魔王編06
抱いていた淡い希望は消え去った。
ゼルフィンは既に臨戦態勢であり、付き従うデヴァイン兵たちも武器を手に取り、殺気を押さえようともしない。
襲いくる兵士らをあしらいながら、俺は叫ぶ。
「あんた、わかってんのか!?封印が解け、魔王が目覚めてしまう。俺達は魔王を止めに来たんだ」
もし、ゼルフィンが魔王の魔力によって操られているのだとしたら……。
倒してでも進まなくてはならない。
けれど、相手は第13階位の魔導師、伝説の五人の一人だ。
全員が無事に進めるかはわからない。
一人や二人は覚悟しなくてはならない。
「私が、魔王に操られる?」
ゼルフィンはそこで笑う。
「何がおかしい?」
「私はいたって正気だよ。この先が魔王の城だということも、君らが魔王を止めにいこうとしていることも承知の上だ」
「なら、なぜ!?」
「今の君らにはわからんよ」
そこで話は終わりだと言うように、ゼルフィンは手を振った。
四方から兵士が殺到し、俺を包み込むように武器を繰り出す。
その剣先を、穂先を、払いながら、かわしながら、防ぎながら、俺はゼルフィンを追うべく前に出る。
何が目的なのかはわからないが、ゼルフィンを放っておいたら俺達はこの先へと進めない。
しかし、ゼルフィンは俺に背を向けゆっくりと戦場から去ろうとしている。
そこへ。
俺の聞き覚えのある声がした。
「“支配者”よ。それ以上、そやつらの邪魔をいたせばわしが相手になろう」
白い帽子の先はぐにゃりと曲がって後ろに垂れ、顔を隠すように生えた白い髭は胸元まで伸びている。
白い法衣、そして樫の杖。
「あ」
と、アズがなぜか声を出す。
「“大賢者”」
ゼルフィンの言ったことが、その老人を物語っていた。
“大賢者”マーリン・ディラン。
当代随一の魔法の使い手にして、驚くべき博識を誇るプロヴィデンス帝国の頭脳。
俺の育ての親。
「マーリンじいさん……」
マーリンは俺のほうを見て、にこやかに微笑んだ。
「頑張っておるな、カイン。強くなったようじゃ。ここはジージに任せておけい」
「大賢者殿が来るとは思いませんでしたが……まさか、一人で私に勝てるとお思いか?」
「ほっほ、誰が一人と言ったかね」
口髭に隠れた大賢者の口元に笑みが浮かぶ。
そして、遠くから近付いてくる甲高い音。
カカカカカカカカカ、と連続で聞こえてくる。
それが遂にここに現れる。
女の姿。
両の手に持った短剣はギラリと輝き、その鋭利さを見せつけている。
「師匠も……」
「策も立てずにノコノコと戦場に来るな、未熟者」
俺の剣の師匠、スフィア・サンダーバードがそこにいる。
その後から、ボトボトと重いものが地に落ちる音がする。
見ると、デヴァイン兵らの武器、剣やら槍が全て両断され、刃や穂先が地に落ちていた。
あの音は、デヴァイン兵の武器を連続でぶったぎっていた音だった。
流石に伝説の五人の一人“軽業師”だけある。
「“軽業師”か。半端者の魔導師もどきめ」
「その半端者に、あんたのご自慢の兵卒無効化されてんだけどね」
スフィアの軽口に、ゼルフィンの顔に苦いものが走る。
「ということは?」
アベルが何かを察知したように、呟く。
と、同時にあたりに拡がる冷気。
ガキガキとデヴァイン兵が生み出された氷の塊に包まれていく。
一瞬で周囲は氷のオブジェに囲まれる。
「元気そうね、アベル」
“氷雪の女王”イヴァ・ルイラムの面目躍如たる氷の広範囲攻撃だ。
「イヴァ様……」
「伝説の五人が四人も揃うなんて、空前絶後だな」
感嘆したように、カリバーンが呟く。
アレスの爺さんも来れば、全員揃うんだがそうもいかないか。
「揃いも揃って、私の邪魔をしにくるか」
「俺の人徳だな」
「君のような若輩者に、私の目的などわかるまい」
ゼルフィンが憎々しげな目で、俺を見る。
「俺にだって目的はある。若いかどうかなど関係ないだろ」
「そうだな」
俺と、ゼルフィンの間に割り込んできた力強い声。
それは……誰だ?
白髪混じりの髪には似合わない若々しい顔付き。
誰かに似ているような気がするが。
「あんたも来たの?ロアゾーン」
スフィアが呆れたような顔で、やってきた男を見る。
「師匠、あれ誰?」
「さあ」
答える気のないスフィアに代わって、カリバーンが答える。
「レインダフの天騎士ロアゾーン・カドモンだ」
「レインダフの……最強の騎士。カリバーンとどっちが上かな?」
俺の軽口に、カリバーンは困った顔をした。
自分が下とは言わないんだな。
グラールホールド最強の騎士とレインダフ最強の騎士。
どちらも心強い味方だ。
あたりを見ると、曲剣使いの壮年の男と、カルエンさんも戦いに加わっている。
グウェンとアズが、ダインさん、と言っているのが聞こえたが高名な剣士なのだろうか。
その他にも、数十人が俺達の行く手を切り開くように戦っている。
よく見知った顔もある。
「行くがいい、カイン」
「行きなさい、バカ弟子」
マーリン爺さんとスフィアは俺にとって、大事な家族だ。
魔法と剣の先生で、その他にもいろんなことを教えてもらった。
その二人に送り出されるなら、無様な格好は見せられない。
「行ってくる!」
仲間たちに目配せして、俺は走り出した。
駆けつけてくれた人達が、切り開いた道を駆け抜ける。
全速力で進むと、戦場は過ぎ去っていった。
代わりに、目の前に不吉な輝きを放つ城が見えてくる。
古代魔道帝国の黄昏に、帝国全土を敵にまわして破壊と混乱を巻き起こした魔王レイドックの居城。
その呼称に反して、その城は美しいものだった。
城壁は上品な象牙色に塗られ、屋根は艶消しの黒。
市街を内包する形式の城ではない。
城主と一部の家臣だけが暮らすための、そしてそれにしては広大な、城。
しかし、その城のあちらこちらから、淡い光がふわりと浮かび空中で消えていく。
その光は蛍にも似て、美しく、そして儚い。
これは魔力。
城の封印こそ解けたが、魔王自体にも強力な封印が施されている。
その封印をすり抜けて出てきた微かな魔力が、ああして空中へ放たれ消えていくのだ。
「着いた、な」
誰かが言った。
みな、同じ気持ちだ。
「魔王の目覚めまで、あとわずかだと思う。時間的猶予は少ない。けれど、俺達の力があれば倒すことができる」
俺は言い切った。
皆の顔に笑みが浮かぶ。
「自信持ちすぎ」
アズが苦笑混じりに言う。
「敵は魔王だけではありません。十人のミニオンもいます」
冷静なベスパーラが問題を話す。
俺は頷く。
「全員生きて帰れないかもしれない」
「軍師の私が一番覚悟してるわ」
エミリーがそう言って笑う。
「主に、どこまでも付いていく覚悟でござる」
シュラがこちらを見る。
「けれども、絶対に、この世界は守って見せる」
「守るのは私の専売特許だ」
カリバーンが自信ありげに頷く。
「無論、世界を守ることは国を守ることにも通じるからな」
モルドレットも続く。
「俺達を送り出してくれた皆のためにも」
「そうですね」
イヴァのことを思い出したか、アベルがしんみりと言った。
「そう、ですね。うん」
グウェンも頷く。
「お前はどうなんだ?」
俺は、一度は敵として戦ったディラレフに聞いてみた。
「さあ、な。後ろから刺しはしないぜ?今は、な」
皆の決意を聞いて、俺は覚悟ができた。
「行こう」
俺達は、魔王の城へ足を踏み入れた。