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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
156/410

神殿都市編09

イクセリオン修道院からでも、カイラス山の山頂の大火はよく見えた。


「エミリー達はやり遂げたようですね」


カルエン・ラル・イクスはテーブルの向こうに座る黒い騎士に話しかけた。

面頬の下半分を外して、熱いお茶をすする黒騎士は笑う。


「途中で援軍も来たからな、竜王ヴリトラといえど落ちるだろうさ」


「それにしても、久しぶりですね。ちゃんとご飯食べてます?」


「お前は母親か」


「あなたにしろ、ダインにしろ、まるで子供のようなものですからね。特にあなたはいくつになってもそうです。今何百才です?」


黒騎士は苦笑して、面頬をはめた。

表情は見えない。


「千と二十だ」


「イクセリオン様があなたを贔屓する理由が分かりません」


「俺もさ」


「あらあら、イクセリオン様拗ねてらっしゃいますよ」


「神の声を聞く力か。流石は“炎の娘”だな」


「もう誰も覚えてませんよ、その呼び方は。それに、もう“残り火のおばさん”といったところですしね」


「そんなに変わってないよ」


「お世辞は結構。それにしても、エミリーには本当に苦労させたわ」


「ナスの生き残り、教皇ロンダフことベルオレワの娘、か」


「ええ。彼女は一度死に、数年の眠りを経て蘇生した。記憶の大半は欠落していて、思い出そうとすると全身に火傷が起こる」


「それでも、なかなか勇気ある子に育ったじゃないか。師匠がいいんだな」


「あれは天性の性格ゆえですよ。私は何もできなかった」


「謙遜するなよ。二十人の英雄の一人だろ?」


「その呼ばれ方も、あまり好きではなかったわ。それに、マハデヴァが来たときに幻惑に掛けられて、エミリーが居なかったら大変なことになってたわ」


「あ~。まあ、あいつは性格悪いからな。しょうがないよ」


「確かに性格は悪かったみたいですね」


「昔は奴のせいで、いらん苦労をさせられたからな」


黒騎士は遥かな過去を思い出しているようだ。


「それで、私に会いに来たのはなんです?昔話をするためじゃないでしょ?」


「そうだな。単刀直入に言うとエミリーを冒険者にしろ、ということかな」


黒騎士の言葉にカルエンは、キッと相手を睨み付けた。



山から降りた頃には、既に日が暮れかかっていた。

冒険者ギルドへの報告は明日にすることにして、カインの治療のために治療所を探すことにした。

本当に専門ヒーラーがいないと言うのは大変なのだ。

と、行動しようとした矢先。

デヴァインの門の内側にカルエンさんがいた。


「カルエンさん……?」


「カインさんの火傷を見せなさい」


有無を言わさぬ口調で、カルエンさんはカインを見る。


「う、ぐ」


「なるほど、このドラゴンによる火傷は街の治療所では難儀するでしょう。修道院に来なさい。私が治しましょう」


「へ?」


カルエンさんの思いも寄らない言葉に、私は思考停止してしまった。


「エミリー。あなたもお仲間を連れて来なさい」


と言ってさっさと歩き出していった。

私は慌てて、あとを追う。


修道院につくと、カルエンさんはカインの治療の真っ最中だった。

とんでもない魔力が“杯”の治癒魔法として顕現し、みるみるうちに火傷を癒していく。

私が見たこともないカルエンさんの魔法だった。


「何をボーッとしてるの?お客様に軽いお食事を用意して、彼らの泊まる部屋を用意しなさい」


「お食事はともかく、修道院は男子禁制なんじゃ?」


「イクセリオン様が許可を出してます、と皆に言いなさい」


「便利だなー」


「何か言いましたか?」


カルエンさんの笑顔が怖いので、私はすぐに動き出した。

厨房へ行き、人数分のパンとシチューを獲得、運搬する。

それをカリバーン達に食べさせている間に、客間を用意。

手慣れたもんだぜ、へっへ。

そっか。

冒険者やってた時間より、ここでこうやって過ごして来た方が長いんだよね。

不思議な気持ちになる。

ドラゴンと戦っていた私も私だし、修道院でこうしているのも私だ。

それでも、仕事の手は休めなかった。


そんなこんなで慌ただしくも全てが終わった。

夜も更け、私も寝る準備をしていた時だった。

私は、カルエンさんに呼ばれた。


疲れた顔をしていたが、カルエンさんは元気そうだ。


「カインさんは無事です。一週間もすれば元気に動けるでしょう」


「ありがとうございます」


「ところで、あなたも戦闘に参加したのね?」


ド直球な質問だった。

嘘ついてもバレそうだし、素直に認めることにした。


「しました」


「気分はどうでした?」


「なんかもうギリギリでした」


これも本当だ。

ベスパーラの攻撃で、ヴリトラが倒れなかった時は死を覚悟した。


「そうですか……」


「あの、カルエンさん?」


「なんです?」


「怒らないんですか?」


私の問いにカルエンさんはクスッと笑った。


「私も昔は冒険者でした」


「え?え!?ええええー!?」


カルエンさんが、冒険者?


「なので、あなたが行った遺跡もだいたいコンプしてますし、国外に遠征も行きました」


しかも、レベル高いやつだ。


「そうだったんですか」


「だから、あなたの気持ちはよく分かります」


「そう、ですか」


「ですから、決めなさい。カインさんに着いていくか。修道院に残るか」


唐突な展開だった。

けど、実はそんなことになりそうな予感もあったのだ。

今までのことが一気に頭をよぎった。

そして、それ以上の鮮明さで今日の戦いが脳裏にうつしだされる。

それで、私は決断した。


「私は、冒険者に、なりたいです」


カルエンさんは今までに無いほどの笑顔を見せた。


「分かりました。エミリー・ダンフ。あなたが修道院を出ていくことを認めます」


「カルエンさん……」


「あなたに謝らなければならないことが二つあります」


「謝らなければならないこと?」


「一つ目はあなたの本当の親御さんのことです」


言葉の意味がよく入ってこない。


「親……?」


「あなたの父親は、ベルオレワという人物です。ナスという国で司祭をしていました。しかし、もう、亡くなっています。隠していたのは、あなたにショックを与えないためです」


聞かされても、そんなにショックはなかった。

見ず知らずの人物より、この修道院の人達が、カルエンさんが私の家族だったからだ。


「わかります」


「二つ目は、二年前のことです。あの時、不覚にも私は魔王の配下であるマハデヴァに幻惑されていました。あなたが居なければ、私も修道院もこの世に存在していなかったでしょう。本当にありがとう」


二年前の、マハデヴァの、こと。

カルエンさん知ってたんだ。

私のことを実の親以上に見ていてくれていた。

そのことを、私はようやく気付いた。


「カルエンさん……」


「エミリー。あなた泣いてるわよ」


言われて初めて気付いた。

両目からボロボロと涙がこぼれる。

大洪水である。

厳しいとか、気難しい、とか思ってた。

そんなカルエンさんの気持ちに気付いて、私も自分の本当の気持ちに気付く。


「わだじ、カルエンざんのごど、大好ぎでず」


「私もよ。エミリー、あなたのこと本当の娘と思ってたわ」


血の繋がった実の親より、育ててくれてカルエンさんの方が、私にとって大事な人。


私はありがとうございます、と何度も何度も言った。

それくらいしか、返せるものがなかったから。

カルエンさんはずっと、私を抱いててくれた。

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