始動編06
「“剣”の第3階位“ウインドステップ”」
先制攻撃を仕掛けようと、イシュリムは速度上昇の魔法を詠唱。
さきほどの槍を手に突風のような突きを放つ。
俺は無手で構える。
魔力の集中を感じる。
「甘く見るな、カイン。相当な使い手だぞ」
ラグナが心配そうに声をかける。
相当な使い手?
いや、まだこいつは戦士の領域に足を踏み入れた程度だ。
「いや、心配いらんでしょ」
アベルが軽く言う。
「確かに、僕もカイン君が負けるところが想像できないなあ」
と、レイドック。
二人の予想に俺も全面的に同意する。
ガキのケンカレベルなら、強いのかも知れない。
けど、俺はその遥か上にいる。
無意識で動く体と、頭に浮かんだその考えに戸惑いながらも、俺はやるべきことをやっていた。
イシュリムの槍を、わずかなステップで回避。
避け際に、イシュリムの顔面に拳を突き付け、当たる寸前で止める。
イシュリムの顔に焦りと安堵が続けて浮かぶ。
そして、安堵したことへの悔しさが滲み出る。
悔しさは、怒りに変わり、俺への怒号となって弾ける。
「なめやがって!」
怒りとともに、イシュリムは次なる魔法を詠唱する。
“剣”の第6階位“ミラージュランス”
陽炎のように空間が歪み、そこから幾本もの槍の穂先が繰り出される。
「まるで槍の雨だな」
ラグナの声が聞こえる。
だが、俺にはそう見えなかった。
極端に言えば、芋虫の這うようなスピードで槍が何本か進んでくるような。
“剣”の第5階位“スローフロー”をかけているような、あるいは武術の達人の持つ“心眼”のスキルのような、感覚だ。
それに、“ミラージュランス”の魔法は視覚的に増えているように見えるだけで、実際の本数は増えていない。
イシュリムが繰り出した一本の槍が、魔力で歪んだ大気の中で増殖して見えているだけなのだ。
残念なことに魔力のコントロールが甘いせいか、増えている槍の形が曲がって見える。
本物と陽炎の槍の違いがはっきり分かってしまう。
「甘いぞ、イシュリム」
俺は、その本物の槍をつかみとり、思いきり引っ張った。
槍ごとイシュリムは投げ飛ばされ、草原へ突っ込んだ。
ゴロゴロと転がり、止まる。
「そこまで」
エレナの声が響く。
あっという間に決着はついた。
草むらに突っ込んだまま動かないイシュリムを見に行くと、彼は空を見ていた。
土だらけの顔で、空を見ている。
「大丈夫か?」
こういう場面で一番先に声をかけるのはラグナだ。
イシュリムはそれには答えずに、俺の方を見て言った。
「お前、本当にカイン・ルーインか?」
「カイン・ルーインだが?」
「なんだか、違う相手のようだった」
「言ったろ、記憶が無いんだ。一年前に全ての記憶を失ってしまったんだよ」
「ああ……そういえば」
嘘じゃなかったんだな、とイシュリムは呟いた。
「起き上がれるか?」
イシュリムはむっくりと起き上がると、俺の前に頭を垂れた。
「“ドラゴンウインド”のイシュリムは及びドラゴンウインドは“ドラゴンブレイク”のカイン・ルーインの配下になることをここに誓う」
「は?」
「俺はあんたの舎弟として、あんたに仕えよう」
顔を上げたイシュリムは、妙にスッキリとした顔をしていた。
なんだか以前にもこういうことがあった気がした。
そのことは覚えていないのだけれど。
翌日。
編入手続きの変更があり、α組にイシュリムが入ってきた。
これで、α組は七人となったわけだ。
なんだろう、イシュリムの行動力を誉めるべきか、簡単にクラス替えできる学院に驚くべきか。
よくわからなくなった。
その日の帰り道。
俺は、上級生に呼び止められた。
「カイン・ルーイン君だったかな?」
人の良さそうな声と風貌の人物だった。
白シャツに、緑の袖口。
つまり、得意属性が風の“チャンス”の学生ということだ。
と、同時に第13階位“死”以上のランクの魔導師でもある。
「そう、ですが?」
「私は、“チャンス”の学生のジョルジュ・モルセエスという」
「はあ」
「昨日は、弟が迷惑をかけたみたいだね。弟に代わって非礼を詫びようと思ってね」
「弟……さん?」
なんだか、目の前の上級生の顔がよく見知った人物の形に見えてきた。
そう思ってみると、目もととか髪の色とかに共通点を見いだすことができた。
確証を持てずにいると、ジョルジュの方から答えを言ってきた。
「そう、私の弟はイシュリム・モルセエス」
イシュリムの兄だった。
とはいえ、いきなりつっかかってきた弟と違って、兄の方はいたって紳士的だった。
同行していたファイレムから、モルセエス家が武門の名家であること、“風の守護者”であること、このジョルジュという人物がおそらくは後継者であることを説明された。
いろいろ期待されている兄と、ないがしろにされ非行に走る弟、か。
ほんの少し、イシュリムに同情した。
世間話を少しして、ジョルジュと別れる。
その、去り際。
身辺に気を付けたまえ、とジョルジュが言った。
「どういう意味です?」
「最近、帝都で殺人事件が連続で起こっている」
「連続殺人事件?」
「私の父が仕事柄、こういうことに詳しくてね」
「なぜ、俺に忠告を?ここは魔道士官学院で、帝都からは離れてますよ?かなり」
「共通点があるんだ」
「共通点……」
被害者の共通点。
「被害者はみな、一年前に帝都に在住していた二十歳未満の少年」
「かなり、対象の広い共通点ですね」
帝都在住の二十歳未満の少年なんて、はいて捨てるほどいる。
何千じゃ効かないんじゃないか?
「もうひとつあるんだ。それは、ある種の、そう、暴走族的な集団のリーダーだったこと」
そこで、ピンときた。
ジョルジュが俺に話しかけた本当のわけ。
「イシュリムも、その対象になっているんですね?」
イシュリムが突っかかった相手が、もしかしたら何らかの事情を知っているかもしれないと、揺さぶりをかけてみた。
というところだろう。
イシュリムは“ドラゴンウインド”。
俺が“ドラゴンブレイク”。
共に、暴走族的な集団のリーダーだった。
「まあ、そういうことでね。弟の行動はある程度マークしている。そして、そこに君が引っ掛かった」
「なるほど」
「幸い、君もイシュリムもある程度の腕があるから、おいそれとやられないとは思うけど、気を付けてはほしい」
なかなか気苦労が絶えないだろうな、と俺はジョルジュのことを心配した。
それにしても、暴走族のリーダー狩りか。
ここまで来るかはしらないが、気を付けておくにこしたことはないだろう。
さらに翌日。
帝都情勢に詳しいだろうと、エレナに尋ねた。
「その殺人事件って有名?」
「なぜ、私に聞く?」
講義の予習で忙しそうな様子だったが、エレナはとりあえず会話には応じてくれた。
「エレナが一番詳しそうだから」
呼び捨てか、とエレナが小さく呟いたセリフは聞こえなかった。
「情報収集が得意そうな友達に頼めばいいんではなくて」
「ラグナのことか?いや、入校前ならともかく、出身地の大豪族の御曹司なんて煙たいとは思わないか?」
ラグナが頼めば、同郷の上級生はやってくれるだろう。
だが、それが借りになって後々響いたら厄介だろうな、と考えた結果だ。
エレナはふうん、と言って少し笑った。
「ちょっとは考えてるのか、見直した。見直しついで教えてあげるわ」
エレナは帝都連続殺人事件の知っていることを話してくれた。
さすがは四大貴族の家柄だけあって、かなり詳しい話だった。