魔王編20
その魔法の水の塊が直撃し、俺は全身に引き裂かれるような痛みを感じた。
レーヴァテインはラグナの力ごと消え失せ、その中の魂の魔剣は解除され、ロンダフの剣だけが無事なまま残った。
俺は後方に吹き飛ばされ、なんとか受け身をとって立ち上がる。
微弱回復魔法がじんわり効いてきて、痛みが緩和されていく。
「化け物だな」
俺の気持ちを代弁したかのような声。
聖剣を構えたままのカリバーンだ。
今、この瞬間も魔王からの攻撃を防御している。
立てるほどには、痛みは薄れた。
俺は立ち上がりつつ、希望の言葉を吐く。
「だが、まだ勝ち目はある」
「なに?」
「奴の炎の魔法……俺のレーヴァテインは突破できていた。だから、慌てて炎の反対属性の水を出してきた」
「単体の力量なら、魔王を超える、か?我らがリーダーもなかなか言うようになったな」
カリバーンは笑った。
「俺だけ、じゃない。俺たちの力を全て束ねて、魔王に挑む。そうすりゃーー勝てる」
「いいじゃない。全員の力を合わせてやろうよ」
アズが立ち上がった。
他の面々も、集まってくる。
全員の顔に絶望の色はない。
「カリバーンとフェルアリードに壁を頼む」
カリバーンは聖剣を掲げ、フェルアリードは薄く笑って頷く。
「アズとグウェンは魔王の妨害だ。何かをやって気をそらすだけでもいい」
アズは任しとけ、と笑い、グウェンは頷く。
「アベル、ベスパーラ、レルランは後方からでっかい魔法を頼むぞ。だが、無理するな」
アベルは杖を掲げ、ベスパーラは笑う、レルランは固い表情で頷く。
「シュラ、モルドレットは俺と共に直接殴りにいく」
シュラは御意のままに、と答え、モルドレットは拳をあげた。
どうやら、魔王は待っていてくれたようだ。
律儀なのか。
目覚めたばかりで動きたくないのか。
「そろそろ、決めたか。お前たちの散り様を」
「抜かせ」
再度、レーヴァテインを展開。
深紅の刃が出現。
ラグナはまだ力を貸してくれている。
「では、余のほうから行くぞ。“混沌”なれ、全てを吹き飛ばせ“ヴァーユ”」
魔王の手から突風が巻き起こる。
しかし、恐れずにカリバーンは魔法に突っ込む。
「うおおおお!エクスカリバー!」
雄叫びとともに聖剣が輝き、魔法の風を食い止める。
「ウェブガーディアン」
「アザゼル」
アズとグウェンが己の最大の手段で、魔王を撹乱する。
魔王はそれを煩わしそうに払う。
ほんのわずか、意識がそちらへ向かう。
そこへ。
「トールハンマー」
「ユルルングル」
「ガンガーダラ」
三つの極大魔法が、上、左、右と三方向から魔王に迫る。
「健気だな、“混沌”なれ、全てを穿て“インドラ”」
極大魔法に応じるべく、魔王は更に魔法を放つ。
放たれた稲妻は、こっちの魔法を掻き消し、さらに俺たちに大ダメージを与える、はずだった。
「“杯”の第13階位“クロキイワト”」
フェルアリードが展開した漆黒の結界は、魔王の“インドラ”を食い止め、俺たちへのダメージと魔法の立ち消えを防ぐ。
結界はその一撃で砕け散ったが、フェルアリードは役目を完全に果たした。
薄く笑う。
止められなかったアベル達の魔法は、魔王に直撃する。
そこが、俺たちの攻撃機会だ。
俺は駆ける。
飛ぶように。
シュラも、モルドレットもついてくる。
マハデヴァ・ラージャを斬ったときのように、超越者の領域へ。
アレスを斬ったときのように、全身の駆動を完全にコントロールする。
そして、俺の今出来る最大最強の一撃。
「レーヴァテイン・ラグナロク」
シュラの槍と、モルドレットの斧、俺の剣。
それらが全て魔王に直撃した。
電撃と水と炎が炸裂し、魔王を中心に大爆発が起こる。
ミニオンでも瀕死の重症となるであろう攻撃だった。
魔王がいたあたりはもうもうと噴煙と水蒸気が立ち込め、何も見えない。
鼓膜が麻痺したか、あたりは沈黙に満ちていた。
「やった、か?」
モルドレットの問い。
応えは顔面を掴まれることで答えられた。
「魔を支配する邪神ガタノトーアの力か。ぬるい」
モルドレットは投げ飛ばされる。
壁にめり込むほどの力で。
「魔王……だな、まさしく」
水蒸気が晴れた時、魔王は立っていた。
無傷で。
服すらも、元のままで。
「粛水の女神レフィアラター、黒の魔力炉、ヤクシ族、北方大陸の魔女、魔力制御装置、魔族、余の力の残滓、カインにアベル、よくも集めたものだが、余には通じぬ」
「無傷、とはな……」
フェルアリードが流石に、消沈した声で呟く。
「しかし、ラグナの力を借りたとはいえ、やはりお前の力は危険だ。故にカイン、お前は永遠に葬り去る」
魔王レイドックは、どこからか杖を取り出す。
未知の金属の柄、杖の頭部は三叉にわかれ、それを支えに三日月の形の透明な鉱物が座している。
それを床につく。
澄んだ音が鳴る。
そして、魔王は短いながらも強い言葉で魔法を詠唱した。
「“混沌”なれ、全てを闇に帰し、破壊せしめよ“シヴァ”」
杖から放たれた、七色の光が俺に向かってくる。
「避けてください、カイン!」
アベルの声がする。
「エクスカリバーが!?」
カリバーンの焦る声。
「私では止められない!」
ベスパーラ。
「主ッ!!」
シュラが叫ぶ。
「かあさま」
祈るような声はグウェンだ。
「なんだこの魔法は?」
レルランが呟く。
「止められない、か。すまないな、カイン」
フェルアリードが謝った。
珍しいこともある。
けれど、俺だってただやられるわけにはいかない。
跳躍し、回避する。
「……!?」
飛び上がろうとした俺の動きは、止められた。
何かに掴まれているような感覚。
「……お前だけは、生かしておくものか」
マハデヴァだった。
上半身だけになり、顔色も青ざめるというよりは真っ白になっている。
それでも、俺を掴む手は異常に強い。
「お前も死ぬぞ」
「もう、手遅れなんだよ。僕は死ぬ。だったら、お前も道連れだ」
既に覚悟を決めた顔だった。
なるほど、ラオルが言っていた。
マハデヴァに気を付けろ、と。
こういうことだったのか。
妙に余計なことを考えている間に、視界は七色に染まっていた。
「……しょうがない、か」
そして、虹色の光が、俺に直撃したーーーーー。
光はカインに当たったあと、七色の光線となって爆散する。
赤、青、白、緑、紫、橙、黄。
七色の光は荒れ狂うように部屋中を駆け巡った。
そして、光の氾濫が収まったあと、そこには……。
誰もいなかった。
「カインッーーーーーーー!!」
押し寄せる絶望を感じながら、アズは叫んだ。
魔王編終了です。
次回より、ついに“カイン・サーガ”が始まります。