魔王編04
「今夜。俺達は出発する」
イクセリオン修道院に集まった仲間たちに俺は告げた。
全員が頷く。
「目標は、デヴァイン北部の古代遺跡、通称“聖域”」
「“聖域”が魔王の城だっていうの?」
エミリーの疑問に俺は答える。
「そうだ。だからこそ、ここが集合場所なんだ」
「そう、なんだ。わたしたちそんなところで暮らしてたんだ……」
「おそらく、あんたが出会ったミニオン。マハデヴァはそこから来ていたと思う」
「ああ……そういえば」
「と、言うわけで自己紹介をしよう」
「は?」
全員の口から疑問の声がもれる。
「彼を知り己を知れば百戦危うからず、と古人も言っていただろ?お互いを知ることでパーティー内の結束を深めよう」
「じゃあ、まずはお前からするべきだな?」
「わかったよ。じゃあ俺からな。俺はカイン・カウンターフレイム。出身はクード村、得意魔法は“剣”、武器はロンダフの剣、戦闘スタイルは攻撃強化の前衛」
「次は私が行こう。私はアーサー・カリバーン。出身は北方大陸のオータムファーム王国、国を出てウルファ大陸へ渡りグラールホールドへ仕官した。そこで運良くアルザトルス神殿騎士団を任された。グラールホールドが陥落した後は炎の王と行動を共にしていた。その後は、まあ冒険者のようなことをしていた。得意魔法は“符”、武器は聖剣エクスカリバー、戦闘スタイルはエクスカリバーの加護による防御と妨害魔法による足止めを組み合わせたタンクだな」
「それでは次は私ですね。私はベスパーラ・ランスロー。出身はグラールホールド。アルザトルス神殿騎士団を経て、今はモーレリアの商人ギルドを取りしきってます。得意魔法は“符”、武器はレイピア、戦闘スタイルは飛燕流という剣術と魔法を併用したダメージディーラーですね」
「じゃあ次はわたしね。アズ・リーンと言います。出身はガッジール。得意魔法は“魔”。精神や魂をガリガリ削る魔法です。武器、というか持っているのはロンダフの杖。戦闘スタイルはさっきの精神削りと魔族召喚の合わせです。召喚する魔族によって物理、魔法、補助、なんでもどうぞ」
「では、次は私が。グウェン・ブラン・ヴィアと申します。出身はオータムファーム王国。好きな飲み物は果実水。得意魔法は“剣”、武器は片手剣と指先から射出する糸です。戦闘スタイルは“軽業師”仕込みの短剣術と操糸術を組み合わせた妨害メインです」
「私の番だな。私はモルドレット・ガッジール・バニジュ。出身はグラールホールド。今はガッジールの王として国を治めている。得意魔法は“杯”、武器はこの両の拳だ。戦闘スタイルは魔法で回復しつつ超近接に持ち込むインファイターだ」
「それでは僕が続けさせてもらいます。僕はアベル・ゼバブ。出身はルイラム。得意魔法は“杖”。風属性の魔法はオースでブーストしているので、無詠唱で第13階位を放てます。戦闘スタイルは純粋な魔導師。圧倒的な攻撃力を見せてあげましょう」
「それがしはシュラ・アンティラ。ヤクシ族アンティラ氏族の生まれにござる。魔法呪術の類いは簡単な“槍”の術を使うのみ。武器はこのヤクシの里伝来の槍にござる。戦闘の場においてはヤクシの戦士らしく戦うのみ」
「最後は私ね。私はエミリー・ダンフ。出身地は不明だけど物心ついたときにはここデヴァインにいた。得意魔法は特になし、なんだけど植物限定の死霊術を使えます。戦いのときは全員の状態を把握して指揮を執りつつ、アンデッド植物を利用して足止めしたりします」
エミリーの紹介でここにいる全員の、九人の自己紹介が終わった。
「どうする?」
「お前が決めろカイン。リーダーはお前だ」
カリバーンの声で、場の雰囲気が決まる。
また、俺がリーダーらしい。
どうするか、決めなきゃならない。
九人のまま出発するか。
まだ見ぬ十人目を待つか。
しかし、決断する必要はなかった。
「待たせたようだな」
イクセリオン修道院の扉を開け、入ってきたのは以前より青さが薄れ、灰色にも見える髪の持ち主だった。
青い鎧も塗装が剥げて、灰色の下地が見えている。
だが、それによって貧相な印象は受けない。
どちらかと言えば、歴戦の戦士という雰囲気すら感じる。
俺はそいつの名を呼んだ。
「ディラレフ……」
「そうだ。ディラレフ・ストレージだ。得意魔法は“剣”、武器は片手剣、戦闘スタイルは持ち前の高回避能力を活かした攻撃専門」
どうやら、奴が十人目らしい。
よほど変なのが来たら黒騎士が止めるだろうから、まず間違いなくこいつも仲間、らしい。
「僕の聞いた噂では、リィナ・アメンティスの造った教団“灰色の再誕”は“灰色の英雄”たるレイドックの復活を目的としている、のですよね?そして、その教団の看板ともいえる“青の騎士”ディラレフがどうしてこっち側にいるのですかね?」
ディラレフは薄く笑った。
「事情があるのさ。深い事情がさ」
「まあ、詳しくは聞かないさ」
俺達の邪魔をしなければ、どう動こうが構わない。
既に月は登り始め、太陽は沈んだ。
薄暗くなった室内に、不意に明かりが灯る。
ランプを持ってきたのはカルエンさんだ。
隙のない歩き方、デヴァインに来て出会ってからずっと感じていた。
この人は強い。
そして、カルエンさんは柔らかい声で全員に語りかけた。
「このような暗いところで集まって話していると、悪しきモノを呼びますよ」
「カルエンさん……?」
カルエンさんに育てられたエミリーが、初めて見るようにカルエンさんを見ている。
今まで見せたことのない、カルエンさんの横顔。
「私はかつて冒険者として、大陸を巡っていました。多くの敵と戦い、多少の才能と武芸の技術でそれらを打ち負かしてきました。しかし、私は敗れた」
「思い出した。“炎の娘”カルエン・ラル・イクス」
ベスパーラが驚いたように口にする。
それは“伝説の五人”に次ぐ活躍を誇るウルファ大陸の英雄“二十人の英雄”の一人の名だからだ。
「そう、そのころはそう呼ばれていましたよ。ロアゾーン・カドモンやダイン・ブラッドなんかとともに」
レインダフ最強の天騎士や、流浪の魔戦士の名が出てきて十人がざわつく。
「んで?そんなロートルさんが何の用なんだい?」
ディラレフが興味無さそうに口を挟む。
エミリーが睨み付けるが、まったく気にもしていない。
「そうね。これ以上時間稼ぎも出来ないし、話を進めようかしら」
時間稼ぎという言葉に、俺は違和感を覚えた。
「時間稼ぎ……?」
「丁度真夜中。日付が変わり、魔王レイドックの封印が解ける日になりました。と、同時に四大精霊王によって聖域にかけられた封印も解け、あなたがたが聖域即ち魔王の城へ突入できます」
「カルエンさん、なんでそんなこと知って……」
「よく聞きなさいエミリー。その封印が解ける瞬間に聖域の周囲には千年に渡り蓄積された魔王の魔力が吹き荒れています。それは様々な状態異常を引き起こすでしょう」
「あんた、それを防ぐために?」
見直したようにディラレフが言う。
「さあ、行きなさい。あなたがたの肩に世界の命運がかかっている、とまでは言いません。ですが、どうせならやるだけやって来なさい。いいですね?」
はい!とエミリーが習慣的に返事をかえす。
「よし、行くぞッ!」
俺は号令をかけ、立ち上がった。
そして、外へ向かう。
目指すは聖域、いや魔王の城。
十人の出発を見届けて、カルエンは思わず座り込んだ。
あまりにも強い気に当てられて、精神力を削られたかのようだ。
気丈に振る舞ってはいたが、彼らの力の片鱗ですらとてつもないプレッシャーを感じさせた。
「全盛期の私たちより強いのではないのかしら」
「そうだな。“二十人の英雄”を超えているな、奴ら」
いつの間にか、黒騎士がやってきていた。
カルエンは慣れているのか、驚きもしない。
「あの子達に言ったことは本当なの?」
聖域の周囲に魔力が云々で危険、という情報は黒騎士から聞いたのだ。
「本当さ。今頃、ゼルフィンの軍隊が巻き込まれて大変なことになっている」
「あらあら“支配者”様も大変ね」
「少しでもベストな条件で戦わせてやりたいからな」
「ええ」
月は登りきり、あたりを薄く照らしている。
ほとんどの者が知らないところで、薄暗い明かりの下で、世界の命運を決める戦いが始まろうとしていた。