神殿都市編10
修道院に割り当てられた部屋で、カリバーンとベスパーラは対面していた。
どちらも、元・グラールホールドのアルザトルス神殿騎士団の一員である。
グラールホールド陥落以来の再会だった。
お互いに、激戦の後の疲れも見せず語り合っていた。
それが、グラールホールドのアルザトルス神殿騎士団の流儀なのか、この二人のタフネスの高さからなのかはわからない。
「しばらく見ないうちに、いい顔になったな、ベスパーラ」
「団長もますます腕を上げたようですね」
「はっは、世辞はよい」
「割りと本音なんですけどね」
「ところで、今まで何をしていた?」
「そうですね……」
と、ベスパーラは今までを振り返る。
グラールホールドを脱出し、モルドレットと共にガッジールを占拠したこと。
黒騎士にやられ、ベスパーラは修行しにいったこと。
モーレリアに渡り、裏組織の抗争に巻き込まれたこと。
大武術会で魔王のミニオンと戦ったこと。
そして、カイン達と行動しここまで来たこと。
「なかなか波乱万丈だな。ふむ、私はな……」
そして、次はカリバーンが喋り出す。
グラールホールド陥落の際に黒騎士と戦い敗北したこと。
教皇の呼び覚ました魔族と戦ったこと。
黒騎士と炎の王と共に行動し、砂の王国で炎の王とカインの戦いを見届けたこと。
その後は、諸国を旅し騎士の都レインダフで聖剣を手に入れ、ガッジールにてエクスカリバーに作り替えたこと。
「団長も、ガッジールへ行ったのですね」
「私は、お前も黒騎士に会っていたことの方が驚きだがな」
「黒騎士ですか。彼は……何者なんでしょうか?」
ベスパーラは呟くように言った。
冷静でいようと勤めている声だな、とカリバーンは感じた。
「わからん。わからんが、魔王と、そのミニオンどもに相当関わりがある」
「古代魔道帝国の生き残り、ということでしょうか」
「だろうな」
「ガッジールはどうでした?」
「復興のスタート地点、というところだな」
「そう、ですか。正直な話、我々はガッジールの民を煽動しました。ロンダフの再臨、そしてガッジールの再興……。しかし、その紛い物の夢は壊れてしまった。夢破れたガッジールの民は、もう立ち上がれないだろう、と思っていました」
口調に苦いものが混じる。
恬淡としているようで、ベスパーラも考えすぎる男だな、とカリバーンは評価を改めた。
グラールホールド時代には、そこまで己を見せなかった。
時と人が、ベスパーラを少し変えたのだろう。
「人は、それほど弱いものじゃないさ。それに、中心となっているのは子供達、そしてモルドレットだ」
「モルドレット、ですか。意外です。彼こそもうダメかと」
あの、ガッジールで弱気になって廃材に腰かけて、弱々しく笑っていたモルドレット。
あそこから、この戦いの舞台に戻ってこられるのか?
「心境の変化の理由は、私にはわからない。だが、モルドレットが変わったのは確かだ。グラールホールドにいたころよりも、な」
それはお前も同じだよ、とカリバーンは言った。
「私はそれほど、自分を大層な人間とは思っていないんですが」
「お前は変わったよ、ベスパーラ。神殿騎士団にいたころより、ずっとな」
アーサー・カリバーンは、どこでどうしていても我らの団長である、とベスパーラは感じていた。
家出息子とその親父との関係のようだ、とも。
しんみりした空気になった時、コンコンと扉を叩く音がした。
乾いた音がよく響く。
「アーサー様、入ってもよろしいですか?」
グウェンの声だ。
ベスパーラに目配せして、カリバーンは構わん、と答える。
入ってきたグウェンは、ベスパーラがいたことに驚いたようだったがそれ以上態度は変えなかった。
ベスパーラの方が気を遣って退出しようとしたほどだ。
グウェンはそれを遮る。
「お礼がしたかったんです」
「私に、ですか?」
ベスパーラはグウェンに礼を言われる筋合いはない。
今日のドラゴン戦で初めて会ったのだから。
「はい。あのドラゴンに襲われた時、ベスパーラ様に助けていただきました」
カリバーンは小さな声で、ベスパーラ、様、だと……と呟いていた。
「ああ、そういえば」
「その時、思ったのです。ベスパーラ様は私の運命の人だと」
「……え?」
「アーサー殿に、ベスパーラ様の人となりをお聞きしようとした矢先にこうやって出会えるなんて、やはり運命ですわ」
アーサー、殿、だと……とカリバーンは再度呟く。
「運命、ですか」
並の男ならば、ここで無難な返答をして思い込んだ女に勘違いされ、深みにはまるものだが。
しかし、天才ベスパーラは違った。
「そう運命です」
「私も、そう思いました」
えー、そう来るか……カリバーンの呟きは二人には聞こえない。
確かになあ、グウェンは黙っていれば正統派の北方美女だしなあ、とカリバーンは思う。
というか、二人の雰囲気がいい感じになってきた。
居たたまれなくなったカリバーンは部屋をでた。
いい加減、夜も更けてきていた。
部屋には戻れない。
戻れる状況ではないだろう。
本来、女性のみが居住できる修道院のためカリバーンら男性の移動は制限されていた。
カルエンさんが許可しても、居住する修道女や客人らは不安がっているらしい。
うろうろもできずにカリバーンは途方にくれていた。
「何、やってるんだカリバーン?」
救いの声は、カインだった。
カインの部屋でカリバーンは落ち着くことができた。
同室だったシュラが修行に出掛けて寝台が空いていたらしい。
「バラミッド以来か?」
確かに、バラミッドでのカインと炎の王との戦いが彼との別れとなった。
10ヶ月あまり前だ。
あれから、カインは更に強くなった。
竜王ヴリトラと一騎打ちできるほどに。
「そうだな。あの戦い以来だ」
カインは深く頷く。
カインにとって、人生の転換点であろう炎の王との戦いと別れ。
二人は久しぶりに語り合った。
翌朝。
朝食を終え、皆くつろいでいた。
カインと、カリバーン、涼しい顔のシュラ。
そして、なぜかくっついているベスパーラとグウェン。
そこに、エミリーがやってきた。
「私も皆さんの仲間に加えてください」
「俺たちは、ただの冒険者のパーティーじゃないってことはわかってるよな?」
全員を代表して、カインが言う。
「魔王討伐、ですよね?」
エミリーの答えに、カインは頷く。
「わかってて、それでも仲間になる?」
「私的にも、マハデヴァとかいう奴にひどい目に合わされたので理由はあります。それに」
「それに?」
「私がいないと、誰がまとめるんです?」
カインは仲間達の顔を見回す。
シュラ、ベスパーラ、グウェン、カリバーン。
強いて言うならカリバーンが指揮官経験もあり、戦闘指示は出来るだろう。
しかし、強力なタンクを犠牲にしてまで、ということはある。
そして、エミリーの指揮でヴリトラとの戦いが楽になったことは否めない。
「わかった。歓迎するよ、エミリー」
「はい、よろしくお願いします」
新しい仲間と、合流した仲間。
それは希望であり、そして魔王復活の時が近いと再確認する出来事でもあった。