魔王編02
「会計監査員の人数を増員してください。デヴァイン支部の経理を正常化しないといけません」
モーレリア商人ギルドのギルドマスターとして、ベスパーラはデヴァインに新たに支部を作っていた。
奪回軍特需ともいえるデヴァインは、戦後も考えるとまだまだ発展の余地がある。
その機会を失うわけにはいかない。
あたふたと走り回る若手の商人やギルドのスタッフの間を器用に抜けて、グウェンがやってきた。
手にしたトレイには、温かな紅茶が置いてある。
紅茶をベスパーラに差し出しながら、グウェンは感慨深げに言った。
「商人の皆さんも大変ですのね」
「ええ。世の中はそろそろ商人が動かす時代に入るでしょう」
「王や貴族、ではなく?」
「そうです。王や貴族といった方々は安寧の中で力を失っていくことに気付いていない。金と流通を手にした商人たちが力を握っていくのです」
「けれど、王や貴族たちが兵を動かせば商人たちは従わなければならないでしょう?」
「その兵たちが従えば、ですけどね」
「命令に従わない兵というのはどういうことです?」
「単純にとらえれば、お給料ですね。ちゃんと働かねば給料ダウンと言われている時、商人からこっちの私兵になれば給料二倍、と言われれば?」
「それは、考えちゃいますね。けど愛国心とか忠誠心とか、あるでしょう?」
「そういう人は、普通王族や貴族の出身でしょう。つまり国が無くなれば給料もなくなる」
「はぁ、なるほど。王や貴族も大変ですね」
「まあ、そろそろとは言いましたが十年やそこらじゃそんな時代は来ませんよ。商人達より王や貴族の方がまだ強いし、商人達は金の強さに気付いていない」
「でも、あなたは商人の側にいますよね?」
「私はただ、時代の流れを早くしているだけですよ」
「どうしてです?ベスパーラ様も貴族の出身ですよね?」
「まあ、私の母国であるグラールホールドは滅びてますし、貴族の出身なんてのは私にとっては何の箔にもなりません。次男坊ですしね」
「それだけで、ですか?」
「いえ。私は商人達の時代の方が大陸の平和に繋がると、そう思っているだけですよ」
「商人のほうが平和になる?」
「そうですよ。血筋だけで国を治めている方々より、才能でのしあがってきた商人のほうがマシです」
「そうですね。私も父に勝てる気がしませんし」
北の大陸にいる父親、母国の将軍である父親のことを思いだし、グウェンはため息をつく。
「王候貴族の時代、商人の時代、軍閥の時代、そして民の時代。ウルファの発展のために流れを進めていきたいだけなんです」
正直、ベスパーラの言っていることは半分も理解できない。
商人の時代まではなんとなくわかったが、その次に言っていた軍閥の時代とはなんだ?
軍人が王権を握るのか?
それは今の王候貴族とどう違うのだ?
そして、何よりも民の時代というのが完全に理解不能だ。
ベスパーラの思想は中世のこの時代では異端で、千年ほど先を行っている。
ベスパーラの進めたこの時代の流れが、千年を九百年にするのか、五百年にするのかはわからない。
ベスパーラにもわからない。
「ベスパーラ、いるか!」
商人ギルドの扉を豪快に開け放ち、入ってきたのは朝から東の森のモンスター退治に行っていたカインだった。
後ろから、疲れた顔のアーサー・カリバーンも入ってくる。
「どうしました?」
「剣を入手したいんだが……」
そう言って、カインが取り出したのは柄の先からドロリと熔けた鋼の剣だった。
カインの話を聞いたベスパーラは顎に手を当て考え込む。
「量産ものの鋼の剣では、あなたの発する炎に耐えきれない、と」
「そういうこと。レーヴァテインを使うごとに鋼の剣一振り消耗していちゃ戦いにならないからな」
「それは了解しました。しかし、今のデヴァインでは良い武器の入手は難しいでしょうね」
「だから、あんたに頼んでる。モーレリアを影から牛耳る大商人なんだろ?」
「それは……否定しませんが」
「否定はしないんだ」
「今の交通状況では良い武器の移動は困難です」
最も状況の良いデヴァインですら、長期の対陣で軍事費がかさみ、治安が悪化している。
中原諸国の状況はさらに酷いと言わざるをえない。
その状況で高価な品を運ぶことに、抵抗はあるだろう。
「だったら、私の持ってきた物を使うと良い」
新たな登場者の声に、思わずベスパーラは立ち上がった。
「モルドレット……」
「久しいな、ベスパーラ。それにアーサー殿、グウェン殿、ようやく到着しました」
かつて、ベスパーラの上司として共にガッジールへ行き、そして夢破れた男。
モルドレット・バニジュ。
「あなたは、いえ、あなたもここに?」
「そうだ。魔王の復活を阻止し、世界の平和を守るためにな」
その言葉に、カリバーンが頷く。
彼は了解済みだったようだ。
妙な因縁だ。
かつて、同じアルザトルス神殿騎士団の一員だった三人が道を違え、それぞれの道を進み、ここでこうやって再び出会った。
ベスパーラが感慨にふけっている間に、カリバーンがモルドレットと話していた。
「何を持ってきたのだ?」
「うむ。当座の運営資金を得るために、旧ガッジール王朝の財宝を持ってきた。商売ならモーレリアが一番なのはわかってはいましたが、デヴァインに支部ができたと聞いて渡りに船と思いまして。まさかベスパーラがいたとは思わなかったが……」
そこまで聞いて、ベスパーラは動く。
「旧ガッジール王朝の財宝、ですって?」
「そうだ。言っておくが盗んだものではない。住民の了承を得て持ってきたのだ」
「見せてください。すぐに」
表に待たせた馬車に、荷を積んであると聞いてベスパーラはすぐに外に出る。
残された面々も、財宝に興味が出たらしく外へ向かう。
ベスパーラは荷を素早く、そして細心の注意をはらって鑑定する。
「凄い。今まで流出しなかった逸品ばかりだ」
「で、どれくらいで売れそうだ?これに、ガッジールの民の生活がかかっているからな」
「ざっとこれくらいですね」
ベスパーラの示した額は見たこともない大金だった。
しかし、モルドレットは渋面だ。
「いや、大金過ぎることはわかっている。しかし、今のガッジールにはその額では不足なのだ」
「わかりました。では、この財宝を担保にこの金額を融資します」
ベスパーラが示したのは国家予算並みの大金だった。
ここにいる誰も見たことはない。
「この金額を、貸す、というのだな?」
「ええ。ガッジールの未来への投資です」
「ガッジールが破綻したらどうなる?」
「モーレリア王国ごと吹っ飛びます」
「そうか……恩に着る」
「というわけで」
と、ベスパーラはカインの方を見た。
「なんだ?」
「モルドレット。彼に相応しい剣を」
モルドレットは、カインをじっと見る。
そういえば、この二人は初対面だった、とベスパーラは気付いた。
やがて、モルドレットは財宝の山の中から一振りの剣を取り出した。
「君が噂に名高いカイン・カウンターフレイム、だな?」
「どんな噂やら」
「この剣は曰く付きだ。それでも貰ってくれるかな?」
その剣は吸い込まれるような深い色の刃をしていた。
何かの古代文字のような紋様が刻まれている。
「曰く付き、とは?」
「これは、ロンダフの剣だ」
モルドレットは静かにそう言った。