始動編04
新入生200人が一堂に会して、入校式は始まった。
黄色の袖口、地属性が得意属性のファイレムも俺を見つけ手を振ってくる。
学院長である、帝国魔導相アンシューラム氏が挨拶をし、新入生代表が続く。
「あれは、エルフィン家のご令嬢だな」
ラグナが呟く。
エレナ・エルフィン。
帝国四大貴族の一角エルフィン家の一人娘である。
整った顔立ち、長く伸ばした薄い青の髪が揺れる。
袖口は青で、水属性が得意だとわかる。
入学試験でトップの成績の者が、新入生代表になる。
つまり、エレナ・エルフィンが俺達の世代のトップだ、と言うことだ。
才色兼備とはこのことだな、とラグナ。
エレナの挨拶が終わると、在校生代表の挨拶となる。
「在校生代表は“チャンス”クラスから抽選で選ばれる」
ラグナが呟く。
「あれ、あいつ?」
在校生代表として出てきたのは、昨日コレルファンを嘲っていた生徒だった。
ラグナの声に焦りが混じる。
「おいおい、あいつだ。あいつが“死者蘇生の可能性について”の提出者だ」
「コレルファンは!?」
“ホープ”の生徒を探すが見あたらない。
「新入生の皆さん、入校おめでとう。我が校は帝国の最高峰学府であり、伝統を重んじつつも最新鋭の学業を……え?」
途中で途切れる声。
在校生代表の生徒の顔に困惑が浮かぶ。
その胸から白い尖った物が、突き出している。
後ろから、口元を大きく歪めて笑っている“ホープ”の生徒が姿を見せた。
「ははは、どうだ痛いか?」
「お、おま、コレルファン……?」
代表の生徒は崩れ落ちる。
「いいざまだ!悔しいか?悔しかったら、お得意の“死者蘇生の可能性について”の研究結果を見せてみろよ!?」
あまりにも、突発的な事態に生徒たちの動きは止まっていた。
俺以外は。
反射的に飛び出す。
新入生の群れをかき分け、最前列へ。
「動くな、コレルファン!」
「誰だ、お前は!?」
俺の出現に慌てて、コレルファンは刺さっていた白い尖ったものを抜く。
それは、骨で出来た槍だ。
「俺は、カイン。カイン・ルーイン!」
無意識に、俺は魔力を集め剣を生成する。
見なくても、できる。
「誰だか知らないが、邪魔するな!」
コレルファンは槍を突き出す。
だが、その動きは完全に素人だった。
突き出された槍を余裕でかわし、魔力でできた黒い剣をコレルファンの喉元へ。
切っ先が肌に触れるギリギリで止まる。
「全員、動くな」
一喝に、剣をそのままにして俺は声の方を向く。
教授たちが、魔法を待機状態で構えている。
声を張り上げたのは、青いスカーフの教授だ。
「今、魔法を使用している生徒はこっちへ来い。治癒系統の魔導師は負傷者の手当てにあたれ!」
魔法を使用している生徒、と言われ俺は剣を解除し手を下ろした。
恐怖に顔面を蒼白にしていたコレルファンは、危機が去ったと見て安心したのか、座り込んだ。
連れてこられたのは、学院長室だ。
人に見せられる程度の品格の調度品が並んでいる。
俺、ラグナ、ファイレム、そしてエレナ。
あの瞬間、魔法を放とうとしていた生徒だ。
青いスカーフの中年の教授、ブルネック師は額に青筋をたて、腕組みをしてこちらを睨み付けている。
「前代未聞だっ!」
大きな声に、飾られていた置物の猫が震えた。
「ブルネック君、あまり大きな声は」
と、宥める学院長のアンシューラムをブルネックは制する。
「いえ、学院長といえどもダメなものはダメなんです。我が校の敷地内での無許可の魔法使用は違反。これは生徒が守るべきルールです」
「しかし、彼らとて騒動を止めようとしたのではないのかな?」
「どんな理由があろうとも、ルールはルール。許されるものではありません」
ブルネックは力説する。
俺たちは立ったまま放置されている。
まあ、この一幕で校内の力関係が透けて見える。
学院長は、中央から派遣されてきているので権力はあるが実権はない。
校内での権力者は教授連中、そしてそのなかでブルネック師が大きな力を持っている。
学院長が反論できない、今の状況がその事実を物語っている。
「しかし、吾が輩は将来の芽まで潰そうとは思わん」
「?」
「エレナ・エルフィン、ラグナ・ディアス、両名は退出してよろしい」
「な……!?」
声をあげたのはラグナだ。
なぜ、許されるのか?といった疑問が脳裏に浮かんでいるのだろう。
そして、学院長の顔から明らかに緊張と焦燥が抜け落ちた。
なるほど、家柄か。
四大貴族の一角エルフィン家と、大豪族ディアス家、両家を敵に回すわけにはいかない。
一般的で予想できる考え方だ。
ちらりとファイレムを見ると、苦笑している。
ラグナは困惑している。
意味がわからず、混乱している。
そして、もう一人。
エレナ・エルフィンは冷たい顔をしていた。
あれは、女性が怒っている時の顔だと俺は気付いた。
「拒否します」
エレナの口から出た言葉に、ブルネック師、アンシューラム学院長の顔が強張る。
「何か、勘違いをしていないかな、エレナ君。君たちはお咎めなしだ」
「何も。勘違いなどしておりませんわ。ブルネック師。私はルール違反だと知っていて、かつそれに対する制裁を覚悟して、魔法を使ったのです。この私の覚悟をあなたたちは虚仮にする気ですか?」
「いやいやいや、何もそんな難しい話ではないのですよ、エレナ君。エレナ君、ラグナ君は何もしなかった、それでいいじゃないか」
……あの教授、頭はいいのかもしれんが、あの言い方だとエレナのような人間にはまるっきり逆効果だって気付いてないな。
そして、案の定。
エレナはブルネックに噛みついた。
「私の行いと覚悟を、無にする。ということですね。で、あれば、あなた方から学ぶことは何もありません。このことを父に報告して、私は帝都に戻りますわ」
ブルネック師とアンシューラムの顔から、血の気が引く。
全く、想定外の言葉が出てきたからだ。
声も出せない二人を見て、俺はつい口を挟んでしまった。
「その言い方は、そこの青いスカーフと同じだと思うぞ、エレナ」
キッとエレナがこちらを睨み付ける。
これは、怖い。
冷たい視線が痛いくらいだ。
「何かおっしゃいました?」
冷たい声色。
「家柄で区別されて、自分の覚悟を無為にされたのが嫌だったんだろ?あんたの親父さんに報告するっていうのは、その嫌だった家柄に頼るってことじゃないのか?」
思わず出た腹いせの言葉が、自己矛盾を生んでいたことにエレナは気付き、目を伏せた。
「勝手に口を挟むな、愚か者め」
エレナのことはスルーしたブルネック師が、俺に文句を言う。
「愚か者はあんたらだろ?俺が動かなかったら、死者が出ていた」
明らかに俺が最速で動いていた。
教授連中も、学院長も何もしていなかった。
「貴様、言うに事欠いて、よくも」
ブルネック師の表情が憤怒に満ちる。
それが激発する瞬間。
新たな人物の声が、学院長室に響いた。
「そのくらいにしたらどうかね?」
と。