始動編03
「それは、まあイジメみたいなもん、なんだよ」
たどり着いた寮、赤色三号棟で俺を待っていた青年。
俺のルームメイトだという男は、世間話の中での俺の疑問にそう答えた。
新入生に向けられた“ホープ”と在校生に向けられた“ホープ”の違い、だ。
「イジメ?」
「まあ、極端な言い方、だとな」
ラグナ・ディアスと名乗った青年は、苦笑しながら説明する。
曰く。
魔道士官学院の最初のクラスは“ホープ”という名がついている。
所属しているのは、新入生と昇級できなかった在校生。
新入生には期待を込めて、在校生には嘲りを込めて“ホープ” と呼ぶのだそうだ。
「昇級、できない、というのは?」
「学院のクラス課程は三段階に別れている。新入生の“ホープ”、昇級した“チャンス”、そして専門カテゴリに別れた“フェイト”。“ホープ”から“チャンス”に昇級するには条件がある」
「その、条件は?」
「第13階位“死”を超えること」
「なるほど」
魔導師としての出発点である第13階位“死”すら超えられないのでは帝国の魔道士官には到底なれない、ということか。
「この学院は17歳から入れるが、実は20歳の誕生日までにこの条件をクリアしないと放校処分される」
「うわぁ……そりゃ、キツいわ」
「まあ、一度突破してしまえば卒業は確定して、帝国の士官になれるのも間違いない。と言っても俺もまだ新入生なんだけどな」
苦笑したまま、ラグナは言った。
「そう、かあ」
「まあ、“ホープ”の件は新入生にはあまり関係ない問題だし、気にしない方がいい。あと、学院の敷地内での無許可の魔法使用は厳罰の対象になるから注意しろってさ」
「そういうもんかなあ。まあ、説明ありがとな、ラグナ」
「同じ部屋の奴とは少しでも、仲良くしておきたいからさ。よろしく頼む、カイン」
あてがわれた部屋は、寝室が別で居住スペースが共用だった。
まあ、寝室と言ってもベッドが置いてあって、クローゼット、小さなテーブル、だけでもう満杯になっているような小さな部屋だ。
「寝るだけ専用だな」
食事に関して寮生は自炊か学食か、好きな方が選べる。
「初めてなんだ、今日は学食に行ってみよう」
とのラグナの提案で、学院内の探索がてら学食に行くことになった。
千人は入りそうなだだっ広い食堂は、広さの割りに人影はまばらだった。
「今日まで春休みだからな。明日の入校式にも在校生は出なくていいし」
「それで、か。道理で人がいないと思った」
「で、お前は何食ってんだ?」
ラグナが物珍しいものを見るように、俺を……いや、俺の食っているものを見ている。
「魚介豚骨醤油ラアミンだ」
「それは、魔法の詠唱か?」
「東方の麺料理だ。魚と豚の骨からとったスープで醤油という調味料を割ってできた汁に小麦の麺を入れて食べる」
「美味いのか?」
「めちゃくちゃ」
「俺も食ってみるかな……」
ラグナは自身の頼んだ肉定食を食べながら、興味津々の様子だった。
それにしても、ラアミンだけでなく南方、北方、西方、ありとあらゆる地方の料理が揃っている学食だった。
「旨いぞ」
ズルズルと麺をすする俺にラグナは言った。
「帝都の人間は、そういうのを食うのか?」
ラグナはウルファ大陸の外、北方大陸に領地を持つ大豪族ディアス家の出身で、今回はじめてウルファ大陸、そして帝都に来たらしい。
あの青い船体の結界船に乗ってきたのだろうか。
「いや、俺以外に食ってるのを見たことがない」
「そ、そうか」
美味い飯を食べ、満足した俺たちは寮への道を歩いていった。
在校生が一人立っている。
見覚えがある。
「あれは……」
「知っているのか、カイン」
「俺が来たとき、嘲られていた“ホープ”だ」
「ああ。だが、尋常な顔じゃないぞ」
絶望に塗り尽くされていた顔には、憎悪が浮かんでいた。
口角があがっているのは、笑みを浮かべているのではない。
押さえきれない憎悪が、顔面の筋肉を痙攣させているのだ。
俺は、見たことがある。
……いつ?
俺たちが何もできないでいるうちに、その“ホープ”は走り去った。
「どうする?」
俺の問いに、ラグナは。
「マズイことになりそうな気がするな。俺の方で情報を集めてみよう」
と答えた。
ラグナは心当たりを当たってみると言って去っていった。
俺は、部屋に帰って寝た。
翌朝。
ラグナは夜半には帰ってきていたらしく、俺が起きてきた時には制服に着替えていた。
「早いな、ラグナ」
「実を言うとかなり寝不足だ」
「昨日のやつの件、だな?」
「向かいながら話すから、とりあえず制服を着ろ」
魔道士官学院の“ホープ”の制服は上下とも白、袖口にそれぞれの得意属性が示されている。
俺とラグナは炎属性の赤。
そして、中に着ているシャツがクラスを示している。
俺たち“ホープ”は黒。
“チャンス”は白。
“フェイト”は白、黒以外の自由な色。
俺は慌てて、黒シャツを着て袖口が赤い白ジャケットを羽織った。
「コレルファン・ゴントラシーム」
「それが奴の名か?」
ラグナは手にした手帳に書かれたメモを見ながら読む。
「そうだ。年齢は今年で19。カインの聞いた通り今年で昇級できなければ放校処分になる」
「しかし、それは分かっていてここにいるんだろ?」
俺はラグナに聞いて初めて知ったが。
「カイン、帝都ではどうかは知らないが、第13階位“死”を超える以前に、その階位に達しただけで俺の故郷では神童、天才扱いなんだ」
「……」
「だが、ここに来ると自分が有象無象の一人だと思い知らされる」
「けど、努力すれば……」
「努力してもダメだったら?いつまでたっても“ホープ”と嘲られ続けられたら?」
「……ああなるのか」
「しかも、コレルファンは成果を奪われている」
「成果を?」
「昨年の研究“死者蘇生の可能性について”というものがあるんだが、それが盗作だという声が上がっている」
「その元ネタがコレルファン?」
「おそらく、だがな。研究結果次第では教授が個人講義を受けさせてくれる。そうなれば、実力の向上にも繋がるだろう」
「コレルファンはその機会を奪われた」
「少なくとも、本人はそう考えている」
「それにしても、よく調べたな」
一晩でここまで調べられるなんてただ者じゃない。
「同郷の先輩がたが多いからな」
「地元の大豪族の息子さん、か?」
「まあ、そういうコネクションがな」
「で、どうする?」
「何もしてないのに、取り押さえるわけにはいかんしな」
「注意していて、何か起きたら止めるしかないな」
初っぱなから、妙なことになったと思いつつ、俺たちは足を早めて入校式へ向かった。