始動編07
エレナの教えてくれた内容は、こういうものだった。
今年のはじめから、何人かの少年が不審な死を遂げた。
何人かは明らかに他殺で、むしろ他殺であることを誇示していた。
衛士が調べていくと、例の二つの共通点が見つかり、連続殺人事件として調査が本格化した。
「その一年くらい前から、いくつかのグループが壊滅していたらしいわ。んで、その壊滅したグループのリーダーが狙われていた」
「壊滅ってなんで?」
「たった一つのグループが帝都中の暴走族を潰して回っていたんだって」
「たった一つのグループが、か。凄い話だ」
そこで、エレナはため息をついた。
「あなた、やっぱり記憶ないのね」
「俺の記憶喪失と、暴走族の潰しあいになんの関係が……まさか」
「その、まさかよ。その危険なグループの名は“ドラゴンブレイク”、そのリーダーはカイン・ルーイン」
まったく記憶も、自覚もなかった。
なぜ、そんなことをしていたのかすら、自分でもわからない。
理解できない。
「それは……まあ、置いておいて。みんなその“ドラゴンブレイク”に潰されたグループのリーダーだったのか?」
「私に入ってる情報ではそのようね」
「そうか。なんか、嫌な予感がするな」
「そうね。あ、あと事件の起きている周期があるらしくて」
「周期?」
「一週間に一人が殺されている」
「それは……ペースが早いのか、遅いのか」
「ちなみに前回から、今日で一週間よ。自覚があるなら用心してね」
「ああ。わかった。ありがとな」
エレナに礼を述べて、俺はそこを立ち去った。
過去の俺が原因のようだ。
おそらく、いや、まず間違いない。
不安を抱えながら、それでも今日の講義は終わった。
まあ、魔導師が何百人もいる学院に手出しはできないだろうとは思っていたが。
「カイン君」
呼び止めたのは伏し目がちの少年、レイドックだ。
出会ってから、まだ一日か二日。
ろくに話もしなかったが、このタイミングで声をかけてきた。
「なんだ?レイドック」
「君には死相が見える」
からかうようでもなく、至極当然のように黒髪の少年は俺に伝えた。
「見えるか?」
「うん。第13階位“死”の象徴たる死の使者の大鎌が首にかかっている」
「えらく具体的なんだな」
「気分悪くしたらごめん。でも、伝えなきゃって思ったから」
「ありがとな、レイドック」
「どうして、お礼なんていうの?僕は君が死ぬって言ったんだよ?」
「どうにもふやけてたからな、最近。けど、ようやく覚悟ができた」
「覚悟……って?」
「死のギリギリで戦う覚悟」
「君は、そこで笑うんだ?」
思わず、口元に手をやる。
口角が上がっている。
俺は笑っていたか。
そうか。
「で、それは予言か?それとも回避できるものか?」
死の使者とやらのことを聞いてみる。
「確定はしていない。けれど、確率が大きな事象が、僕には死の使者に見える、のかも」
「わかった。やっぱり、ありがとなって言っとく。じゃ、また明日な」
呆気にとられたレイドックを置いて、俺は教室を出た。
カインが出ていった後の部屋で、アベルはレイドックに話しかけた。
「あいつは、ホンマモンの馬鹿か?」
「なんです?急に」
「また明日、だとさ」
「そう言ってたね」
「レイドックの“眼”は九割で当たるだろ?」
「ん、まあね」
「だが、あいつは確定じゃなきゃ、当たらない、とか思ってなかったか?」
「まあ、そう見えたね。でもね、僕のこの“眼”もそんなに当てにならないよ。僕の“眼”は僕が見えているものしか、計算に入れないから」
「まあ、危ないのにはかわりないだろ。大切なクラスメイトだ。あいつの言った通り、また明日会えるように打てる手は打っておこう」
「珍しいね」
「なにが?」
「アベル君が、人の手助けするなんて」
「そうか?まあ、あいつはただのクラスメイトで、俺のメンドクサイ家柄にはほぼ関わりないだろ、きっと。だから、助けようかな、と」
「友達、だから?」
「いや、わからん。友達、という概念から、まずわからん」
「僕は友達だよ」
「それは、知ってる」
「そう」
レイドックは微笑み、アベルはどこかに連絡するために出ていった。
どこかで、轟音が鳴っている。
それは、ほんの少し過去。
数日後には、帝都へ送られ裁きを受けることになる青年が学院の地下室に監禁されていた。
入校式で、元クラスメイトを襲った。
それが、彼の罪。
彼は名を、コレルファン・ゴントラシーム、という。
彼は、地下室で一人考えていた。
自分がなぜここにいるのか。
復讐を果たして、目的を果たして、華々しく散るつもりだった。
それなのに。
憎い仇は、生きている。
コレルファン自身も生きている。
しかし、コレルファンの将来は閉ざされた。
目的を果たしていないのに。
実際のところ、コレルファンの憎い仇であった生徒は論文の盗作が露見して、魔導師としての人生は終わっていたが、そのあたりはコレルファンの思考には影響を与えていない。
それは、コレルファンの視野の狭さで、それこそが彼が“ホープ”で居続けた本当の理由だった。
魔導師としての才の欠如。
視野の狭さ。
そして、それが彼が利用される理由になっていた。
「コレルファン・ゴントラシーム君、だね?」
開くはずのない地下室の扉が開いた。
「誰だよ、あんた」
思った以上のしゃがれた声。
「私は君を救いだしにきた。君こそが選ばれし者だからだ」
「選ばれし者……?」
「そう、君こそがこの腐敗した魔道士官学院の歪みをただし、真の学舎としての姿を取り戻すために選ばれし者」
やってきた男の口にする甘い言葉に、コレルファンは魅惑されていた。
「そうか、そうなんだ。やっぱりそうだったんだ。僕が認められないのも、あいつが認められたのも、カインのような奴が僕を止めようとしたのも、みんな。この学院自体が腐っていたからなんだ!」
自分の納得した答えにたどりついて、嬉しそうにわめくコレルファンを見て、男はニヤリと笑った。
自分の世界に入り込んで、周りが見えなくなっているコレルファンには、男の笑みなど見えない。
「行こう。君の力をもって、この学院の歪みをただしに。君の力を認めさせて、学院をあるべき姿に戻すのだ」
「そうだ。僕の力を認めさせて、この学院をあるべき姿に戻す」
コレルファンの目は爛々と輝き、興奮のため鼻息も荒い。
そして、コレルファンは早足で地下室を出た。
男も、ゆっくりとコレルファンを追う。
「単純なことだ。だが、単純なゆえ使える。まずはウインドを潰し、それを餌にブレイクを潰す。待っていろ、カイン」
男は笑みを浮かべたまま、誰もいない地下室をあとにした。