻影を貫通して、後ろのジョルジュを穿った。


「グッ……は。くそ、私が歯もたたないなんて」


「子供と、大人の差だよ。おとなしく寝ていなさい。君は悪ではないのだから」


ルアーは優しく諭すように言った。


「イシュリム……」


弟の名前を呟いて、ジョルジュは失神した。

詳しい事情はわからない。

が、弟思いのこの上級生は、イシュリムを襲った相手に気付き、探していたのだろう。

そのせいで、ルアーの一撃を食らってしまうことになったが。


「いつから、君を殺そうとしていたか、だったね」


ルアーは薄気味悪いほどの笑みを浮かべていた。

こんな奴だったのか?


「……」


「最初からさ」


「最初……?」


「あのスラムの事故のあと、君を見舞いに行ったね。あの時からさ」


「は!?」


あの見知らぬ病室で目覚めたあの時から。

俺はこいつに、命を狙われていた?


「私は衛士だ。帝国の正義を守るのが使命。そして、帝都の安寧を乱すものは悪。正義の代行者たる我ら衛士は、悪を倒さねばならない」


言っていることは、間違ってない。

ただ、ルアーの目には熱が宿っていた。

熱狂、とでも言うべきか。

そこで、俺は気付いた。


「あんたが、暴走族のリーダーを狩っていたのか」


「その通り。君たちは愚鈍だ。夜の闇に眠りにつくこともせず、ただ無為に騒ぎ、暴れ、安寧を乱す。君たちは間違いなく“悪”だ。ならば、私が狩らねばならない」


「更正した奴もいたはずだ」


エレナに聞いた話では、俺の率いていたらしきグループ“ドラゴンブレイク”に潰されたグループはおおむね解散したらしい。

イシュリムのドラゴンウインドもその一つだ。


「更正?私は知っている。犯罪者の実に半分以上が再び罪を犯すことを。それはつまり、犯罪者は更正しない。“悪”はどこまでいっても“悪”だということ。故に狩らねばならない」


強固な意志は、言葉で翻意させることはできそうになかった。

元暴走族リーダー連続殺人事件。

その犯人。

衛士ルアーは薄気味悪く笑っている。


「なぜ、俺を、始めに殺さなかった?」


事故のすぐあとの俺は、無防備だった。

殺そうと思えば、誰でもできた。


「君は、あの事故の重要参考人だった。“悪”とはいえ、証拠をもっているかもしれない人間を狩ることは、私の中の“正義”が許さなかった。そして、君は餌になりえた」


「エサ……?」


「君のように強いグループのリーダーだった男が、無防備なままだったら。愚鈍な連中は何を考えると思う?」


憎んでいる相手が、無防備な状況だったら?


頭の奥で、なんだか似たようなことを考えたことがあるような、そんなうっすらとした記憶が瞬いた。

すぐに、その記憶は去っていった。


だが、そのわずかな間に俺は答えを見つけていた。


「無防備なままでいる内に、倒そうとした?」


「正解だ。君を狙って何人もの“悪”人がやってきた。一週間に一度のペースで狩ってやったよ」


エサ、という意味がようやくわかった。

俺をエサにして、奴の言う“悪”人狩りをしていたのだ。


「俺に、会いに来ていたのはそのためか」


「“悪”人である君と話しているのは非常に苦痛だった。だが、私は耐えた。これは試練だからだ。“正義”が“悪”に勝つための試練」


聞かなきゃよかった。

記憶をなくした状態で、話し相手になってくれていた相手の、本心なんか。

笑顔の裏に隠された、嫌悪感を想像すると吐き気すら覚えた。


「ルアー!!」


吐き気をはらうように俺は叫んだ。


「そう気負うことはない。君も今から狩ってあげよう。“正義”の勝利のために」


あたりは夕闇に包まれていた。

見知ったはずの、ルアーの顔がまったく知らないもののように見える。

まさに誰そ彼時。

黄昏の中、戦いは始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ