魔王編17
「すまないな、カイン」
ハラ=アレスが放った漆黒の剣閃は、ハラ=アレスの後ろに立っていたマハデヴァ=ルーインの腹を抉っていた。
「え?」
嫌なことに、俺とルーインの疑問の声が重なる。
アレスは、仲間のはずのルーインを攻撃した。
「な、何で。何で僕を攻撃した!?答えろ、ハラ!!」
「……お前があまりにも目に余ったからだ」
「なんだと?」
「エミリーとかいう娘の、本性を暴いたこと。やらなくてもよいことだった」
「何をいまさら。僕は勝つためにやった。やらなければ負けていたんだ」
「こう、思わんか、マハデヴァ。わしらはもう千年前に死んでいる。ここにいるのはただの幽霊だ、と」
幽霊が勝つだの負けるだの、意味のないことだ、とアレスは続けた。
「何を言ってるんだ。僕らはまだ死んでない。これからなんだ。これから始まるんだよ」
「……魔王レイドックは直に目覚める。わしやお前が生きていようと死んでいようと。そして、今度こそ全てを滅ぼす。ミニオンだろうと例外は、無い」
「そんなはずはない。魔王様は目覚め、そして僕らは真なる栄光を手にいれ、僕らの千年王国が誕生する」
「それは、お前の願望だ。どう考えたってレイドックが壊したあとの世界を想定しているとは思えん」
「じゃあ、なんでお前はここにいるんだ、ハラ!」
「わしを、わしらの間違いを止めてくれる人間を選別するためだ」
「僕を止められるものか!」
「そろそろ、消えろ。“混沌”の第13階位“ハラ”」
激昂するマハデヴァへ、ハラ=アレスはもう一度剣閃を飛ばした。
咄嗟にマハデヴァが展開した結界も、紙切れのように切り裂いてしまう。
最初の剣閃がマハデヴァの下半身を切り落とし、たった今の剣閃が彼の右肩から下を切って落とす。
それによって、マハデヴァは移動も、攻撃も困難になっている。
それでいて殺さないのは、アレスの慈悲か、マハデヴァの生への執念か。
「畜生。ここまで来て、こんなくだらない裏切りで時間を無駄にするなんて……」
マハデヴァはキッとアレスを睨み付ける。
「覚えておけ。僕は、そして魔王様は決して裏切りを許さない」
残った左腕と口で魔法を唱え、紡ぎ、マハデヴァは空に溶けた。
「逃げたか」
アレスはケイオスニードルを納刀し、カインを見た。
「どういうことだ?アレス」
「わしの裏切りのことか?それとも、わしがミニオンだったことか?」
「どちらも、かな」
「わしらは皆、千年前の人間だ。お主らが古代魔道帝国と呼んでいる時代のな。様々な理由で十人が魔王レイドックのもとに集い、帝国を倒さんとした。その結果、我らは敗れ封印された」
「……」
「わしはおそらく、大地の王ファイレムに封じられていた。その封印が二十年ほど前に解け、わしは目覚めた。不用意に、この時代の人間に力を見せてしまったわしは闘技場に身を寄せた。身を隠したという方が正しいか」
「そのままで、闘技場の大戦士で良かったじゃないか」
「それは考えた。しかし、わしは芯までレイドックの配下なのだ。召集されれば、馳せ参じるしかない」
「なら、なんで俺を鍛えた?」
しばし、迷いを見せてアレスは口を開く。
「レイドックを倒してほしい、と思った。千年前に生まれた魔王は、やはり全てを滅ぼすまで止まらないだろう。わしは単純にこの世界が滅びてほしくはないと思った」
「なら、俺を通してくれ。マハデヴァには奴の言葉の責任をとらせなければならない」
「通したいのはやまやまだが、それでもわしはレイドックのミニオンなのだ」
「あんたを倒していくしかない、か」
「その通りだ。来い、カイン。お前の力を見せてみろ」
返事はレーヴァテインの斬撃で返す。
俺の抜き打ちを、ハラ=アレスは居合いで受ける。
居合いと同時に“ハラ”を射出、俺はレーヴァテインを炎の剣閃に変えて相殺する。
炎の殻が外れて、魂の魔剣が姿を現す。
「あんたの剣を俺は超える!」
俺の気合いが載ったか。
魂の魔剣は、俺の力を百パーセント引き出し、速く滑らかに動き、アレスを襲う。
「覚えておけ、カイン。その炎は……お前の枷だ!!」
受けたケイオスニードルは、魂の魔剣を押さえることが出来ず、真っ二つになった。
「炎は、俺の枷?」
俺の疑問をよそに、アレスは満足げな顔をしていた。
「また、真っ二つか。わしの剣はカインには薪と同じだな」
勢いのまま、魂の魔剣はアレスの体に食い込み、両断した。
それ以上、何も語らず大戦士は散った。
ほとんど何も解決することなく、謎ばかりが増えていく。
しかし、俺は歩みを止めることはできない。
もう、魔王まであとわずかなのだから。
「カイン!?」
聞き覚えのある声にそちらを見ると、床に隠し扉が開いていた。
そこから、勢いよく鎧武者が飛び出す。
俺はそいつの名を呼ぶ。
「カリバーン、か?」
「うむ。そちらは無事か?」
「いや、エミリーが……」
「そうか……残念だったな。頭の回る良い子だった」
カリバーンがアルザトルス式の弔意を示した。
エミリーがそれで喜ぶかはわからないが、カリバーンの気持ちは嬉しかった。
そこで、モルドレットも出てくる。
「上へ行こう。どれだけミニオンを倒せたのか。どれだけこちらに損害が出たのかを把握しなければ」
モルドレットの冷静な声が、俺の焦りを止めた。
見透かされていたのかもしれない。
俺たちの戦っていた謁見の間の下に地下墓地があり、そこでカリバーンとモルドレットがムンダマーラとバイラヴァが戦っていた。
謁見の間を抜けるとそこは、屋内闘技場だった。
マハタパスとシャンカラをシュラとアズが倒した。
「アルフレッドの仇は討ったよ」
傷だらけの顔で、それでも何かを噛み締めるようにアズは言った。
二階に上がると、そこは図書館だ。
そこら中に転がっている破けた古書が激戦のあとを感じさせた。
しかし、そこには誰もいなかった。
「先に行ったのかな」
とりあえず、俺たち五人は先へ進む。
しかし、その足を止めるかのように図書館の壁に穴が開き、そこから大量の水が吹き出してきた。
水は俺たちの通った道を流れ、闘技場、謁見の間、地下墓地へ流れていった。
「やっと出られましたね」
涼しい顔で出てきたのは、全裸のベスパーラとグウェンだった。
「アズ、見るな」
アズの目を俺は手で塞いだ。
アズはもがく。
「ん?ああ、服ですね」
ベスパーラは残っていた水溜まりに手を触れる。
すると、水溜まりが魔力に還元され、その魔力が物質化し、ベスパーラとグウェン、そしてもう一人にまとわり、服と鎧へと変わった。
「え?今何を?」
「水の精霊限定ですが、物質の魔力化、そして魔力の物質化を会得しました」
とんでもないことをさらっと言ってのけたベスパーラに、俺たちは呆気に取られる、ことしかできなかった。
その衝撃のあと、俺達はもう一人の人物を紹介された。
「レルランです。ガンガーダラに乗っ取られていました。モーレリアの侍従です」
まあ、元、ですけどね。
と、レルランは皮肉げに笑った。
新しい仲間を得て、俺達は更に上、最上階である三階へ向かう。