始動編05
学院長室をまるで自分の部屋であるかのように、その人物はゆったりと入ってきた。
「ご苦労様だね、アンシューラム君」
低く、学院長に声をかける。
「宰相……なぜ、ここに?」
学院長の発した言葉に、俺達は思わずその人物を見てしまった。
壮年の男性、公式には四十三歳。
帝国第二の権力者。
皇帝の代弁者、と言われる宰相。
カイ・ダ・ルハーン。
整えられた顎髭、痩せているが優しい風貌。
しかし、その目は厳しい。
「なぜ、ここに、か。私だって帝国の要人だ。未来の帝国を担う人材を見に来て悪いのかね?」
「そうではなく、なぜ、この場所にいるのか、と聞いているのです」
学院長は苛立ちを隠さず、宰相に詰め寄る。
態度としては、少し違和感を覚える。
おそらくは、カイ宰相が平民出身だということが、学院長の中で宰相を下に見る要素になっているのだろう。
そう、このカイ・ダ・ルハーンという男は、おそらく帝国史上初の平民出身の、宰相なのだ。
それが、貴族出身のアンシューラムや、他の権力者がカイを意識せずに見下させる。
相手の実物を見ずに。
それが、大きな隙になっていると気付かずに。
「入校式には遅れましたが、新入生を2名連れてきました。それを紹介しようと思ったのですが、この騒ぎでね」
「新入生……?」
聞いているかね、ブルネック師?とアンシューラムは青いスカーフの教授に尋ねる。
本来ならば、潜在的な敵対関係にあった二人が、共通の敵に団結した。
あるいは、それが目的か?
「……まさか、皇帝陛下推薦の二人が?」
皇帝陛下推薦?
「その通りだ。紹介しよう」
カイに促されて、二人の生徒が入ってくる。
一人は、妙にやる気が見えない少年だ。
袖口が緑、つまり得意属性は風。
伸ばした髪を後ろでまとめている。
あくびをしていた。
「まさか、この方は!?」
アンシューラムの驚きに満足そうに、カイ宰相は頷く。
「そう。アベル・ゼブル。皇帝陛下の次男であらせられる。まあ、ここでは王子として扱わず、一生徒として扱ってほしいと、陛下から言付かっている」
「アベルだ。よろしく」
アンシューラムは思わず、膝をつこうとしたが止めた。
王子扱いせずに、一生徒として扱う。
皇帝の意向はこうだ。
それに逆らうことはできない。
「よ、よろしく、アベル君」
多少、ひきつりながらもアンシューラムは普通に挨拶した。
次に入ってきた少年を見て、俺は妙な感覚にとらわれた。
痛み?
いや、これはなんだ。
どんな感情なんだ。
黒く長い髪。
伏せた視線は、俺の凝視には気づかない。
ふっと、彼が顔を上げた。
俺と目が合う。
俺は、彼を知っている?
いや、知らない。
なのに、なんだこの既視感は?
彼は、笑った。
「私の養子、レイドック・ダスガンです。もちろん、特別扱いはしなくていいですよ」
カイ宰相の声が、遠くで聞こえるようだった。
その中で、ただひとつ。
彼の名前が、引っ掛かった。
レイドック・ダスガン。
宰相の介入で、入校式の騒動についてはうやむやに終わった。
もちろん、コレルファンは捕縛され、帝都に連行されていった。
襲われた生徒は命に別状はなく、治療を受けている
。
ただ、起きてから色々と事情を聞かれることになるだろう。
そして。
騒ぎを起こした俺達は同じ組になった。
全員。
つまり、俺ことカイン・ルーイン。
エレナ・エルフィン。
ラグナ・ディアス。
ファイレム。
そして、アベル・ゼブル。
レイドック・ダスガン。
“ホープ”クラスのα組。
残りの196人はただのホープクラスだ。
入校してからのほんの数時間で、俺達はずいぶんと警戒されてしまったようだ。
そして、今日はここで帰宅を許された。
帰り道。
といっても、それぞれの寮に行くまでのほんの短い道のり。
短い、はずだったがここでも一騒動起きた。
「待てよ」
α組の六人で歩いていると、呼び止める声がした。
黒いシャツ、緑の袖口。
ホープクラスの風が得意属性の生徒。
というところまでは、判別できた。
「私たちの誰かに用事かしら?」
エレナが、また面倒ごと?いやだなあ、という口調で言った。
「俺はカインに用がある。他のやつらは無用だ」
その剣呑な目で俺を見ている生徒に、ラグナはため息をついた。
「人気者だな、カイン」
「心当たりはないんだがな」
その相手の眉がピクリと動く。
「心当たりがない、だと?」
「もしかして、昔の俺が何かしたのかな?実は記憶が……」
「ふざけるなッ!」
相手はどこからか、取り出した槍で俺を突いてきた。
速い、ことは速いが俺が避けられない速さではない。
「話を聞けよ。俺は過去の記憶がないんだ。それであんたのこともわからない」
「つまらない嘘をつきやがって。いいだろう、忘れたなら思い出させてやる。俺はイシュリム。お前に潰された“ドラゴンウインド”のリーダーだった男だ」
本格的に記憶になかった。
しかし、前の俺はドラゴンブレイクとかいうグループで暴れていたらしい。
その時の相手か?
基本的に良家の子女であるところの俺のクラスメイト達はどちらのグループも聞いたことはなかったらしい。
「それ、で“ドラゴンウインド”のリーダーだったイシュリム君は俺に何の用だ?」
「俺と貴様、どちらが上か。決着をつけよう。貴様を倒し、俺が帝都最強の走り屋だということを証明する」
「子供か」
と、ぼそっとエレナが呟く。
「でも、遺恨は残さない方がいいよ」
と、ファイレム。
「いいぞ、やれやれー」
煽っているのはアベルだ。
「カイン君、がんばってー」
応援するのはレイドック。
しょうがない。
「いいぜ、相手をしてやるよ」
学院の敷地内で、魔法を使うと処罰される。
だったら、敷地外ならいい。
俺達は、学院の外へ出た。
始業式は明日。
まだ、戻っていない在校生もいるから、出入口のチェックは緩めになっていた。
学院の外は、森やら平野やら、ありとあらゆる自然に満ちている。
そこで、なんらかの魔法の訓練を行うのだろう。
「勝負の方法は、武器を使った決闘とする」
ラグナの声が平野に響く。
声大きいな。
「魔法は?」
俺の問いに、ラグナは頷き続けた。
「魔法は第9階位まで使用できることにする」
「もし、それ以上の魔法や相手が死ぬ攻撃をしたら私たち全員で止める、いいわね?」
エレナが面倒くさそうに念を押す。
「いいぜ」
イシュリムが頷き、俺も首を縦にふる。
「よし、では始め」
ラグナの合図で、俺とイシュリムは駆け出した。