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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
158/410

セトラール編

新たな年を迎えたウルファ大陸に衝撃が走った。


昨年、炎の王との抗争で半壊した神聖皇国グラールホールド。

教皇の失踪及びアルザトルス神殿騎士団の解散によって、統治機構が失われ貴族の合議制でなんとか国家の体裁を保っていた。

そこへ、ある集団が現れた。


集団の長は、セトと名乗った。


精強な軍隊によって、グラールホールドの要地を瞬く間に制圧。

貴族議会を抑え、国名をセトラールへ変更、その初代国王に即位した。

鮮やかな国家簒奪に、周辺諸国はほとんど行動できなかった。

とはいえ、その周辺諸国もそれぞれ問題を抱えていて動きがとれなかったのだ。


モーレリアは、首都が半壊。

女王が死亡、女王補佐が重体という国家の危機的状況だ。


レインダフは、専守防衛を貫き動かない。


ルイラムは政変。


コレセントは壊滅状態。


プロヴィデンス帝国は、執政の失踪によって政務が滞り、動くに動けない。


唯一、行動できたのはデヴァインだけだった。

首都周辺のモンスター討伐すら放置して、元グラールホールド奪回軍を編成、グラールホールドへ配置している。

その指揮官は誰あろう“伝説の五人”の一人“支配者”ゼルフィンだった。

第13階位の魔導師であるにも関わらず、デヴァインの将官の軍服が妙に様になっている。

短く整えた髪は、青く見えるほどの灰色。

険しい表情だが、それでも割りと整った顔。

三十六という若さで、第13階位にまで登り詰めた天才。


「なんです?」


グラールホールド、を臨むホワイトステップ平原に築かれた陣地でゼルフィンは側近に尋ねられていた。


「この戦いの目的が、グラールホールドの利権を得ることではないか、と?」


口元を扇で隠し、ゼルフィンは側近に答える。

確かに、グラールホールドの領地は豊かであり、支配下に置いておけば国はもっと発展するだろう。

だが、ゼルフィンは首を横に振る。


「違います。私は真剣にこの大陸の未来を憂いているのです」


側近の不審そうな顔にあえて何も言わずに、ゼルフィンはグラールホールドの九つの塔を見た。


言えるわけがない。

セトラールを名乗る砂の王国の亡命者のブレーンが魔王のミニオンなどと。


現在の各国が動くに動けないこの状況は、魔王のミニオンどもの働きによるものだ、という調べはついていた。

モーレリアも、レインダフも、コレセントも、ルイラムも、あるいはプロヴィデンス帝国でさえも。

みな、魔王のミニオンの干渉、攻撃を受けて機能不全に陥っている。

ここでグラールホールド領を捕られたら、本格的に魔王の侵攻が始まるのは間違いない。

で、あれば無傷のデヴァインがこれを食い止める防壁となるしかない。

ある種の、悲壮な決意をもってゼルフィンは戦場に臨んでいた。

奪回軍が組織されてから数ヶ月。

いまだ目的は果たされていない。


デヴァイン陣を上から見ている。

セトラール王国の、初代国王となったセトである。

ラーナイルでの内乱に失敗し捕らえられた彼は、ラーナイル王ホルスの不在を狙い、砂の王国を脱出した。

艱難辛苦を経て、統治機構の崩壊したグラールホールドを侵略し、この地を得た。

ようやく、己の王国を手に入れたのだ。

その顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。

その前に、膝まずいているのは暗緑色の鎧の戦士アルフレッド・オーキス。

炎の王を巡る冒険より、セトの元へ帰参したセト軍最強の戦士。

本来ならば、彼はこのセトラール王国軍の総司令官でもおかしくない実績と実力の持ち主だった。

しかし、セトは彼に前線の一軍の将として戦うように命じていた。

今も、戦果の報告をしているアルフレッドをセトは冷たい目で見ているだけだ。


「で、あります。デヴァイン兵を退け、敵陣まで押し込めましたことを報告します」


「そうか」


それきり、セトは興味を失ったかのようにアルフレッドを見ない。

セトの周りには、セトラールの諸将が並んでいたが、皆様々な表情でアルフレッドを見ている。

砂石の谷時代からの配下達は、アルフレッドの扱いに対し王への不快感を噛み殺している。

ラーナイルの脱出時に加わった、ラーナイルの将らは愉快そうに。

グラールホールドの残留軍の指揮官らは、どういう態度をとるか迷っているようだ。

そして、そのすべてを超然とした瞳で見る男が一人。

黒い布地に、金の刺繍の法衣をまとった男。

若いのか、老齢なのかよくわからない。

そして、その容姿で一番目を引くのは口元をおおう牙の仮面。


「どうするべきかな?シャンカラ」


セトはアルフレッドから、目をそらし牙の仮面の男に話しかけた。

牙の仮面の男、シャンカラは丁寧な口調で答える。


「とりあえずは、このままでよいか、と」


「攻められ続けろ、と?」


「デヴァイン本国の守備兵も手薄になるほどの奪回軍です。軽く揺すってやれば、帰還命令が出るでしょう」


「ほう、どう揺する?」


「既に、デヴァイン周辺にドラゴンをはじめとした魔物の一団が現れ、首都を襲おうとしている、という情報を流しています」


「なるほど、そこで恐れをなして国王をはじめとした貴族らは、己の身を守ろうと軍を引かせるわけだ」


「そうです。そして、もう一つ」


「もう一つ、とは?」


「冬が来ます。セトラール建国の前、デヴァイン周辺の作物を買い取っており、規模の大きな奪回軍は補給も出来ずに冬を越すことになります。そうなれば、奪回軍の兵の意思は帰還に傾くでしょう」


「なるほど。これこそが戦略というものだな。やはり、お前は我らが救世主だ」


「恐縮です、陛下」


シャンカラは頭を下げる。


「アルフレッド。このシャンカラこそが真の忠臣だ。忠臣面をして肝心な時に、我が側を離れるような者はそう呼ばんのだ」


突き放すように、セトは言った。

アルフレッドは頭を下げたままだ。


「陛下。守備軍の皆様もお疲れでしょう。方針に変更がなければ今宵は解散いたしませんか?」


グラールホールド出身の将の中で一番前にいた若い男が声を出す。


「ファイザーン卿か。まあよい、皆疲れを癒し英気を養ってくれ」


との声で、御前会議は解散となった。

セトとシャンカラは、上階のセトの私室ーーかつてはグラールホールド教皇の私室であったーーに行き、他の諸将は下へ向かう。

その最後尾をアルフレッドは歩いていく。

ファイザーンはアルフレッドと並んで歩き、声をかけた。


「アルフレッド殿、気を落とされるな」


ファイザーン・ケイト。

グラールホールドのエリート騎士団であったアルザトルス神殿騎士団の一員、だった騎士だ。

グラールホールド陥落の際、モルドレッド、ベスパーラとともに脱出。

ガッジールへ渡り、ガッジール騎士団の一部隊の隊長になった。

しかし、ガッジールで黒騎士にコテンパンにやられ、己の実力の無さを恥じた彼は故郷グラールホールドへ戻り、その復興へ尽力していた。

セトらの侵略の際は、グラールホールド残留軍とセト軍の戦力差を見極め、投降を決意し、貴族議会へ働きかけた。

その功により、セトラール軍でも一軍を率いる将軍職を拝命している。

アルフレッド・オーキスの話と力は聞いていたため、今の扱いには不審な点を感じていた。

あまりにも理不尽なことがあれば口を出すつもりだが、今日程度の出来事なら話を変えるくらいしかできない。


「ファイザーン卿、ありがとうございます。陛下の意識をそらしていただき、助かりました」


「いえ、このくらいしかできません」


「それでも、助かりました」


「陛下は、あのような方なのですか?」


「あのような、とは?」


「アルフレッド殿のような忠臣にあのような仕打ち。もし、これが常習的なものなら、私は私の決断を信じられなくなる」


グラールホールドを売った、という負い目がファイザーンにはある。

セト王の暗殺の謀議や、反乱の動きはあった。

それを事前に防ぎ、首謀者を説得し未遂に終わらせていたのはファイザーンなのだ。

自分の意外な働きにまるで犬だな、と自嘲したこともある。

しかし、あのような王に仕えるためにやったのではない。

仕えた者が報われるような王に仕えたいのだ。


「本来ならば、セト陛下は剛毅で聡明な方なのです」


アルフレッドは迷いなく言った。


「しかし、今の姿は……」


国土の防衛をし、報告にやってきた将に無視のような態度をとり、他の者を当て付けのように誉める。

それは為政者として、正しいとは思えない。


「新たな国の新たな王としての重責が、厳しい態度に現れているのでしょう。古くからの家臣でなければ言えないこともあるでしょうし。それに」


「それに?」


「ラーナイル脱出の時に、このアルフレッド・オーキスが陛下の側に居なかったことは確かなのですから」


ひどく寂しそうな背中に、これ以上ファイザーンはかける言葉を見つけられなかった。

アルフレッドは一人歩いていった。


「あれが、セト軍最強の戦士アルフレッド・オーキスか」


いきなり隣で声を発した人物に、ファイザーンは悲鳴をあげるのをこらえるので精一杯だった。

隣にいたのは、牙の仮面の男シャンカラだ。

セトラール軍の軍師と呼ばれている。


「シャンカラ殿、ですか」


「彼は強いね。この時代でも上位の方だろう。見ただけでもわかるよ。今は、感情の揺らぎがそれを隠しているけれど」


シャンカラが近くいるだけで、ファイザーンは鳥肌がたち、動悸がはやまる。

今すぐにここから立ち去りたくなるような、そんな気分だ。

だから、シャンカラの言った“この時代でも”というセリフには反応できなかった。

そもそも、ファイザーンは知らないのだから仕方ない。

魔王も、そのミニオンの存在も彼は知らない。

シャンカラがいつ、その場を去ったかすらファイザーンにはわからなかった。


翌日。

デヴァイン軍は、グラールホールド奪回を合言葉に攻め寄せてきた。

その数、五百。

最大動員数が約二千のデヴァイン軍の内、神殿の私兵、貴族の私兵らを抜いたほぼ全軍に当たる。

迎え撃つセトラール軍は四百。

砂石の谷からの譜代の兵が二百、百人ずつの隊をハルバート、トライデントの二将がそれぞれ率いている。

両将とも、元はアルフレッドの部下であったがどちらかと言えばセト王に近い側の人間である。

だからこそ、一軍の部将として抜擢された、とも言える。

また、ラーナイルから共に脱出した百人ほどの士卒をまとめて一軍としている。

これは、アルフレッドに預けられ、彼が率いている。

ただし、セトに対する不満をアルフレッドに押し付けている形のセトラール軍において、この旧ラーナイルの一軍の士気は非常に低く、実力もまたそれに比例していた。

そして、旧グラールホールドの部隊が百人。

ファイザーンが率いるこの隊は元騎士を中心とした精鋭だ。

ガッジールにも行き、グラールホールドを守るというファイザーンの意思に賛同してついてきた。

そのため、士気も高くセトラール軍の中核になりつつある。

複雑な状況のハルバート、トライデント、アルフレッドの三軍を後軍としてファイザーン隊が先行する。


「デヴァイン軍はいつもの奴らだ。魔法使いは貴族や神殿が惜しんで従軍していない。軽装兵中心の奴らに我らが負けるはずなし!」


ファイザーンの檄に騎士達が吠える。

自然に方陣を組む。

というか、方陣を組む以外の作戦は無い。

元グラールホールドの騎士、といっても所属もバラバラで共同訓練もなかった。

それぞれの騎士団でのやり方はあったとは思うが、一番分かりやすいやり方でやるしかなかった。

それでも、効果は大きい。

重装備の騎士ならば、正面から相対しても軽装兵に押し負けることはない。

相手を押し留めていれば、その内三軍も来るだろう。

そうこうしている内に、方陣の両端を越えてデヴァイン軍が迫ってくる。

それを左右から挟撃するように、ハルバート、トライデントの二軍が攻め寄せ、猛攻をかける。

アルフレッドはまだ来ない。

しかし、今日の戦いはここらで終わるだろう。

デヴァイン軍とて、無駄な兵力の損耗は避けたいはず。


私とて兵力の損耗は避けたいのはやまやまだ。

と、デヴァイン軍の陣地で指揮する“支配者”ゼルフィンは呟く。


「しかし、ここで引くわけにはいかない」


ゼルフィンは側近に指示する。

顔色を変える側近。

だが、ゼルフィンは強く押す。


「あの薬を予備軍に服用させ、前線に投入。引いてきた隊の傷の浅いものにも服用させ、再度出撃させること、いいかね?」


側近は、その剣幕に押されるように従い動く。

ゼルフィンは一人、呟く。


「モーレリアの商人、確かルーインと名乗ったな。奴の言葉に頼るしかない。この“獣戦士の薬”に」


薬を投与された予備軍の兵は次々に駆け出していく。

およそ五十の兵が走りだし、戦局を変えることになる。


デヴァイン軍の陣地より走り出す五十の兵を見ながら、ルーインことマハデヴァは笑っていた。


「あはは。本当に使ったよ、あの薬。尋常ならざる筋力と体力を与える代わりに意思を奪う“獣戦士の薬”。どうだい、製作者としては?」


マハデヴァの隣で、同じく戦いを見学していた青いスカーフを首にかけた男、ブルネックことニーラカンタは不満げに答える。


「吾が輩の薬はまだ未完成だ。たまたま素体となった人間が優秀だったため、良い効果が出ているに過ぎない」


ミニオン二人が見つめる中、デヴァイン軍の新手がファイザーンの方陣に襲いかかる。


急に圧力を増したデヴァイン軍に、ファイザーン隊は一気に一割ほどの騎士が削られた。

方陣の最前列に当たる騎士ら、だ。

一人一人が、相当な使い手らしく歴戦の騎士達が打ち取られていく。

ついに、ファイザーンのいる真ん中あたりまで削り取られてしまっていた。

ファイザーンも槍を振るい、デヴァイン軍に当たる。

何度かの攻防のあと、正面の敵を打ち取る。

が、そこで違和感を覚えた。

二人目、三人目と戦ううちに、違和感は確信へと変わった。


「こいつら、スズメビー殿の……!?」


アーサー・カリバーンの前任であるアルザトルス神殿騎士団の団長のスズメビー・ランスロー。

ファイザーンも幼いころから付き合いがあり、剣を教わったこともある。

その剣の癖や技の運びを、このデヴァイン兵達がそっくりそのまま使用している。

それを知っているファイザーンだからこそ、なんとか対応できているものの、達人並の腕前の戦士の集団に突撃された騎士達は崩されていく。

見ると、ハルバート、トライデントの両軍も敗走を始めている。


「これは、総崩れになるぞ」


「任せろ、俺が止める」


ファイザーンの声に、後方から力強い叫び。

飛び込んできた暗緑色の風。

アルフレッドが、敵一人を両断する。


「アルフレッド殿!」


「遅くなった」


両の手に大剣を持ったアルフレッドが剣の血を払う。


「俺が止める」


アルフレッドは小さく叫ぶと、駆け出していく。

両の剣を縦横無尽に振るい、荒れ狂う様は嵐だった。

刃の風が兵士を切り裂き、蹴散らしていく。


「セト軍最強の戦士、か」


ファイザーンは呟き、駆けた。

名は変わっても、この国は自分たちの故郷だ。

守る。

守って見せる。

突進し、槍を突き出す。

正確な突きを放ち、敵兵を討つ。


押し返し、拮抗し始めた両軍の様子を見ている者がいる。

セトラールに立つ、九つの塔の一つである風の塔の最上階だ。

元来、この塔はグラールホールド貴族の会議などに使われていた。

と言っても、趣味の集まりやサロン的な会合がほとんどだったらしい。

セトラール建国後は、ここにある宗教団体が入った。

ラーナイルを脱出したセトらを物質的に支援した団体である。

当面の資金援助、兵糧の提供などだ。

その名を“灰色の再誕”と言う。

古代に、世界を支配していた帝国の圧政から人々を解放せんと戦った英雄レイドックを復活させようと活動している。


「まあ、それは愚民向けの説明だけどね」


黒い髪以外は妹と瓜二つ、とカインに評されたことがある。

その容姿を神秘的に飾り立て、信者を集めている。

灰色の姫巫女と呼ばれるリィナ・アメンティスだ。

ルイラムにおける拠点“灰色の迷宮”城が破壊されてからは、こっちをメインに活動していた。


「信じる理由があれば、人は信じるさ」


灰色に近い青い髪の男。

以前より甘えが消え、厳しい顔つきになっていたディラレフ。

こちらは教団の守護騎士“青の騎士”と呼ばれている。


「シャンカラの目論見通り、セトラールとデヴァインはお互いの兵力を磨り減らし続けている」


「シャンカラに駆り出されるセトラールの兵士とニーラカンタの作った薬で暴れるデヴァイン兵か。最終的にはどちらも損耗させ、共倒れさせるのが目的、だっけ?」


「そ。魔王復活の抵抗を減らすためにね」


「ここでは、灰色の英雄、だろ」


「あ、そうだった」


「気を付けろよ。本音を出さないようにな。さて、俺はそろそろデヴァインへ行くぜ」


「もう、そんな時間?」


「ああ」


「ルイラムからコレセント、モーレリアを経由してレインダフ、そしてセトラールからデヴァイン。こっちからお願いしたことだけど、歩き回って大変ね」


「なに。どうってことはない。我らが師フェルアリードの復活のために出来ることはやるだけだ」


「そう、ね。頼むわ」


「任せろ。俺が十人目だ」


ディラレフは不敵に笑い、階下へ降りていった。

一人になったリィナは嬉しそうに笑う。


「もうすぐ、もうすぐよお父様。私たちの、いえ、私の望みが叶うまで」


嬉しそうに笑い続ける。


その日の戦いは、ギリギリで持ちこたえたアルフレッドとファイザーンに、シャンカラ率いる百の援軍が合流し、デヴァイン兵を押し返した。

そこで、日が暮れ休戦となった。

ファイザーン率いるグラールホールド精鋭騎士隊は死者と怪我人を合わせると半数以上が隊から脱落し部隊としては壊滅同然だった。

ハルバート、トライデントの両軍は早目の退却で被害は少ない。

また、アルフレッド率いるラーナイル隊はほとんど被害は無かった。

アルフレッド以外は。

そして、セトラールに帰還しセト王に謁見した彼らは二つに別れることになる。


「ハルバート、トライデント、両将の退き戦の功を称え二人とも正式に将軍として任命する」


「はは」


ファイザーンは呆れてしまう。

真面目な表情をするのに苦労するほどだ。

負け戦で、先に逃げた者が報奨を受けるとは。


「次にファイザーン卿。貴公の殿軍と奮戦、まことに見事であった。余も戦士の生まれ、貴公の働き羨ましく思った。よってランスロー領を加増する。ただし、こたびの戦での傷は深かろう。ゆっくりと休むがよい」


「ありがたき幸せ」


思わず、膝をついて礼をするほど立派な王としての姿だった。

まあ、加増された土地がランスロー領とはちょっと複雑だが。


「そして、シャンカラ。防衛戦の大功はそなたの援軍にあった。あつく礼を申す。ついてはーー」


「ーー我が王よ。我に報奨はいらぬ」


シャンカラはセトの言葉を途中で止める。


「ほう?」


「我は戦をするために、戦に勝つためにここにいる。それ以上の褒美はいらぬ」


「そうか、あいわかった。ならば今後も戦を与えてやろう」


「御意のままに」


確かに、シャンカラの援軍は効果的だった。

あそこで支えができたことで、敗走を防げたのは確かだ。

しかし、効果的過ぎた。

ファイザーンには別の絵が見えてきていた。

すなわち、シャンカラはデヴァイン兵の出方を知っていたのではないか?

相手の動きを読んでいたとしても、あそこまでタイミングよく兵を動かせまい。

つまり、これは。

今日の戦は、別の意図があったということだ。

それは。


「最後にアルフレッド。お前には失望した」


「……」


冷たいセトの声にアルフレッドは下を向いたままだ。


「序盤の遅れ、敵の増援の時に指揮を放棄、そして己の手勢の温存。今日の被害が一番少なかった軍を知っているか?お前のところだ」


「……」


あまりにも、ひどい言いがかりだった。

アルフレッドに統率もとれないほど因縁のある軍勢を任せたのはセト本人だ。

そして、強化されたデヴァイン兵の襲撃に身を張って止めに入ったことを、指揮の放棄とされ。

隊を守りながら、自ら殿を勤めたことは手勢の温存。

片方では、逃げて褒美をもらうものがいて。

もう片方では踏み留まって蔑まれるものがいる。

目利きを誤ったと、ファイザーンは本気で思った。


「というわけでだ。アルフレッド、お前に敗戦の責を負ってもらう」


そして、追撃のようなその言葉。


「……」


アルフレッドは無言のままだ。


「具体的に言うと、将軍位の剥奪、領土の接収、そしてお前自身の捕縛だ。ハルバート、トライデント、アルフレッドを捕らえ牢へ入れろ」


名前を呼ばれた二人が前に出たのを見て、思わずファイザーンは遮るように進み出る。


「お待ちください、陛下。アルフレッド殿はセトラール随一の勇士。それを投獄するならば、兵達に動揺が起こるでしょう。今一度、ご再考ください」


「ファイザーン卿よ。余とセトラールのための諫言、頼もしく思う。しかし、これはしなければならぬこと。口出しは無用だ」


アルフレッド以外には理想的な王者だった。

理想的でありすぎる。

アルフレッドに関すること以外は。

ハルバートとトライデントの両将は、アルフレッドの腕を掴み、引きずっていく。

アルフレッドは抵抗しなかった。

はじめから、アルフレッドを排除する気だったのだ。

だが、何のために?

兵士の信があついアルフレッドを排除して、どんな利点がある?

ファイザーンは答えを出すことができなかった。


リィナはその様子を眺めながら言った。


「今のところ、セトラールの方がデヴァインより優勢。であるならば、どちらも無くなって欲しい魔王のミニオンはどうするか?答えは内部分裂」


リィナは喉をならして笑う。


「対立軸を作って、その調整役を排除したらあっという間に分裂。暗闘と抗争で組織は力を無くしていく。簡単なやり方よねえ……そう思わない、シャンカラ?」


先ほどまで、セトの側に控えていたはずのシャンカラがそこにいた。

その鋭い視線を、リィナに向ける。


「そなたらの目的はなんだ?」


「決まってるわ、魔王様の復活よ」


「魔王様が復活なされれば、まず間違いなく世界は滅びる。それでも復活させたい理由はなんだ?」


「世界なんて、終わってしまって良いとは思わない?」


言い切ったリィナをシャンカラは感心したような表情で見る。


「そうだな。終わってしまえばよい」


「逆に聞くけど、あなたたちはこの世界が終わったらどうするの?」


「愚問だ。我らは魔王様を新たな君主に戴き、秩序に満ちた新世界を築く」


満足げなシャンカラは、その日のためお前も励むがいい、と言い残し去っていった。


リィナは呟く。


「違うわ。私が言っているのはあなたたちですら終わってしまった世界のことよ」


リィナの口調には、なんの感情も含まれていない。

その顔だけは、美しい笑みを浮かべていたけれど。


深夜。

ファイザーンは一人、地下牢に来ていた。

このまま、牢で朽ちさせるには惜しい男が一人いたからだ。

脱獄の手引き、など行えば今の地位を失うことになるのは間違いない。

けれど、支配者の都合で将軍になったり、剥奪されたり、実力もない奴らが偉くなったりというのはなんだか気持ち悪い。

他ならぬ自分がそうだ。

ガッジールの地で行ったこと、いたぶりなぶり慰みものにし、そして殺す。

その獣以下の存在が自分なのだ。

そんな奴が、騎士を率いる将などと気持ち悪くて仕方ない。

だからこそ、忠臣にして歴戦の強者であるアルフレッドが眩しくて仕方なかった。

だから、助ける。


牢番には、賄賂を握らせていた。

今夜、彼は何も見ないだろう。

まあ、今夜で無職になるかもしれないが。

ひんやりとした地下牢の空気は、爽快さとは程遠い。

獄囚の発する臭いが、あたりに漂っている。

糞尿、汗、腐った食べ物。

そんな臭いを上回るように、漂っているのは絶望の臭いだ。

もう、助からない。

ここから出られない。

そんな思いが鬱積した臭い。

ただ。

目指すところからは、そんな臭いが微塵もしなかった。


「ファイザーン卿、か?」


声をかけられたファイザーンは内心の驚きを隠しながら答える。


「助けに参りました、アルフレッド殿」


くっくっく、とアルフレッドは笑う。


「あんたも損な男だな」


「そう、なんでしょうね」


ファイザーンは苦笑する。


「俺を助ける、か」


「私のわがままです。ですが、あなたはここで果てていい人物ではない」


アルフレッドはファイザーンを見た。

圧倒されそうな雰囲気。

アルフレッドがゆっくりと声を出す。


「ずっと、考えていた。俺は正しかったのか。セト様の国獲りは確かに俺たち全員の悲願だったが、こういう形で良かったのか、と」


「……」


「で、やはりセト様は間違っていると思った」


「それは何故です?」


「親が逃げ出して飢えた子供だけがいた家に、勝手に入って家主面、というのはどうも違う。俺たちが目指していたのはもっとこう、勇壮なものだ」


「勇壮、ですか?」


「口では上手く説明できんよ」


ファイザーンもよく理解していない。

けれど、言いたいことはなんとなくわかる。

要するにアルフレッドはつまらなかったのだ。

そう言うと。


「そうだな。つまらなかった、かな」


「で、どうします?」


ファイザーンはここから出たらどうする、どこかへ亡命でもしますか、という意味で聞いた。

しかし。


「ここを出てセト様をぶん殴る」


「へ?」


「それでわからないようなら、俺がセトラールをぶっ潰す」


「は?」


なんだか晴れ晴れとした顔になったアルフレッドはファイザーンに礼を言う。


「あんたには迷惑をかけた。助けにきてもらってとても嬉しい。そして、これからも迷惑をかけるが先に謝っておく。すまん」


「それはどういうーー」


首筋にわずかに痛みを感じて、そこでファイザーンの意識は途切れた。


気を失ったファイザーンを見下ろし、アルフレッドは首をゴキゴキと鳴らした。


「“剣”の第8階位“サモニングエッジ”」


アルフレッドの右手に魔力が集まり、どこかへの穴が開く。

そこに納められた魔力持つ剣が右手に召喚される。


「“剣”の第5階位“ミラーエッジ”」


右手の武器をコピーする魔法を唱え、両手剣片手持ち二刀流が完成する。


「よし、行くか」


アルフレッドは押さえていた闘気を解き放つ。

立ち込めていた地下牢の臭気が吹き飛ばされる。

他の囚人も大人しくなる。

剣の一振りで鉄格子を切り裂き、アルフレッドは牢の外へ出た。

そこから、駆け出す。


地下牢を抜け出るとそこは闇の塔前の広場だ。

かつて、そこでアーサー・カリバーンと黒騎士が剣を交えたが、知っている者はここにはいない。

その代わり、三人の人物が待っていた。

ハルバート、トライデントの二人と、牙の仮面のシャンカラだ。


「そろそろかな、と思って待っていた」


シャンカラが明るい声音で語りかける。

まるで、友人と待ち合わせていたかのように。


「シャンカラとは古代の言語サンスクリットにおいて“恩恵を与える者”という意味らしいな」


アルフレッドの言葉に、シャンカラは少し、驚いたようだ。


「博識なことだ」


「ムンダマーラは同じく“髑髏を首にかける者”。そして、その二つの単語は同じ存在を意味する。破壊の王という存在のな」


「左様」


「故に、ムンダマーラが魔王のミニオンだから、お前も高い確率でミニオンの一人だと考えられる」


「ご明察。君の想像どおり、私は魔王様のミニオンだ」


「なら、ここで倒す」


「やってみたまえ、できるなら」


返事もせずにアルフレッドは突進する。

ハルバート、トライデントの二人がシャンカラの前に出る、が。

二人はなにもできず、吹き飛ばされた。

シャンカラは跳躍して、剣を回避。


「セト様もテメェか!?」


アルフレッドの怒号にシャンカラは楽しそうに答えた。


「否。私は軍師だ。精神を操るのはマハデヴァだよ。そして、これはニーラカンタの仕業だ」


シャンカラが指を鳴らす。

と、ともに吹き飛ばされた二人、ハルバートとトライデントがゆらりと立ち上がる。

二人とも目がらんらんと輝き、全身の筋肉がはち切れんばかりに膨張している。

それは、昼間の戦いのデヴァイン兵の姿そのままだ。


「向こうにも貴様らの仲間がいて、争わせているのか」


「正確には、ニーラカンタの造った薬だがね。どんな者でも一流の達人のごとく変身できる薬だ」


さっきは一撃で倒れたハルバートとトライデントだったが今は違う。

一人でもアルフレッドに追い付くほど、二人でアルフレッドを超えている。

正確無比かつ豪快に両手の剣を振るうアルフレッドだったが徐々に押されていく。

楽しそうに様子を見ていたシャンカラはアルフレッドにも聞こえるように呟く。


「殺せばいいじゃないか。その二人はお前の敵だ」


「違う。こいつらはセトラールの仲間だ。砂石の谷から一緒だった仲間だ!」


「でなければお前が死ぬ。わかるだろう?手加減なんかしている場合ではないよ」


二人はアルフレッドを殺そうと剣を振るう。

しかし、アルフレッドは殺したくなかった。

その意気の差が、そのまま形勢の差だ。


「それでも、俺は!」


強い意志が、アルフレッドの魂に作用し、その力を呼び起こした。

近くの魔力をなんとなく感じ取れる形で現れはじめていたその力。

アルフレッド・オーキスの“魂の使い方”。

それは、近くの魔力を具現化し操るという形で生まれた。

“ゾーンオブエッジ”。

ハルバートの“ホーネットストライク”を具現化した剣で受け止め、横から別の具現化剣で殴り飛ばす。

同時に攻めかかるトライデントの“バタフライダンス”を下から具現化した剣で掬い上げ、転ばして剣を弾き飛ばす。


「素晴らしい。こんな土壇場で“魂の使い方”に目覚めるとは。素晴らしい素質と度胸、そして勇気」


シャンカラは手を叩き誉める。

アルフレッドは肩で息をしているからか答えない。


「だが、君は死ぬ」


シャンカラの合図で、潜んでいた刺客がアルフレッドを射った。

放たれた矢は、アルフレッドの左胸を貫通している。


「一つの成功した策の裏には、十の失敗した策があり、百の使われなかった策がある。それが軍師というイキモノだ。君を殺すために私は努力を怠らなかった」


アルフレッドには最早、シャンカラの声は聞こえていない。


(すまない、カイン。お前との約束果たせそうにない。一緒に冒険……俺とお前とアズと……冒険……)


セトラール年代記にはこう記述されている。


セトラール暦一年、アルフレッド・オーキスはデヴァインとの戦いで戦死した。

補足として、セト一世の暗殺を企んだとして処刑されたとも伝わる。

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