始動編09
地面と骨の残骸が焼け焦げた校舎裏で、俺とルアーは立ち尽くしていた。
「ちょっとやり過ぎかな」
苦笑したまま、ルアーはそう言った。
無数にいたように見えたスケルトンは、一体も残っていない。
「……だな」
例えて言うと、学校に遅刻しそうなのに音速移動魔法を使う、みたいな感じか。
それは、俺も自覚していた。
「さて、やり方はともかくスケルトンたちは倒したわけで、あとは術者がどうでてくるか、なんだが」
ルアーの声に呼ばれたかのように、ズシリと重い足音が響いた。
夕陽を背に、それはのっそりと現れた。
高さは2メルト半もあろうか。
横幅も広く、巨大な類人猿に見えるかもしれない。
その体躯に肉がついていれば。
それは、凝り固まった骨の塊だ。
多くの骸骨がより集まり、一つの大きな骸骨となって歩いている。
そのあばら骨の間から、俺の知っている顔がぬるりと出てきた。
「コレルファン……」
名を呼ばれたのを察して、コレルファンはこちらを見た。
ニヤリと笑う。
「みぃつけた。僕をこんな目にあわせたうえに、僕の呼び出した可愛いスケルトンたちを火葬してしまうなんて、ひどい男だな。君は」
まとわりつくような声。
腹の底から、嫌悪感が沸き出てくる。
出会ってから、何日もたっていないのに、ここまで憎悪を向けられることになるとは思わなかった。
「大人しく捕まれ、コレルファン」
「僕に指図するなよ。いいかい、これは正しいことなんだ。歪んだ学院をもとの正しい姿に戻すための、試練なんだ」
意味がわからない。
言っている意味が、まったく頭に入ってこなかった。
学院が歪んでいる?
「意味がわからない」
「僕の力で、学院を糺すんだ」
コレルファン、いや骨の塊は俺に襲いかかってきた。
しかし、どんなに理想を語っても力の無い者には、それを実現させることはできない。
今の、コレルファンのように。
カタツムリが這うようなスピードのように俺には思えたほど、ゆっくりと迫るコレルファンを、余裕で回避。
すれ違い様に、魔剣で切りつける。
切断面から真っ赤な炎が這い出る。
一瞬で、スケルトンは燃え尽きた。
コレルファンを残して。
「お前には、無理だ」
俺は、静かにコレルファンに言った。
コレルファンは放心したように座り込み、幼子がやるようにイヤイヤと首を振った。
あっという間に終わってしまったことが信じられず、心が現実を理解することを拒否してしまった。
俺はコレルファンに近付き、立たせようとした。
「カイン君、後ろだッ!」
鋭い声は、つい最近聞いた声。
だが声の方向を向くことはしなかった。
後ろから迫る殺気を、俺も感じていたからだ。
右に……いや、左に飛ぶッ!
その、さっきまで俺がいた、すぐ脇を杖の石突きが貫いた。
杖を構えていたのは、ルアーだ。
明らかに、殺意のこもった一撃。
確実に、俺を殺そうとしていた。
「やれやれ、外したか」
「いつから、だ?」
いつから、俺を殺そうとしていたのだ?
「誰も入れないようにしていたはずだったんだがな」
俺の質問には答えず、ルアーは俺の命を救った男ーージョルジュに高速の突きを放つ。
「くっ、出でよ“風の守護者の幻影”」
杖を迎え撃つように、ジョルジュの前面に緑の鎧の戦士が出現する。
魔力の塊をそのまま操る高度な魔法だ。
しかし、その幻影はルアーの突きを受け止め掻き消える。
「ぬるい、な」
ルアーは、消え行く幻影を貫く突きを放つ。
杖の石突きは、幻影を貫通して、後ろのジョルジュを穿った。
「グッ……は。くそ、私が歯もたたないなんて」
「子供と、大人の差だよ。おとなしく寝ていなさい。君は悪ではないのだから」
ルアーは優しく諭すように言った。
「イシュリム……」
弟の名前を呟いて、ジョルジュは失神した。
詳しい事情はわからない。
が、弟思いのこの上級生は、イシュリムを襲った相手に気付き、探していたのだろう。
そのせいで、ルアーの一撃を食らってしまうことになったが。
「いつから、君を殺そうとしていたか、だったね」
ルアーは薄気味悪いほどの笑みを浮かべていた。
こんな奴だったのか?
「……」
「最初からさ」
「最初……?」
「あのスラムの事故のあと、君を見舞いに行ったね。あの時からさ」
「は!?」
あの見知らぬ病室で目覚めたあの時から。
俺はこいつに、命を狙われていた?
「私は衛士だ。帝国の正義を守るのが使命。そして、帝都の安寧を乱すものは悪。正義の代行者たる我ら衛士は、悪を倒さねばならない」
言っていることは、間違ってない。
ただ、ルアーの目には熱が宿っていた。
熱狂、とでも言うべきか。
そこで、俺は気付いた。
「あんたが、暴走族のリーダーを狩っていたのか」
「その通り。君たちは愚鈍だ。夜の闇に眠りにつくこともせず、ただ無為に騒ぎ、暴れ、安寧を乱す。君たちは間違いなく“悪”だ。ならば、私が狩らねばならない」
「更正した奴もいたはずだ」
エレナに聞いた話では、俺の率いていたらしきグループ“ドラゴンブレイク”に潰されたグループはおおむね解散したらしい。
イシュリムのドラゴンウインドもその一つだ。
「更正?私は知っている。犯罪者の実に半分以上が再び罪を犯すことを。それはつまり、犯罪者は更正しない。“悪”はどこまでいっても“悪”だということ。故に狩らねばならない」
強固な意志は、言葉で翻意させることはできそうになかった。
元暴走族リーダー連続殺人事件。
その犯人。
衛士ルアーは薄気味悪く笑っている。
「なぜ、俺を、始めに殺さなかった?」
事故のすぐあとの俺は、無防備だった。
殺そうと思えば、誰でもできた。
「君は、あの事故の重要参考人だった。“悪”とはいえ、証拠をもっているかもしれない人間を狩ることは、私の中の“正義”が許さなかった。そして、君は餌になりえた」
「エサ……?」
「君のように強いグループのリーダーだった男が、無防備なままだったら。愚鈍な連中は何を考えると思う?」
憎んでいる相手が、無防備な状況だったら?
頭の奥で、なんだか似たようなことを考えたことがあるような、そんなうっすらとした記憶が瞬いた。
すぐに、その記憶は去っていった。
だが、そのわずかな間に俺は答えを見つけていた。
「無防備なままでいる内に、倒そうとした?」
「正解だ。君を狙って何人もの“悪”人がやってきた。一週間に一度のペースで狩ってやったよ」
エサ、という意味がようやくわかった。
俺をエサにして、奴の言う“悪”人狩りをしていたのだ。
「俺に、会いに来ていたのはそのためか」
「“悪”人である君と話しているのは非常に苦痛だった。だが、私は耐えた。これは試練だからだ。“正義”が“悪”に勝つための試練」
聞かなきゃよかった。
記憶をなくした状態で、話し相手になってくれていた相手の、本心なんか。
笑顔の裏に隠された、嫌悪感を想像すると吐き気すら覚えた。
「ルアー!!」
吐き気をはらうように俺は叫んだ。
「そう気負うことはない。君も今から狩ってあげよう。“正義”の勝利のために」
あたりは夕闇に包まれていた。
見知ったはずの、ルアーの顔がまったく知らないもののように見える。
まさに誰そ彼時。
黄昏の中、戦いは始まった。