魔王編19
ついに、俺たちは魔王の封印されている部屋へたどりついた。
「む、あれは……」
カリバーンの発した言葉に、俺たちはそれを見る。
立ったまま、身じろぎしない長身の人物。
顔だけが、石の仮面をかぶっているかのように石化している。
いや、あれは封印が顔以外まで解けたということなのだ。
魔王が完全に封印から解かれる前に、ケリをつけねばならない。
ゆらり、と魔王の前で何かが立ち上がった。
まるで鏡でも見ているように、俺に瓜二つの男がいる。
「マハデヴァ……」
俺の呟きに、最後のミニオンは笑う。
「来たな、愚かなる者よ」
「あとはお前だけだ。おとなしくやられろ」
「もう僕をさっきまでの僕と思わないほうがいい。プーテスバラの力をいただき、魔王様の力の欠片を全て集めた僕はマハデヴァ・ラージャ、偉大なる光の王、となったのだ」
マハデヴァ、いや本人曰くマハデヴァ・ラージャは右手を掲げた。
十の欠片が手のひらから浮遊し、衛星のようにマハデヴァ・ラージャの周囲を回る。
「魔王の欠片?」
「そう。ハラの混沌の針の欠片、バイラヴァの五色の刃の欠片、ムンダマーラの竜の目の片割れ……皆がミニオンになったときに魔王様より下賜された魔力の塊だ」
確かに、あれはアレスの黒い刀身の剣の切っ先だ。
俺が両断した片方か。
「凄まじい魔力だぞ、カイン。全員でかかるか?」
カリバーンがエクスカリバーを構えながら、俺に聞く。
あの聖剣の力でマハデヴァ・ラージャの魔力の侵食から守られているのだ。
だが。
「俺一人でやる」
「おい!?」
「あれは、エミリーの仇だ。それに……なんだか負ける気がしない」
マハデヴァ・ラージャの魔力は、確かに今まで相対した誰よりも巨大で禍々しい。
炎の王よりも、アレスよりも、だ。
しかし、俺は負ける気がしない。
「お前が来るか、カイン。いいだろう。僕は僕と同じ顔の君が千年前から嫌いだったんだ」
マハデヴァ・ラージャはその十の欠片から、膨大な魔力を引き出した。
その一つ一つが、街を破壊できるほどの威力を秘めた必殺の魔法だ。
それが十。
縦横無尽に繰り出される死の光線は、逃れることのできない俺を塵一つ残さず焼き尽くすだろう。
奴の思っている通りにことが進むなら。
「千年前なんぞ、知るか」
意識を切り替えていく。
平時の状態から、戦いの状態へ。
戦士の領域へ踏み出し、熟練者の領域を駆け抜け、達人の領域を越え、超越者の領域へ。
アレスや、シュラといった天賦の才を持ったものたちが修羅の戦いを繰り広げているその場所は、一時的とはいえ、世界最強の魔導師となったマハデヴァ・ラージャですら、覗きこむことすらできない場所だった。
なぜなら、奴は戦士ではなく魔法使いだからだ。
限界の先読みで、十の光線の軌道と着弾点を予測、その全てを回避するルートを確認。
確認できるという予測のもと、駆け出す。
駆け出す時には、全身強化魔法、微弱回復魔法、瞬間強化魔法は詠唱済み。
魔法を詠唱すると同時にロンダフの剣は、レーヴァテインをまとっている。
最短距離を駆け抜け、その最後の一歩を踏み込み、レーヴァテインでマハデヴァ・ラージャを斬る。
奴には、俺の攻撃開始時点からの全ての行動が見えていなかった。
だから、奴にとって今の状況はーー気付いたときには死んでいるーーということだ。
「え?」
ずるりと上半身を斜めに落としながら、一瞬の世界最強魔導師マハデヴァ・ラージャは、その名を返上することになった。
「すげ……」
とアズが声を出す。
「仇はとった。エミリー」
俺の独白に、エミリーが喜んでくれているかはわからないが、仇はとった。
そこに。
パリン。
と、乾いた音が響いた。
「石の仮面が……」
グウェンが呟く。
乾いた音の正体は、魔王の顔面を覆っていた最後の封印が外れ、地に落ちた音だった。
最後の封印が解けた音だった。
魔王レイドック・ダスガンはゆっくりと目を開けた。
「知った顔、知らぬ顔。いずれにしても、余は踏み越えていく」
「全員攻撃だッ!!」
目覚めと共に増大していく魔王の魔力が、マハデヴァ・ラージャのそれを超えた瞬間、俺の号令を待たずに仲間たち全員が行動していた。
「“杖”の第13階位“トールハンマー”」
極大の電撃をアベルが放つ。
「“符”の第13階位“ユルルングル”」
収束した水流をベスパーラが放つ。
ガンガーダラのものよりも、アロンダイトよりも力強い水流だ。
やはり、ベスパーラは天才だ。
「ウェブガーディアン」
グウェンが指先から射出した糸は無限の軌道を描いて、魔王に向かう。
彼女も新しい力を見いだした。
「魔神の斧」
モルドレットの魔力が結実した巨大な斧が唸りをあげて魔王に襲いかかる。
「“混沌”の第13階位“ガンガーダラ”」
レルランの魔力に残されたミニオンの力が、発現する。
「震天動地」
シュラが神速の二段突きを放つ。
奴もまた進化している。
「アザゼル、そして“魔”の第1階位“デーモンランス”」
高位魔族が顕現し、魔王に向かう。
そして、それを追うように極太の黒い槍が射出される。
「“杯”の第13階位“クロキマガツミヤシロ”」
フェルアリードが黒く染まった結界魔法を放つ。
着弾した相手を結界に封じ、収縮させる禁術だ。
甦ってからますます厄介な相手になったもんだ。
そして、俺も全力でレーヴァテインを振るう。
今、現在。
ウルファ大陸における最強戦力。
その十の攻撃が同時に魔王に襲いかかった。
「“混沌”なれ、全てを焼き尽くせ“アグニ”」
魔王が応じた魔法は炎の形をとって、十の攻撃を迎え撃った。
アベルの電撃は高温の炎に阻まれ消失。
ベスパーラの水流は蒸発。
グウェンの糸は焼ききれる。
モルドレットの斧は魔力を飲み込まれ消える。
レルランの借り物の水流も蒸発。
シュラは槍を融かされ、全身に火傷を負う前に後退。
魔族アザゼルは焼失。
アズの黒い魔法の槍も飲み込まれる。
フェルアリードの結界は割れる。
ただの一撃で、ウルファ大陸最強の十人の攻撃は瓦解した。
俺のレーヴァテインを残して。
カリバーンのエクスカリバーが咄嗟に発動され、俺の攻撃が潰されないように護った。
敢えて攻撃に参加せず、魔王の攻撃に備えた仲間のおかげで助かった。
「魔王ッ!!」
俺のレーヴァテインが魔王を捉える。
軽く手をあげた魔王の前面に、“アグニ”の炎が集まり、レーヴァテインを阻む。
俺の炎と、魔王の炎は拮抗している。
なんとか、この拮抗を打ち破らないと勝ち筋がない。
俺は、かつて戦った相手のことを思い起こす。
その、炎の王の力を。
「俺に力を貸してくれ、ラグナ。“レーヴァテイン・ラグナロク”」
炎の剣はさらに紅に染まり、力を増した。
その炎の力が、“アグニ”を徐々に押し込み、そして遂に剣が魔王の防御を突破した。
「やはり、お前だ。お前が敵だ……カイン。“混沌”なれ、全てを天則のもとに糺せ“ヴァルナ”」
魔王の手から、深海のような色の水の塊が噴き出した。