魔王編13
その二人が送られてきた先は、墓地だった。
古い城趾にあるような、地下墓地。
湿って、澱んだ空気が漂っている。
最後の死者が埋葬されて、千年以上たっているからだろうか。
腐臭はしない。
ただ、うすぼんやりと見える骸が。
朽ちた、白い骨、亡骸が山のように連なっているのが見える。
「あまり、気持ちのよいものではないな」
カリバーンは言った。
湿った空気に声が重く沈む。
「確かに」
答えたのはモルドレッドだ。
「他の者らはどうしたであろうな?」
「彼奴らならば、命の危機はありますまい」
「それもそうだな」
カリバーンは仲間達の顔を思い起こして笑った。
「それよりも、こちらのほうが先決かと」
モルドレッドの声の先。
パキリと白骨を踏み越えて、五色の煌めき。
カリバーンは、咄嗟にエクスカリバーを抜き、構えた。
そこへ、衝撃。
「久しぶりだな、アーサー・カリバーン」
その声の主に、カリバーンはその名を呼ぶことで応える。
「バイラヴァ!!」
「おうよ」
そのまま、カリバーンとバイラヴァの二人は墓地の奥へ切り結びながら駆けていく。
そして、もう一人。
待ち構えていたモルドレッドの前に、蛇の目のような光。
「出たな、ミニオン」
「まずは貴様を殺し、奴を殺し、そしてカインを殺す。さっさと殺られるがいい!!」
蛇の目のミニオン、ムンダマーラはモルドレッドへ襲いかかる。
「魔神よ、力を貸してくれ」
モルドレッドの声に、瞬時に黒き獣の鎧が現れる。
それは、彼の内面が魔神ガタノトーアの力を得て顕現したものだ。
その威風に、ムンダマーラの顔にわずかに恐怖が浮かぶ。
しかし、蛇の目のミニオンは動きを止めない。
「そのようなこけおどしの鎧、私には効かぬ」
早口で魔法を唱えると、ムンダマーラはモルドレッドの眼前で跳躍した。
「なにを!?」
「“杯”の第10階位“ボーンウォリアー”、“杯”の第12階位“ボーンソード”、“杯”の第12階位“ボーンアーマー”を三重詠唱だ!」
魔法の発現と同時に、地に満ちる白骨が三人分立ち上がる。
その黒い眼窩に鬼火を浮かべ、カタカタと顎を鳴らす。
さらに、白骨が三体のスケルトンにまとわりつき、鎧と大剣に形を変える。
死者を兵士となすムンダマーラの得意魔法。
「なるほど、ここはお前の得意な場所か。待ち伏せされていたわけだ」
「当たり前だ。お前たちは攻める側、我らが守る側。守る側が有利に決まっている!そして、ここでお前たちは破れ、そして我が魔法の駒に成り果てるのだ!」
そのセリフと同時に三体のスケルトンウォリアーがモルドレッドへ、真っ白い大剣で斬りかかる。
しかし、モルドレッドはまったく動じていなかった。
同時に動くならば到達する時間に僅かに差が生まれる。
最も早く、近づいてくるスケルトンウォリアーに一歩踏み込む。
「戦う姿形とはいえ、所詮は亡骸。生者の知恵も、知勇も、狡知も持たぬ」
であれば、とモルドレッドは続けた。
物言わぬ白骨の頭蓋に突きを入れ、その哀れな亡骸を操るムンダマーラの魔法の鬼火を握り潰す。
ガラガラと音を立てて、白骨の戦士は崩れ落ちた。
「我が敵にあらず」
残りの二体がカタカタとこちらを見て、そして襲いかかる。
モルドレッドは、降り下ろされる大剣に合わせるように滑らかに、相手の懐へ潜り込む。
不意をつかれたスケルトンが対処するより早く、モルドレッドは拳を振り上げた。
空の腹部をくぐり、肋骨をベキベキとへし折り、下顎を割り、頭蓋の鬼火を殴り飛ばす。
その勢いのまま、スケルトンは空へ飛び、空中で崩壊した。
その破片がガラガラと音を立てて地に落ちるころには、モルドレッドは既に動いている。
残り一体となったスケルトンの斬撃を跳躍して回避。
そのまま、スケルトンへ飛びかかり右手で頭蓋を掴み、左膝を叩き込む。
魔法の鬼火は、その膝に潰され消える。
モルドレッドが着地したときには、スケルトンはもとの白骨へと戻っていた。
「馬鹿な……」
「今の私に、あのような木偶は足止めにもならぬ」
モルドレッドはゴキリと首を鳴らす。
力が有り余っている。
「そうか……正直舐めていた。よかろう、あいつらを殺す前にお前も本気で殺してやろう」
ムンダマーラの目が見開き、魔力が集まっていく。
「ぬう」
「この魔王様に賜ったドラゴンの眼に蓄えられし魔力を解き放つ」
ムンダマーラのドラゴンの眼が爛々と輝き、五色の光線を放つ。
そして、ミニオンはその魔法を解き放つ。
「“混沌”の第15階位“マハームンダマーラ”」
魔法に応えて、地下墓地の全ての死者が立ち上がる。
整然と行進し、一つのところへ集う。
それは、術者たるムンダマーラの場所。
ムンダマーラに集まり、そして組上がっていく白骨の檻。
やがて、億劫そうにそれは立ち上がる。
四つの手を持つ白き骨の巨人。
マハームンダマーラ。
偉大なる髑髏を首にかける者。
「なるほど、凄まじい魔法だ。しかし、私は負けん。この双肩にはガッジールの民の未来がかかっているのだからな」
モルドレッドは跳躍する。
殴りかかる四本の腕、四つの拳をかわしながら、巨大な頭蓋骨である顔を蹴る。
ガチガチと歯を鳴らし、白き巨人はモルドレッドを見る。
変わるわけもない顔に、それでもわかるほどの喜悦の色を浮かべ、巨人は殴りかかる。
モルドレッドはその巨大な拳に飛び乗り、腕の骨を滑り降りながら、肩甲骨の上まで移動する。
そこから、有らん限りの力で巨人の頭部を殴り付ける。
割れるまで、砕けるまで、殴り続ける。
だが、パラパラと破片が落ちても巨人の頭蓋には穴一つ開かなかった。
「どうした?打つ手もなくなったか?」
どこからか響いてくるのは、巨人の内部にいるはずのムンダマーラの声だ。
「少し面倒だが……お前の嫌な手を打ってやろう」
モルドレッドは自身の中からあふれでるガタノトーアの、魔神の力を拳に込める。
「何をしているのだ?」
ムンダマーラの疑問に、モルドレッドはなぜか優しく答えた。
「貴様を打ち倒す手段だ」
拳に込められた魔力は、ゆっくりと伸び柄の形となった。
ギュッと握られたそれはやがて一方の端で大きく広がり、刃となった。
それは、斧の刃だ。
モルドレッドの作り出した“魔神の斧”は、ムンダマーラの、モルドレッドが立っている場所から一気に降り下ろされた。
凄まじい抵抗が、両の手にかかる。
それを押し返すように、モルドレッドは刃を沈めていく。
ズブズブと、抵抗を受けながらも斧は白き巨人を切り裂きーー両断した。
モルドレッドは見た。
真っ二つにされ、崩れ落ちていく白い巨人の胸部に、恐怖に満ちた顔で乗り込んでいるムンダマーラの顔を。
「そんな、私の魔法が、私の力が、破れるなんて……」
「眠れ、今度こそ永劫に」
モルドレッドは斧を上に構える。
最早、足場も崩れてモルドレッド自体も落ちていく真っ最中だったが、彼は斧を膂力で降り下ろした。
それは、半身となった白い巨人をさらに両断した。
中にいたムンダマーラもろとも。
白い粉末が地下墓地を舞う。
もはや、死者たちは立ち歩くこともなく。
永久に眠り続ける。
新たな仲間、ムンダマーラもともに。