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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
169/410

魔王編10

深い深い闇の底。

今は廃棄された黒の魔力炉の中で、彼は蠢いた。

散逸していた意識、彼を形成する魂が再びより集まり、彼として目を覚ました。

死、という終わりに抗おうと生前から色々と画策していたのが功を奏したようで、彼は彼として再生しようとしていた。

それもこれも、優秀な弟子たちのおかげだ。

彼らの知見には驚かされる。

数十年を研究に捧げた彼の思惑を、遥かに超えて思いもよらぬことを見つけ出す。

例えば、炎の虎の名を持つ魔法使いとしての弟子は、エンチャント技術と魂の類似性に着目し、二つの魂の並列ではなく、一つの魂に複数の働きをさせるという研究結果をもたらした。

その他、大勢の弟子らの文字通りの献身の結果。

彼は帰ってきた。


闇の底から、彼は移動を開始した。

既に、闇のゲッシュ魔法によって、依り代たるディラレフの一部は黒の魔力炉と繋がっている。

魔力の流れに乗って、ディラレフの魂に侵入。

そう、二つの魂ではない。

一つの魂となるのだ。

ディラレフの感覚器官が感じている外の情報が微かにこちらにも伝わってくる。

獣のパーツを宿した魔人、あれはパシュパティだ。

遠い昔に、ジャンバラ王と共に目覚めさせた記憶が甦る。

自らを知恵者と“思い込んだ”愚か者だ。

今だってそう。

この局面は、分断された二人を足止めすれば事足りる。

プーテスバラのように。

いずれ魔王が目覚めれば、ここに来た十人程度物の数にもならぬ。

それまでの間、時間稼ぎをすれば良いのだ。

そもそも、二人ずつ分けたのが解せない。

二対二を五回やるのと、一対十を十回やるのとではどちらが勝率が良いかなど幼子でもわかること。

いや……それが狙いか?

少しでも、こちらとあちらの人数を減らしたい者がいる、と?

まあ、いい。

ここで蘇生すれば、盤面はひっくり返る。


そこへ、パシュパティの爪がディラレフの心臓を抉る映像、感触、痛みが伝わってきた。

急速に、ディラレフの魂からディラレフという情報が霧散していく。

死んでいく。


ここだ、と彼はディラレフの魂の乗っ取りを進めた。

死んでいくディラレフには抵抗はまったくできない。


「“杯”の第7階位“アストラルフォーミング”」


物質世界、即ちこの世に彼の声が響く。

“彼”が唱えた魔法によって、ディラレフのものだった肉体は、その魂に相応しい形に再形成された。

青色の髪は、灰色に。

筋肉質だった肉体は、しなやかで動きやすいながらも力仕事をしていないような体に。

若々しい顔は、年齢がわからなくなり。

青い鎧は、灰色の法衣に。

砕けた青い水晶の刃は、灰色の水晶の杖に。

その変化を、驚愕の表情を浮かべて見ていたアベルは彼の名を呼んだ。


「まさか、“灰色の迷宮”フェルアリード・アメンティス、だというのか?」


「呼んだかね?」


かつて、砂の王国で内乱を企て、カイン達によって阻まれ、そして死んだ男。

フェルアリード・アメンティスがここに再生した。


「姿形が変わった程度で、私に勝てると思うてか!」


パシュパティが再度、トドメをさそうと爪を振るうーーが、それ以上パシュパティの腕は動かなかった。

見れば、フェルアリードの周囲を黒い結界が囲っていて、そこから這い出た黒い腕がパシュパティの腕を掴んでいるのだ。


「勘違いしている。君たちミニオンには用はないのだ。ここには魔王に成りに来たからね」


「なに!?」


「引けッ、パシュパティ!」


何かを察したか、焦ったように叫ぶプーテスバラだったが、その警告は間に合わない。

ボキボキと嫌な音がして、パシュパティの掴まれた右腕が握りつぶされていた。

獅子のようなたくましかった腕が、枯れ木のように細くねじ曲がっている。

ヒュウとパシュパティが息を吸い込む音。

そして、一拍遅れて絶叫。

痛みを訴える叫びが、図書館に響く。


「やれやれ、図書館では静かに、と教わらなかったかな」


フェルアリードが何かを投げる動作をする。

それに呼応して、魔力が透明な輪のような形をとり、パシュパティの首に巻き付いた。

反応する間も無く、首が締まる。

叫びは止まった。

呼吸を止められた苦しさに、パシュパティの顔が歪む。

唇が紫へと変わり、苦悶の形相はますます強くなる。

それを薄く笑いながら、フェルアリードは見ている。

パシュパティの体躯の獣の要素が消失していく。

戦闘用に使われていた魔力が、生命維持に回されているのだ。


「苦しいかね?魔導師はなかなか死ねないから、大変だろう。魔力が命の失せるのを拒むからね」


フェルアリードは、限界に近いパシュパティを見ているだけだ。

実のところ、プーテスバラが何度か魔法でフェルアリードを攻撃している。

しかし、黒い結界がそれを阻んでいた。

その上で、パシュパティをいたぶっている。


「お、のれ」


パシュパティは声にならない声で叫ぶ。

声なき叫びにも、フェルアリードの薄い笑いは消えない。


「そうそう。君の奥の手であろう“風の王の幻影”は既に使えないよ」


「!?」


「あれは著しく、この場の風の魔力を消費するからね。それを逆手にとって、この場から一切の風を消しておいた」


いつの間にか、どんよりと空気は淀んでいた。

風が止んでいる。


「!!」


「風の守護者の一族の奥義である“風の幻影”をさらに発展させた魔法、なかなかに見事だろうが今見る気はないね」


絶望の表情を見せたパシュパティに、フェルアリードは薄い笑いのまま言葉を続けた。


「そして、君は地味な魔法に首を絞められ、死ぬ。千年待って、十数年待って、無駄に死ぬ」


ゴトリ、と床にパシュパティの肉が転がった。

埃が舞い上がり、その肉を包む。

魔力を使い果たし、事切れたパシュパティを一目見てフェルアリードは笑みを消した。


「やはり、あなたは生かしておいてはいけなかった」


アベルが何かをこらえるようにフェルアリードに言った。


「気に病むことはない。魔王を倒すまでは君らの仲間であることに変わりはないのだから」


「それでも、あなたは危険過ぎる」


「そんなことは後でいい。プーテスバラはどうしたのかな?」


ハッとして、アベルは辺りを見渡す。

しかし、プーテスバラ=ラオルの姿はない。

気配も、魔力も無くなっている。


「逃げられたか」


「足止めに失敗すれば、あとは戦力を固めて迎え撃つしかあるまい。やはり、一流だな」


フェルアリードは歩き始めた。


「どこへ行く?」


アベルの問いに、フェルアリードは再び薄い笑いを浮かべる。


「決まっている。魔王のところへだ。君は来ないのかな?」


フェルアリードを見て、アベルはゾクリと背筋が震えた。

この時代でも、苦労させられそうだ。

と、頭の隅で思った。

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